03
州境の山林の中腹にある幹線道路。
野戦装備を身に着けた軍人たちが、ぞろぞろと軍用のトラックから降りて――整列していく。
勝敗が決着した暁には自分の方針に従って、小隊は綱紀粛正をすること。
という条件をミリアムは出した。
「それはいいが〝万が一〟お前さんが負けたらどうすんだ? なんでも俺の好きにしていいのか? 例えば、そこに実ってる未踏峰を舐るとか」
ヨハンは何かを揉みしだくような仕草をしながら、彼女の胸元を見て言った。
本人は、いやらしい目つきをした上官を前に毅然と、
「常識の範囲内でお願いします」と言った。
ところが、彼は首をかしげる。
「常識ね――それって〝絶対に間違えないけど、他人の金勘定しかやったことない、無責任な銀行員みたいなもんだ〟ってことだよな? 西海岸の金持ち女と結婚した私立探偵が言ってたぜ? 本で読んだことあるぞ」
これに対して、
「ほんとに字が読めるの?」と妖精の少女――ソフィアが辛辣に訊いた。
「……」
人数の割り振り上、片方の分隊が1人少なくなった。
「私がヨハンの方に入る――これで平等」
人数の上ではそうだ。
だが、射撃を含む演習では――妖精族の出番はそれほどない。
そうであれば、射手が多い方が有利だと言える。
「両者とも――よろしいですか?」
「ちょっと待った――俺の分隊が勝ったら、少尉には全員にビールを振る舞ってもらおう。おいお前さんたち! 手を抜いてくれたら、少尉がビールを奢ってくれるぞ! いいな、手加減しろよ!」
ヨハンは大声を張った。
ミリアムは憮然として、嘆息した。
シニアから、彼は勝つために手段を選ばないと聞いていたが。
この程度で〝仕事〟に誇りをもつ、職業軍人の下士官たちが懐柔できるなら――将校は苦労しない。
「絶対、あんな人に負けたくない」
ミリアムは誰にも聞こえないように、口の中で呟いた。
軍隊の、それも歩兵の基本は文字通り歩くことだ。
それに従って、シニアが指定した座標の場所を通過。
目標は、ある区画をLZ――飛竜の離発着地点として確保、補給物資を受領する。
その後は野営地点を定める。
1等軍曹たち審判員が〝武装パルチザン〟として、襲撃するかもしれないので、それに対応する。
翌朝は来た道を折り返して、往路とは別の指定された場所を通過。
最後は近くにある陸軍の基地に到着し、その射撃場で分隊ごとに指定された弾数を発砲。
総合的な優劣を決する――という流れだ。
ほぼ2日間にわたる〝状況〟で、それなりに過酷なものとなる。
とはいえ、この演習を通じて――ヨハンの指揮官としての能力が〝ある程度〟把握できるだろう。
勝敗よりも、そちらを知ることが目的だった。
「時間です」
シニアが腕時計を見ながら、静かに言った。
「ブラボー分隊、前へ」
ミリアムはそう言って、ホーキンス2等軍曹に先導を命じると自らは2番手に付く。
コンパスを片手に、進行方向と歩数を確認する役割を担う。
始まる前は、日頃から緩い規律に親しんだ部下たちが――新任の副官である自分の命令に、素直に従ってくれるかどうか。
少しだけ不安だった。
しかし、演習中の〝状況下〟において、部下たちは意外なほど従順で忠実だった。
むしろ模範的ですらある。
この〝切り替え〟の落差は、実に職業軍人らしい。
最初のチェックポイントを通過した頃だ。
「少尉殿――前方にコンタクトあり」
先導するホーキンスが片手で肘を曲げつつ、握りこぶしを上げて言った。
ミリアムも手信号を後ろに続く部下に伝え、次にその場で姿勢を下げるように命じた。
「先行したアルファですよね?」
ミリアムは小型の双眼鏡で素早く前方の人影を見る。
「確認した――アルファだ」
ヨハンが率いる分隊は、1時間前に出発したはずだ。
ミリアムは彼らに追いつくため、体力に余裕のある序盤から行軍速度を上げていた。
離れた場所から観察すると――アルファ分隊は道に迷ったというより、何らかの目標物を探している雰囲気だ。
「ああ、なるほど」
ホーキンスが何かに気がついたようだ。
「言ってくれ、2等軍曹」
ミリアムは部下に発言を許した。
「水場を探してるんでしょう――明日の夕方は、この辺りを通りますから」
「補給なら、LZでできるはずだが――なぜそんな無駄なことを?」
「あー、多分あれです――エインセル准尉のワガママですよ、きっと。〝ここの水は精霊がお喋りだから、お風呂にすると楽しい。帰るときに持ち帰って〟とか、妖精だし言いそうでしょう? ……知りませんけど」
ミリアムはこの後のことを考えた。
「……」
ヨハンたちを追い越して、先に進むか。
あるいは彼らに倣って、この辺りの水場を確認しておくべきか。
あの上官のことだ。
素直に通した体裁で、自分たちに道案内をさせて楽をするつもりか。
しかし、そうなれば彼らは1時間の点差を容認してしまう。
それだけ差が開くならば、最後の射撃でも優位に立てるだろう。
それに、ミリアムは射撃というものがどうも苦手だった。
点数だけは平均を保てる。
だが、他の成績が優秀なだけに――その部分が悪目立ちしてしまう。
それを彼女は気にしていた。
「先導を交代、速度を落としつつアルファを追い越す」
「了解」
ミリアムは小休止をとらせていた部下たちを立たせ、行軍を再開した。
それからは、さほどの障害もなくチェックポイントを通過。
ミリアムたちの分隊は飛竜の離発着地点を確保し、補給を受け取った。
野営地で交代しながらの休息。
防水透湿のビビイサックでくるんだ、寝袋の中での仮眠をとる。
いつもそうだが、透湿が本当に機能しているか実に疑わしい。
夏でもないというのに。
服に染みた汗のせいで、極薄のメリノウール肌着が――張り付いて寝苦しい。
肩の装具が、鎖骨に擦れるせいで痛い――腰の外側も同じく不快だ。
明け方の湿気を帯びた空気が、草花の青臭さと蜜のかすかな匂いを濃くする。
息をするだけで、肺が重たくなっていく。
疲労が溜まっているようだ。




