02
数日後。
ミリアムは第99連隊基地に着任した。
挨拶の敬礼もそこそこに、上官――ヨハンは言う。
「身長は、5フィートと3インチ――上から31のF、26、35ってとこか。どうだ? 当たってたら、なんか賞品くれよ? ご褒美のパフパフでいいぞ♡」
たった今、彼が告げた数字の羅列は、彼女のほぼ正確な体型を暴露した。
「セクシャルハラスメントの現行犯――即、戒告処分」
机の上に置かれた、大きめのマグカップで入浴しながら――妖精の少女、ソフィアが注意した。
「……」
着任したばかりのミリアムは目を疑った。
ここは本当に、栄えある帝国陸軍の基地なのだろうか。
頭痛がする。
この士官用の執務室にいるのは、不躾で若すぎる隊長と自由奔放な妖精の少女。
廊下を挟んだ――向かい側にある下士官用の談話室からは、博打の嬌声。
外からはひっきりなしに、銃声や格闘の騒音や罵声。
筋力鍛錬器具が立てる耳障りな鈍い音。
ミリアムの初めての任官先は、愚連隊の巣窟だ。
「まあ、一服しろ」
「あの、小官は煙草は――というか、未成年ですが」
ミリアムは極めて常識的なことを言ったのだが、ヨハンは大げさに驚いてみせる。
「え、煙草って未成年は駄目なのか」
そのわざとらしさに、ソフィアが当たり前のことを補足する。
「帝国の法律上は駄目」
「なら、無視しようぜ――ホントにいらないのか? 基地司令、ボーマン大佐のシガーボックスから盗んできた上物だぞ、これ」
「お構いなく」
ミリアムは愛想笑いを固くして言った。
「うちについて、どんな説明を受けてきた?」
ミリアムは自分が知っている範囲で話した。
それを教えてくれたのが、統合参謀本部から派遣された〝背広の男〟であることは省いて。
その間、ヨハンは盗んだ葉巻に火をつけて――ミルクの泡が山盛りになったカプチーノを口に運んだ。
「……以上です」
「なんだか――よその評判を聞いてると、うちの部隊って陸軍の掃き溜めみたいだな」
「というよりも愚連隊」
ソフィアが無遠慮に言った。
「……」
ミリアムは、思わず失笑を漏らしそうになるのをこらえた。
「ま、とりあえず出撃命令が来るまでは、訓練をこなしていこうぜ――お前さんも、好きにやってくれ」
ヨハン――上官の無責任な物言いに、ミリアムはつい口を挟んでしまう。
「いま少し、具体的に命じて下さったほうが――小官はご承知の通り、幼年学校を卒業して間もない、非才にして若輩の身でありますから」
半分は本音だ。
残り半分は、
〝隊長なら隊長らしくしろ〟と怒鳴りつけたい気分である。
「お前さんも見てきたとおり、部隊の規律が〝なぜか〟緩んじまっててさ――その辺の引き締めを、副官殿には頼みたいなあ」
規律が緩んだのは、誰も何も言わなくても――指揮官がだらしないせいだ。
そんなことは、わかりきっているのだろうが彼はとぼけた。
「畏まりました――小官の微力を尽くして、この隊の綱紀粛正を図ります」
ミリアムは立礼して、丁寧な口調で言った。
それを聞いていたソフィアが、
「ぱちぱち」と、入浴したままの泡だらけの手で拍手をした。
「あと、これ」
ヨハンは机の引き出しから油紙のファイルを差し出した。
「拝見いたします――大尉」
中身を確認すると、それは姓名を黒塗りされた幼年学校の成績表と、略歴の箇条書きだ。
「さしあたって、それを最低限の目標にしろ――お前さんも士官なら、同じようにできるはずだ」
項目別に見ていくと、かなり偏りのある成績だ。
座学のほうは――ほぼ全ての科目でミリアムの方が好成績だ。
しかし、実技方面の部分を見たミリアムは瞠目した。
特に射撃については、誤記載を疑いたくなる腕前だ。
幼年学校でこの記録を出したら、間違いなく帝国主催の全国大会に出場を推薦される。
射撃に始まって、格闘や空挺資格――戦闘技能に関わる徽章のことごとくが上級である。
普通ならば、たとえ首席とはいえ――幼年学校を卒業したての少尉に求めるようなものではない。
この上官は自分の意志の及ばないところから着任した、副官に悪意があるのではないか。
そこで、無理難題を与えて――体よく追い出すつもりなのかもしれない。
ヨハンの真意はわからなかった。
だからこそ、彼女は怒りを覚えずにはいられなかった。
「質問をご許可願えますか?」
「なんでも訊いてくれ」
「……では、申し上げます――大尉殿はこれらの成績を全て修めておいでなのでしょうか? 後学のために、お教え願えると幸いです」
訊かれたヨハンは、
「うーん――そこそこかな?」と言って、上官から盗んだという葉巻を灰皿で消した。
ミリアムは上官にあることを提案した。
ようやく、小隊の人員が揃ったのだ。
親睦と自己紹介を兼ねた――行軍射撃演習を開いてはどうかと。
小隊を2つの分隊に分けて、片方はヨハンが率いて――残りがミリアムのチームに就く。
歩兵連隊の教導隊にいたことがある、シニアが審判と採点を行う。
それを軍歴の長い、2人の1等軍曹たちが補佐――ということで話はまとまった。
基地司令のボーマン大佐の許可を得て、ハーレークイン小隊は結成から早々に、
〝演習〟という名目で出撃した。




