第15章 婚約破棄の解決手段はショットガン 05/10
ルートヴィヒの挑発を黙殺し、ヨハンはコートのボタンをはずす。
《音楽――〝オペラ座の夜〟B面。トラックナンバー4、再生》
ソフィアが淡々と告げて、会場内に設置した立体音響装置を操作した。
厳かなコーラスから曲は始まる。
これって、ほんとにほんとのリアルかな♪
もしかして、ファンタジーな物語じゃん♪
こんながけ崩れに巻き込まれちゃったら♪
誰だって、現実逃避が不可能なんじゃね?
往年の名盤を代表する、歴史的な曲がかかると――舞闘場は大いに盛り上がった。
それに反して、ヨハンが騒ぐ。
「ちょっとタンマ、タンマ! よりにもよって〝女王陛下〟の〝ジプシー狂詩曲〟かよっ!? 誰がヒゲを生やしたまま女装するヘンタイ歌姫なんて聴くもんか! しかもノーカット版っ!? 歌詞にピエロが出てくる歌は駄目って! 俺ちゃん言っただろっ!? 〝ネタバレ〟になっちゃう!」
《だってこれ〝前フリ〟だもん》
妖精の少女、ソフィアは上官の抗議を却下した。
お目々をあけて、空を見上げてごらんよ♪
オイラはコジキ、でもそんなの関係ねえ♪
同情すんならオイラに金をくれってこと♪
今日の気分はちょい上げ? ちょい下げ?
やっぱりどっちでもいいや そんなのね♪
大音量で、ピアノのイントロからメロディが始まる。
流れてきたのは、ヨハンがやめろと言った〝女王陛下〟の歌だ。
「おい〝ルートビア〟野郎! 妖精のメスガキが選んだ曲のせいで、お前の寿命は決まったぞ!」
お母ちゃーん♪ オイラ人を殺したった♪
引き金をカチッとチャカっただけなのに♪
そいつ、なぜか勝手に死んじゃったんだ♪
ヨハンは羽織っていたコートの裾を翻すように脱いだ。
「――っ!?」
「……?」
誰もが呆気にとられた。
彼がコートの下に着ていたのは、斑模様の衣装で――ピエロの服だった。
〝ハーレークイン小隊〟の隊長とはいえ、あまりにも――あからさまな、悪ふざけが過ぎる。
衣装の上からは、散弾のシェルを無数に保持する装具を身につけ――右の腰にはいつもどおり、拳銃を収めてある。
お母ちゃーん♪ 人生はじめたばっかで♪
もうオワタ♪ お母ちゃぁああん うー☆
そんな、泣くほどのことじゃないってば♪
駄目なら駄目で、そのときはよろしくね♪
「貴族の誇りを持たぬ道化者め――下賤にふさわしい〝死装束〟だ」
ルートヴィヒはヨハンを蔑みつつ、強化外骨格の筋力を最大にした。
強化外骨格鎧のフレームに内蔵された、未知のアーティファクトが内部で輝く。
鎧の全身に動力が行き渡った。
機械式の筋力増幅機構を司るアクチュエータが稼働し、それに呼応して――周辺の空気をタービンが取り込み、内部の人工筋肉を肥大化させる。
電気の高回転モーターや、ターボチャージャーが過給するような――独特の音が無機質に響く。
ありあまる膂力で戦斧を持ち上げると、ヘルムのバイザーを閉じた。
「……」
さきほどの大騒ぎから一転して、無言となったヨハンも目を細める。
そして正午を告げる、鐘楼の鐘が鳴り響いた。
《はじめ!》
マイアの合図で、ヨハンは散弾銃を構えると同時に〝速射〟した。
2発、3発――4発と、弾倉を封じられたはずの銃は10発を超えても、絶え間なく火を吹く。
もうマヂ無理ぜんぶ手遅れになったった♪
オイラのケツに火がついて、もうアチチ♪
あばよとっつぁん! オイラは逃げるお♪
諸々放り出して、あともう知らないっと♪
「っ!?」
今回の決闘の規定では〝弾倉を用いての連射は禁止〟とされた。
ルートヴィヒはもちろん、決闘を見物している誰もが油断していた。
白銀に輝く甲冑には、矢継早に放たれる――スラッグ弾による大きな弾痕が刻まれる。
スラッグ弾は貫通せず、弾頭が潰れて――変形しながら、鎧の装甲板に付着していく。
「くっ!」
意表を突かれたルートヴィヒは明らかに動揺している。
しかし、スラッグ弾の直撃を受けても――特注の強化外骨格鎧の装甲には効果がない。
それでも彼は言う。
「反則行為だ――抗議せよっ」
ルートヴィヒはヘルムの中で喚いて、自分の立会人を一瞥した。
お母ちゃぁああん うー☆ 助けてちょ♪
オイラは死にたくないって、聞こえてる?
