4.私の望みのために
side.ヴィクトリア
私はヴィクトリア。ラトゥーム王国の王女としてこの世に生を受けた。
「ヴィクトリア、この子はね私のお友達のご子息なの」
そう言ってお母様に紹介されたのはナハト王国のイヴァン王子
「初めまして、ヴィクトリア王女」
そう言って微笑んだイヴァン様は私の手にキスをする。
これが私の初恋だった。
「お母様、私、イヴァン様と結婚したい」
自国に帰ってそう言うとお母様は困ったように笑った。
「それは、ちょっと難しいかもしれないわね」
「どうして?」
私は王女、イヴァン様は王子。身分は釣り合っている。
「国力が違うもの。私たちとしては、あなたたちが結婚してくれるととても嬉しいわ。こちらには利益ばかりだもの。でも、ナハト側の利益があまりにも少なすぎる」
お母様の言っていることは難しくて、よく分からなかった。
ナハトの王妃様とお母様が友人なら結婚するのは簡単ではないの?
「ヴィクトリア、この中にあなたが気にいる人はいるかしら?」
結局、お母様が私の伴侶にと用意した候補は全員、国内の貴族。特別な私に相応しくはない。
「王女殿下」
いろんな男の子が私に話しかけてきた。みんな、私の気を引こうと必死。まるで砂糖に群がる蟻のようで滑稽ね。
特別な私に有象無象が群がるのは当然のこと。だからこそ、嫌なのよね。見た目だって、イヴァン様に劣る。
全ての縁談を拒むと、お母様が困った顔をされた。私に相応しい相手を連れてこない人たちが悪いのに。
「ヴィクトリア、国内の結束力を高めないといけない時期なの」
そんなの知らない。勝手にすればいいじゃない。私には関係ない。
「ヴィクトリア」
縋るように、お母様が私の名前を呼ぶ。
「私はイヴァン様がいいのっ!イヴァン様以外はイヤっ!どうして私のお願いを聞いてくれないの?」
「あなたが王女だからよ。あなたの人生は国のためにあるの」
「ふざけないでっ!私の人生は私のものよ。そんな、国に人生を捧げるなんて、捧げたい奴がやればいいじゃない。私を犠牲にしないでよ」
「私たち王族は国に生かされているの。だから国のために人生を捧げなくてはいけないの」
「そんなの頼んでないっ!好きで王族に生まれてきたわけじゃない」
「ヴィクトリアっ!」
お母様の制止を無視して私はお気に入りの温室に逃げ込んだ。
「嫌いっ!みんな大っ嫌いっ!」
「王女殿下、どうされました?」
温室で泣いていると見たことのない侍女がやって来た。まぁ、王女である私の侍女は十人以上いるし、侍女如きの顔と名前をわざわざ覚えている必要はないから知らない侍女がいてもおかしくはない。
特別な私にとって侍女なんて置物みたいなものだ。
「何でもないわ」
お母様が理解してくれない私の悲しみを侍女が理解できるとは思えなかった。でも、その侍女は私の涙を拭い、言うのだ。
「王女殿下、私たち侍女は殿下のお望みを叶えるために存在しているのです。どうぞ、何なりと仰ってください。殿下の望みを叶えてみせます」
そうよ、そうよね。彼女の言う通りだわ。侍女が私の悲しみを理解できるなんてあり得ないこと。けれど、望みは叶えられる。だって、そのための道具だもの。
そうよ、私は道具を上手く使って自分の望みを叶えればいいだけ。何も悲観する必要はない。だって、この世界で私の望みが叶わないことなんてないもの。私は特別だから。
私が望みを言うと侍女はそのために必要なことを教えてくれた。
「そんなことで良いの?」
「はい。それだけ殿下にお願いするのは心苦しいのですが、どうしても侍女では不可能な部分ですので。それだけ殿下にやっていただければ私が殿下の望みを叶えられます」
「分かったわ」
私は侍女に言われた通り、お父様の執務室にある資料を手に入れる。
「こんな紙切れが一体何だって言うのよ?でもまぁ、これでイヴァン様と結婚できるのなら何枚でも渡しちゃうけどね」
