05
迎えに来た軍用トラックに分乗して、演習を終えたハーレークイン小隊は帝都の前で馬車に乗り換え――基地に戻った。
武器と装備品を返納して、シャワーで汗を流してから――談話室に全員があらためて集合する。
そこで、ミリアムの歓迎会を兼ねた――小隊の決起会という名の宴会が始まった。
ヨハンは彼女の背中を強引に押して、新任の少尉を中心の上座に座らせる。
それから、部下たちに声を張った。
「少尉殿、このたびはごちそうさまです! お前さんらも、少尉にお礼を言え! 今日の酒代は、全部このおっぱいの懐から出てんだぞ!」
「おお!」
「さすがは貴族様!」
「ありがたやありがたや」
「どうぞ、少尉殿」
「今日は惜しかったですね」
部下たちは口々に言って、彼女をあらためて歓迎した。
ミリアムに酒の代わりにレモネードを注いだり、ケータリングの料理――というより彼らの好物ばかりを集めた、ジャンクフードの山を皿に取り分けていく。
「これ試してくださいよ! 少尉殿! マジヤバ谷園で頬っぺたプルンです!」
そう言って、演習でミリアムの補佐をしていた――ホーキンス2等軍曹が皿を突き出した。
そこにあったのは、ペパロニ・ピザの上にハッシュブラウンをのせて、ケチャップとチーズスプレッドをかけた――炭水化物とカロリーの暴力だった。
「う――うむ。では、誰かナイフを……」
「どうぞ、少尉殿♪」
そう言って、ヨハンは彼女の手にナイフをのせた。
ボタンを押して刃を出し入れできる――両刃の携帯用で、彼の私物だ。
「これっ!?」
ミリアムが瞠目した。
「シェルフィッシュ・ロゴの特注品じゃないですか!」
「いいだろ? 今から、お前さんのだ」
「そんな! いただけません!」
「まあまあ――試してみろって」
そのナイフはOTFという種類の、グリップの先端にあるボタンを押して刃を出し入れするものだった。
暗器となり得るため、帝国の法規制では――民間人の所持や携帯が禁じられている。
限定品や、コレクターズアイテムではなく――ただの量産品にもかかわらず、ヨハンやミリアムの月給と同じくらいの値が付く高級品だ。
刃は粉末冶金と呼ばれる技術で造られるステンレス鋼材に、靭性と硬度を両立させる〝Pボス法〟という一子相伝の焼入れを施すことで知られている。
このナイフのロックウェル硬度は70を超す。
それでいて、粘りは硬度58の鋼材と同等で――折れにくい。
価格を除く欠点は修繕の際に刃が硬すぎて、ダイヤモンドの粉末を吹き付けた――特製の砥石が必要なこと。
仕上げるまでに、週末を全て無駄にするほど時間がかかることだ。
そのため、専門の職人でなければ研げない。
宝石を散りばめた腕時計を集めたり、希少な布地で服を仕立てる道楽を貴族たちは楽しむ。
ミリアムは伝統的な貴族の子女として刀剣類を愛好するが、ナイフや短剣の類も同じくらい物欲を刺激される。
そんな宝物でピザを切っていいのかどうか――しかし、このナイフの切れ味を試したい欲に駆られる。
「……」
柔らかい生地や上げたハッシュブラウン、それからチーズの油で汚れても切れ味がまったく衰えない。
ヘアライン仕上げの刃を拭いて、ボタンを押すと刃はグリップの中に素早く収まった。
憧れの逸品ではあった。
だが、受け取ってはいけない気がした。
「……」
ミリアムは無言でナイフをヨハンに差し出した。
彼はそれを強引に押し返してくる。
「熱々で美味いだろ? いい記念になったな」
このジャンクフードの星からやってきた名産品は、見た目は最悪で――しかし味は悪くない。
貴族家のご馳走と修道院の粗食、それから軍隊の豆と芋と穀物だらけの食事に慣れた彼女には――背徳感を刺激する味わいだろう。
「おっと、もうこんな時間か」
ヨハンの肩に座っていたソフィア――妖精の少女が首にもたれかかってきた。
彼女は目をこすりながら言う。
「妖精は徹夜なんて野蛮なことはしないのに――ヨハンが昨日は寝かせてくれなかったせいだもん」
妖精の少女が不満を漏らした。
すると、ヨハンと手先の器用な下士官が、演習のときよりもチームワークを発揮した。
あっという間にビールの木箱を使って、手ぬぐいや吸い取り紙を駆使して――妖精専用の仮眠室を作った。
「メスガキちゃん――今宵の寝床が出来たぜ」
「野戦服のポケットよりマシ?」
ソフィアはそこに横になると、小さく丸まった。
「ちょっと高い毛布が欲しい――ビクーニャでいい。今日のご褒美に買ってくれる?」
「ビクーニャっ!? いくらすると思ってんだ! メスガキちゃん――人間用のマフラーで代替できないか?」
「ん」
妙に静かになったかと思えば――屈強な軍曹たちがこぞって、可憐な妖精の少女の寝顔を代わる代わるに見とれていた。
「そんじゃ、お開きにしますか――片付けは自分とローガンが明日の朝にします」
もう1人の1等軍曹――メイソンが声を落として言った。
それにヨハンが頷いて、
「明日は午前中は半休でいいよな? 少尉」とミリアムに訊いてきた。
すっかり忘れていたが、彼女はこの隊の副官だ。
「は、はい――大尉」
「よし、では解散しろ――お嬢さんたち。少尉は残れ」
小隊の下士官たちとシニアはそれぞれ、指揮官と副官に敬礼し――足音を忍ばせながら談話室を出ていった。
宴会場に残ったミリアムはヨハンに言う。
「今さらですが、ご無礼の数々をお許しください――大尉のことを誤解しておりました」
「なんだ――ナイフ1本でチョロ可愛くなっちまったな? もっとお高くとまってろよ」
ようやく素直さをみせたというのに、茶化されたミリアムは、
「っ!」と声を荒げそうになった。
「おっと、たんま」
ヨハンの指先を目で追った。
安らかな寝息を立てている――ソフィアに気づいた彼女は言葉を飲み込んだ。
「ちょっと付き合え」
「え――はい」