生まれたのに苦しむなんてやだぁあああ♪
予想に反して、ヨハンは弾倉の封じられた散弾銃で――いきなり速射してきた。
その行いに、ルートヴィヒの立会人が――軍配を司るマイアへ抗議を申し入れた。
しかし、竜族の長は取り合わず――決闘を続行させる。
「反則だ!」
「スミス卿が卑怯な手を用いている!」
「神聖な決闘を汚す行為だ!」
観客たちも騒ぎはじめた。
このままでは、マイアが〝猶子〟の反則を黙認していると――言われかねない。
そのため、彼女はやむを得ず――ヨハンが行っている〝技〟を語る。
《スミス卿の手元をよく見よ――彼奴は1発ごとに、排莢と再装填とを繰り返しているだけである。したがって、規定に則っており〝反則〟との抗議は棄却せざるをえん。そもそも弾倉は使ってはおらぬ。妾の課した掟を、よもや忘れておるまいな?》
竜王は事実だけを淡々と語った。
《戦いの前に、両者には相手の得物を調べる機を既に与えた――妾の知る限りにおいて、不正や、反則の懸念の申し出はいずれからも出ておらぬ。これも承知おきあれ》
全てマイアが言ったとおりだ。
実際にヨハンは〝反則〟を犯してはいない。
彼は1発撃つ度に、装具から次弾を取り出し――装填口ではなく〝排莢口〟から装填していた。
〝ポート・ローディング〟と呼ばれる技術だ。
弾切れを起こした散弾銃に対して、緊急時に素早く装填するものである。
細かくその動作を観察すると、撃った瞬間に――反動を利用して、素早く排莢する。
そのときには、既に右手をグリップから離して――次の弾を装具から取り出す。
そして、わずかに傾けた散弾銃の排莢口に――次弾を滑り込ませる。
直後に銃把を兼ねる遊底を左手で戻し、再び――右手はグリップを掴んで引き金を絞る。
これら一連の動作を、1秒に満たない僅かな時間で――繰り返している〝だけ〟だ。
誰か物陰で踊ってるよ♪ 誰かな誰だろ♪
ピエロさん! ピエロさん! 踊ろうよ♪
雷ゴロゴロちょー怖い! もうやめてよ♪
ガリレオとフィガロとお偉いさんたちだ♪
ヨハンは規定に従い、弾倉を用いず散弾銃を速射した。
言葉にすると簡単だが、実際に行うのは難しい。
標的と相対すると、目の焦点の関係で――手元がよく見えない。
その視野で再装填をする必要があり、熟練を要する。
「っち!」
彼の連射が〝反則ではない〟と知った、ルートヴィヒは舌打ちをした。
そこに、マイアからの解説が重なる。
《スミス卿の銃撃は妙技ではある――されど、ゼブルン卿の白金の鎧は重厚ぞ。小動もせぬであろう。銃、それも散弾銃ごときで、かの〝英雄の鎧〟を破るのは不可能じゃ》
竜王の言った通りだ。
スラッグ弾の至近距離でのエネルギー量は、3000から4000ジュールに達する。
自動小銃が用いる、小口径高速弾の2倍を超す。
しかし、ルートヴィヒが着込んでいる強化外骨格鎧には――衝撃吸収材を兼ねた人工筋肉が内蔵されており、2万ジュール以下の威力では効果がない。
「さよう、この程度! 我が鎧を貫くものではない!」
彼の鎧を破るためには、50口径以上の対戦車ライフルか――それ以上の武器が要る。
「……」
当初こそ、一方的に銃撃を浴びせられたルートヴィヒだった。
しかし、彼は先ほどのマイアの解説に後押しされたのか――次第に冷静さを取り戻す。
たとえ3インチのマグナムロードでも、鎧はもちろん――中の人間に効かない。
〝鎧があるかぎり自分は絶対に大丈夫〟
それが彼の自信の源である。
散弾銃は、自動小銃が歩兵の主武器になった現代において――有効射程や威力、装弾数や精度の点でも見劣りする。
しかし、これには小銃にはない利点があるのも確かだ。
その1つが射手の任意で、複数の種類の弾薬を用いることが可能な点。
しかし、どんな〝隠し弾〟があったとしても――ヨハンの放つ散弾銃には限界がある。
すなわち、白金に輝く強化外骨格鎧の装甲に対し――威力が桁違いに不足していた。
ルートヴィヒは、大胆に間合いを詰めて〝獲物〟を仕留めるため――戦斧を振りかぶった。
オイラはコジキで、可哀想な男の子だよ♪
(彼は誰も愛さない憐れなる魂の持ち主だ)
(ああ、どうかこの迷える子羊に、救済を)
オイラはほんとはいい子だから見逃して♪
(神の名を以て汝の罪を裁くことが義務だ)
助けてちょ♪ (否だ!) 助けてちょ♪
(何人も己の罪から逃れることはできぬぞ)
(絶対絶対絶対絶対逃れることはできぬぞ)
「また〝えたーなる〟なんとかって技か?」
ヨハンは咄嗟に散弾銃を横に向け、頭上に掲げた。
あえて、戦斧を受け止めようとするような動作で――攻撃を誘う。
「これぞ勝機!」
ルートヴィヒが吠えた。
仮にヨハンが散弾銃で防御しても、相手の振るう戦斧は――超重量の得物だ。
そのままでは、確実に押しつぶされてしまう。




