第15章 婚約破棄の解決手段はショットガン 03/10
「いやいや――お前さん勘違いしてるぞ」
「勘違い……?」
「だって、あのババアのせいで、この問題はすり替わったじゃんけんぽい? 〝増長した偽貴族に正当な門閥貴族が制裁をくわえる〟って具合に――このまま負けたら、あのルートビア野郎は、懲りずにお前さんにすり寄ってくるだろうが、そうはさせん。だって、俺ちゃんが必ず殺すもん♡」
「しかし、エフライム閣下が公示された決闘の規定をご存知でしょう――あれでは、大尉の勝機が……」
〝皆無だ〟という言葉をミリアムは呑み込んだ。
「そんなもん、どうにでもなる――俺が命を張るだけだし、そんなのサンドイッチ屋のパンの耳より安いもんだろ?」
副官の女騎士は瞠目した。
この上官はいつもこうだ。
他人の命を軽視するのと引き換えに、自分の身も同じように扱う。
「大尉の命は、安くありませんっ! 少なくとも小官にとっては――エインセル准尉や上級曹長、他の部下たちにとっても。なぜ、ご自身の部下の心配を、雑に一蹴するのですかっ!?」
ミリアムは溢れる言葉を止められなかった。
思わず、彼の手をとってしまう。
手のひらの指の付け根や、親指の内側――ところどころに〝タコ〟が目立つ特級射手の手を。
2人の手には同じような〝タコ〟がある。
それが触れてガサガサとした、違和感が――手の熱を交換した。
〝白い手〟と〝青い血〟を誇る貴族とは大違いだ。
「お願いですから、死なないで――大尉、わたしたちを、1人ぼっちにしないでください」
燃えるエメラルドが、ミリアムの瞳が――かすかに湿り気を帯びた。
近頃の彼女は、どうも情緒が安定しない。
特に、先日の晩餐会を経てから。
ヨハンはそれを〝バカボンを婚約者として紹介されたから〟だと思っていた。
実際には、もっと複雑な――乙女心が絡んでいるというのに。
この、素行不良と不品行を泥水で煮詰めた小隊長は――そうした機微に疎い。
副官の女騎士の心配をよそに、ヨハンは――いつもの調子で、
「大丈夫だっつうの」と請け合った。
とはいえ、彼女を納得させるためには――口先だけでは不十分らしい。
思えば、いつもそうだ。
実力主義の彼女には、腕前を披露することが――なによりの〝薬〟だ。
そのことを思い出したヨハンは、散弾銃の遊底を引きながら言う。
「んじゃ、見てろ――〝マジカル早撃ちテク〟を♡ 早漏って意味じゃないぞ! 勘違いすんなよ! スケベ!」
「……いいから撃ってください」
彼は赤いシェルを指にはさみつつ、空の散弾銃を構えて――射撃の秘技を披露する。
弾倉はもちろん、薬室も空にしていたはずの散弾銃が火を吹いた。
それも、立て続けに2回――3回、4回と連続で。
「っ!?」
これまで、散弾銃にほとんど触れたことがない――ミリアムは驚愕した。
〝弾倉を用いた連射は禁止〟という規定を、彼はどうやって――破ったのか。
決闘の4日前。
ヨハンとルートヴィヒの決闘、真の貴族が偽貴族に――正義の制裁をくわえる。
それも、命がけの真剣勝負として――この情報に娯楽への嗅覚が鋭い、新聞各紙は飛びついた。
しかし、その記事の内容はひどく偏向した。
貴族の名誉を賭けて立ちあがった、ルートヴィヒを持ちあげるものだ。
一方で、ヨハンのことにも記事では触れられた。
〝素行不良の大尉〟との紹介から始まり。
〝陸軍の恥さらし〟と糾弾され。
〝品性と性格を泥水で煮込んだような〟と形容され。
〝クズのクソ野郎〟と罵倒する言葉で結ばれた。
それを見た妖精の少女、ソフィアは――さらに辛辣な感想を漏らす。
「新聞って、天気予報よりも正直になるときがあるんだ――面白い」
ミリアムが、激高して――新聞社に抗議しようとする。
記事を一読したヨハンは、しかし気にしていない。
「名前の綴が間違ってたか? そうでなきゃ、文句をつけるのは野暮ってもんだ――コイツは、健康のために下着を身に着けなくて有名な、世界一バーボンが似合う往年の女優が言ったことだぜ」
「誰のこと?」
「おいおい〝ダンサーズ〟と〝救命艇〟の主役だぞ――いい女になりたきゃ、ああいうのを手本にしろよ? メスガキちゃん♪」
「ん」
いつもの無表情で答えた、ソフィアのスカートを――ヨハンは遠慮なく指で弾いた。
短い裾が翻るところを見て言う。
「その〝可愛い縞々パンツ〟を履いてるようじゃ、まだまだ俺の好みから遠いな♡」
