第15章 婚約破棄の解決手段はショットガン 04/10
「太傅――今年は〝御成り〟をしていませんが、この機に叶いませんの?」
〝神姫〟は半ば座興、半ば本気で訊かずにいられなかった。
御成りとは、貴人や公主などのとりわけ地位の高い人が――宮殿や玉座から、寺院や臣下の私邸に下向することをいう。
ヴィクトリアの言葉を翻訳するとこうだ。
〝お兄様の応援をさせて〟
これにマイアは、首を横に振ってから拝礼して言う。
「陛下に謹んで申し上げる――貴き御方が、血なまぐさい決闘の場に玉体をお運びあそばすことは、まかりならぬ。お赦しあれ」
「……」
〝神姫〟は御簾の中の玉座で、あぐらをかいた。
「はしたないですぞ」
「太傅のお小言は沢山です――それに、ズルいですわ。過日の晩餐会では、お兄様のお膝に抱かれてプリンを〝あーん♡〟して頂いたと仄聞があります。あまつさえ、褥での同衾と朝餉の前には混浴の湯浴みまでっ!? そんなの、このヴィクトリアだって〝まだ〟ですのに!」
〝神姫〟は容赦なくマイアを弾劾する。
「もう、これ完全に〝ぶっころ案件〟です――ヴィクトリアは〝同担拒否〟だと忖度なさい。お兄様はヴィクトリアだけのお兄様なのに!」
マイアは悪びれもせずに言上する。
「陛下の勅なれど妾は坊やの〝母〟でござりますゆえ――赤子の砌より誼を通じておる。母たるもの、風呂に入れ、髪を整え、爪を磨き、朝から晩まで御厨に立ち、夜は褥をともにするのが義務でございまする」
「ならば、このヴィクトリアは〝生まれる前〟から、お兄様とは運命で結ばれた魂の伴侶です――ああ、いつになったら〝神皇子〟と大公の称号をお返し申し〝太尉〟として宮中に招聘する詔勅を発せられるのでしょう……」
〝太尉〟とはマイアの太傅と同じく、いにしえの帝国に存在した公職で――軍を司る。
すでに空位となって久しく、復古するとなれば――〝あの〟ヨハンが、6人の元帥たちの上に君臨する。
控えめにいっても暴挙でしかない。
主君が、この帝国を統べる最高権力者が――例によって兄への倒錯的な恋慕を拗らせたため、やむを得ず〝太傅〟は妥協案を示す。
ヴィクトリアの機嫌と正気を取り戻すために。
「臣のこれは独り言にございまする――例えば〝尋常の勝負に打ち勝った者〟に褒美として詔勅を遣わし、後宮への参内という栄誉をご下賜なさると〝もしも〟陛下が仰せであれば、異論を持ちませぬ。坊やの好物を御手によりて、ご用意めされるがよろしいと存ずる」
マイアもまた、ヨハンの勝利を信じて疑わない。
決闘の褒美と称し、彼を後宮に招待することを提案した。
ヨハンの好物である、カプチーノを用意すればいいと。
「今の上奏に免じ、先の〝抜け駆け〟は不問に処します」
ヴィクトリアは御簾の内側で、拍手を打って――ようやく笑みを覗かせた。
決闘の当日。
もうじき正午だ。
応援の歓声と罵詈雑言は、それぞれ惜しみなく――ルートヴィヒとヨハンに贈られる。
マイアの私邸には、一部の報道陣を除けば――貴族家の子弟たちが見物に集まった。
誰もが〝偽貴族〟たるヨハンに、正当なる貴族の代表――ルートヴィヒが〝正義〟の制裁、鉄槌を下すことを期待した。
サムエルは警護上の理由をもとに、屋敷の一室で待たされることになっていた。
ヨハンが決闘に出るため、その護衛の指揮は――一時的にミリアムが執る。
完全武装を整えた女騎士は、サイレンサーを装着するため銃身を切り詰めた――自動小銃に弾丸を込めた。
「ハーレークイン小隊――全隊に告ぐ。もしも大尉の御身に危機が迫ったら、わかっているな?」
「はい――少尉殿。見物客を皆殺しにして、貴族どもの口を封じます」
「大尉の薫陶に倣って〝ヒャッハー〟ですね! 少尉?」
「立会人の上級曹長からの合図があるまで、発砲は禁止――よいな」
ミリアムは頷きながら、重ねて厳命した。
エフライム邸の庭。
《静まれ――翼を持たぬ小さき者たちよ》
臙脂色のビロードで織られた、外套を肩から羽織ったマイアが――愛刀を鞘から払い、呼びかけた。
彼女の声は端末水晶を経由して、会場に設置された――音響装置を使って増幅されている。
普通の声でも会場の隅々まで通る工夫だ。
構造の設計と機器の調整は、サムエルの助言を受けながら――ソフィアが行った。
《これより、ルートヴィヒ・フォン・ゼブルン侯爵公子とヨハン・ユージン・スミス子爵の尋常の決闘を行う! 両者、前へ!》
マイアの私邸にある庭は〝舞闘場〟に作り変えられていた。
広さはテニスのコートを4つ使用したものと同じくらいだ。
ルートヴィヒから申し込まれた、決闘の名分は――いつのまにか〝名誉挽回〟にすり替えられていた。
彼が勝った場合、ヨハンは先日の無礼と嘲弄の責任を取る形で――爵位を返上し、軍籍からも退く。
対するヨハンが提示した条件は〝金銭〟で、要求額はこの場で明かされる。
〝貴族の名誉〟にいくらの値段をつけるか、これが注目された。
「……」
ルートヴィヒは腕を組み、強化外骨格鎧に施された白金の装甲を輝かせながら――堂々たる態度で訊く。
戦う前から既に王者の風格を漂わせている。
「スミス子爵とやら――条件を申し述べよ。下賤に叶わぬ、大金の〝夢〟を追うがいい。冥府で」
対戦相手に促され、ヨハンはポケットから硬貨を取り出した。
それは古いギニー金貨だ。
金額に換算すると、わずか21シリングにしかならない。
これは、悪意を込めた皮肉だ。
貴族の社会では、シリングやポンドではなく〝ギニー〟という単位を――商取引の決済に用いていた。
それが転じて、現代の貴族の間の取引では――互いの信頼と名誉をかけて、敢えてギニーを以て契約を交わす習慣が残された。
ヨハンは短く訊く。
「払えるか?」
その嫌味は3つの意味に翻訳できる。
〝貴族の誇りを賭けられるか?〟
〝貴族の名誉は、金貨1枚にすぎない〟
〝そして、これがお前の命の値段だ〟
これらを理解した、ルートヴィヒの目つきが据わった。
「紛い者の分際で、よくも……」
今までの彼は〝制裁をくわえる強者〟の立場だ。
それが変わってしまった。
ヨハンはここに来て、貴族の風習をあえて持ち出し――あまつさえ、それを挑発の小道具に〝悪用〟した。
この許しがたい所業に対し、ヨハンに――明確な憎しみを抱くようになる。
「……」
ルートヴィヒは、完全防弾の強化外骨格を着込んでいる。
一方で、ヨハンは地味なカーキ色のトレンチコートを羽織り、ほぼ全身を隠していた。
「♪」
どのような防具を身に着けているのかは、わからない。
ヘルメットすら被っていないことから、おそらく軽装だろう。
彼は随伴するシニアを立会人に指名していた。
《これより5分間、互いの得物を調べる機会を与える!》
「やなこった――そんな馬鹿デカい戦斧なんて、持ち上げられねえもん。俺ちゃんは、生身だぜ?」
「大尉――いえ。スミス子爵閣下。いま少し、威厳をお保ちください」
シニアが上官の不真面目な態度を窘めた。
傍らに控えた小隊軍曹は、銃器を収めたコンテナを――ルートヴィヒの立会人に渡した。
礼節に則った、完璧な所作で。
ヨハンが反則に及ばないよう、ルートヴィヒの指名した立会人は――銃の専門家だ。
しばらく、ルートヴィヒと立会人がヨハンの散弾銃――ポンプ・アクション式のショットガンと拳銃を調べた。
彼らは特に、散弾銃のチューブ型弾倉に――不審な点がないかを調べている。
「……」
細巻煙草を吹かすヨハンは、この決闘で不正をはたらくつもりはなかった。
誰に言われるまでもなく、正々堂々と戦い――勝つ気でいる。
《時間》
ソフィアが制限時間を知らせるまで、ルートヴィヒたちは銃を調べた。
ようやく納得したのか、樹脂のコンテナに銃を戻し――返してきた。
異議の申立が行われることはなかった。
したがって、彼らは自身で〝不正がない〟ことを証明したと――みなすべきだろう。
《再度、各々は得物を点検せよ! 自らの命を賭す武具に、敬意を以て整備を行うがよい!》
ヨハンは煙草を捨てて、慣れた手付きで――拳銃や散弾銃を分解した。
銃身や薬室をはじめとして、薬莢の雷管を発火させる撃針まで――入念に調べた。
異常はなかった。
《これが最後の通告である! 両者ともに心して聞け! 勝敗は一方の戦闘不能、または死を以て決着とする。例外的に、一方が敗北を認め一方がそれを容れたときもまた、戦闘不能とみなす。勝敗が決した後には、その経緯のいかんに関わらず、当事者ならびに第3者が異議を申し立てること、まかりならぬ! 〝掟〟に反した者は妾が処す! 異議を押し通したくば、この1匹のトカゲを武力で屈服させよ!》
「へいへい――声がでけえよ、ババア」
ヨハンは不遜な態度で片手をあげて応えた。
対するルートヴィヒは威勢よく、
「異議無し!」と声をあげた。
さらに彼は、既に勝敗が決したかのように――拳を振り上げて見物人たちの歓声を煽った。
次に、ヨハンを指差して親指を下に向けた。