「そんなの、どうでもいい――あなたの好みなんか」
妖精の少女は、氷で出来たルビーの瞳で彼を睨んだ。
決闘の3日前。
後宮。
参内したマイアから〝神姫〟ヴィクトリアは、事の次第を奉られ――御簾の中に座したまま言う。
「大義でしたエフライム卿――太傅にはいつも労をかけますね」
「なんのこれしき」
ヨハンたちの決闘を預かると宣言したマイアは、この数日のうちに――諸々の法的手続きに則った。
これで彼らの決闘を合法的なものに仕立てた。
その報を奏上するため、マイアは朝服を纏ってこの日は後宮に参内した――という〝体裁〟だ。
実際には、より重大なことを――これから話す。
「内閣府では内務尚書が、各軍の長官より――件の海運会社に関する報告を受けている頃でしょうか」
ヴィクトリアが言ったのは、いまだに実体が掴めない――テロリストたちの捜査の進捗状況への懸念だ。
サムエルの暗殺未遂でホテルを爆破し、横断鉄道の橋脚を爆破した勢力は――いまだに野放しである。
その勢力が何者なのか、依然として不明なまま。
しかし、状況から見て――海運会社が何らかの形で関わっている、という見方が現在のところは濃厚である。
問題はそれが、強要されたものなのか。
あるいは自発的か、そう見せかけた――巧妙な偽装工作かもしれない。
「ところで」
ヴィクトリアは話題を変えた。
「は」
「例のフォン・シメオン伯爵家とフォン・ゼブルン侯爵家の縁組の対応について、子細を」
両家が接近したせいで、ミリアムは政略結婚の渦中に置かれた。
今回の騒動の発端である。
「既に上奏の手筈は整えて御座いまする――陛下の御意を得ぬまま、仮にも10氏族に連なる大貴族が誼を結ぶなど、言語道断。陛下の鼎の軽重を問うばかりか、叛乱にも等しい行い。厳正に対処すべしと、法務尚書ならびに内務尚書をはじめとし各貴族家の連名による弾劾状を手配してございまする」
ヨハンの手から副官が奪われないよう、マイアは〝神姫〟の裁可を得て〝合法的に〟この政略結婚を潰す算段を――水面下で進めていた。
「いまひとつ、気になるお話があります――例の調印式の最中に爆破された鉄道橋、鉄道公社の損害保険を担っているのが、フォン・シメオン家の事業だそうですね。また、テロリストの支援をしていると疑われた海運会社とも〝表の事業〟で繋がりがあります」
ヴィクトリアの確認に、マイアは神妙な顔をした。
「されど――アーサー卿のごとき愛国者が、左様な陰謀に加担するとは。臣にはとても信じられぬ」
「いいえ、逆です――太傅」
「はて」
「宜しいですか? シメオン伯爵家が件の鉄道公社と保険業務の契約をしたのは、ずっと以前です――そして、件の事件が起きアーサー卿はむしろ大損害を被りました。直後に、ゼブルン家と取引のある銀行が資産を現金化し、別口座に移動させました。フォン・ゼブルン侯爵家がかの伯爵家へ急接近をしたのはなぜか、おわかりですね? アーサー卿は巻き込まれたのでしょう」
「……御意」
「だんだん、一連の事件の〝裏〟が見えてきました――10氏族に連なる、フォン・シメオン家を取り込み、自らの発言権を軍にとどまらず貴族界でも強化しようという布石が。報告は上奏文にせず、直接この場にて奏上するよう、重ねて申し渡します」
ヴィクトリアの推測が正しければ、ゼブルン侯爵家は――ミリアムの父親が営む保険業にテロを装って大損害を与えた。
その上で、敢えてその負債の補填を申し出た。
交換条件として、ミリアムの身を跡継ぎの婚約者とするために。
元々、娘の縁談を進めようとしていた――アーサー・フォン・シメオンは、まんまと利用されたことになる。
現時点の情報では、ヴィクトリアも全貌を把握していない。
なにしろ、捜査を進めるべき憲兵隊の動きが――異様に鈍いためだ。
そして、現在の帝国の憲兵総監は――かのフォン・ゼブルン侯爵、元帥にほかならない。
その上、公人としてはあるまじきことだが――目下のところ〝神姫〟の関心は、別の問題に集まっていた。
「――っ」
ヴィクトリアは嘆息を漏らした。
唯一の肉親であり、双子の兄。
彼女が地上で最も愛する、ヨハンは――真剣勝負の決闘に臨む。
しかも、圧倒的に不利な条件下で。
もしも彼が死んでしまったら、そう思うだけで――身が裂けるし、心が砕けそうだ。
〝神姫〟として、1国の君主として慎むべき執着だが――彼女もまた生きた人間なのだろう。