確かに、これは侍女にできないことね。だってここは特別な、選ばれた人しか入れない部屋だもの。この部屋にあるものがあればイヴァン様と結婚できるということはそれだけイヴァン様が特別だってこと。誰でも結婚できる相手ではないのよ。やっぱり、特別な私に相応しい相手だわ。
お母様は元公爵令嬢で、特別な生まれではない。特別な生まれのお父様に選ばれた側だから分からなかったのね。仕方がないから許してあげよう。
だって、特別な人間のことは特別な人間にしか分からないから。お母様が私とイヴァン様の結婚に何が必要なのかを知らなかったのは仕方がなかったことだ。
「これで私とイヴァン様は結婚できるのよね。後は任せたわよ」
「はい、王女殿下。ありがとうございます」
それからすぐだった。バルバロがラトゥームに攻めて来たのは。どういうわけか国防の情報が漏れててあっという間に侵略された。
「殿下、お急ぎください」
「分かってるわよっ!」
城内に敵が入って来ている。だから後ろと前に侍女が、その周囲を騎士が囲んだ状態で私は隠し通路に向かった。
「ヴィクトリア、これを持ってナハトに行きなさい」
お母様に渡されたのはラトゥーム王家が代々受け継いできたペンダント。
ドラセナ・コンシンネ、真実の木とも呼ばれる。ラトゥーム初代国王が神から賜ったとされる木、その幹を削って作られたペンダントは代々、ラトゥームの王に受け継がれてきた。
私はお母様にそれを出された時、どうしてか手に取るのを躊躇ってしまった。きっとそれは私が持つべきものではなくお兄様が本来受け継ぐべきものだと思ったからだ。それを渡されて戸惑っただけだ。きっと、ただそれだけだ。
「・・・・・お兄様は?」
お母様は答えない。代わりに躊躇う私の手を取って無理やりペンダントを握らせた。
「お母様?」
「ヴィクトリアをお願いね。この子が最後のラトゥーム王族になるわ」
何を言っているのだろう。
「はい、必ず殿下をナハトまでお連れします」
私を護衛していた騎士の一人が涙を堪えながら答える。
「お母様?」
「ヴィクトリア、どうか生き延びてね。愛しているわ」
そう言って抱きしめてくれたお母様の体は震えていた。
「もう行きなさい」
動かない私を騎士の人が手を引いて無理やり前に進ませる。どんどん離れていくお母様の目から涙が流れていた。
「もう、思い残すことはありません。ここまでで結構です」
「王妃様」
「王妃様」
「皆も逃げなさい。長きに渡る忠節、大義であった」
そんなやり取りが遠くから聞こえたけど、意味が分からなかった。多分、理解を頭が拒んでいたんだ。
そう言えば、私とイヴァン様が結婚できるように動いているはずの侍女が見当たらないなと現実逃避のように考えながら私は足を動かした。
***
あれから十二年が経った。私は今、二十四歳になっている。だからこそ、当時十二歳だった私が何をしてしまったのかが分かる。おそらく、あの侍女はバルバロが送り込んだスパイで、私が渡してしまったのは国防に関する情報だったのだろう。
それに気づいた時、かなり悩んだ。自分のせいで両親も兄も死なせてしまったと。罪悪感に苛まれて眠れない日々が続いた。そんな哀れな私にイヴァン様はずっと寄り添ってくれた。
特別な存在である私を騙した侍女は許せないけど、結果として私は今イヴァン様と一緒にいる。イヴァン様は何よりも私を優先してくれる。
だから、こう思うことにした。してしまったことは仕方がない。なかったことにはならないのだから。問題はこれからどう行動するかだ。
私はみんなの分まで幸せになるべきだと思うの。それをお父様たちも望んでいるはず。だって、私は最愛の娘だもの。イヴァン様と私の結婚のためにみんなが犠牲になってくれた。だったならみんなの犠牲を無駄にしないためにもイヴァン様と結婚して幸せになるべきよ。
そのために邪魔者は全て排除する。
「ここで、何をしているの?アリステアさん」
イヴァン様が連れてきた邪魔者の一人、アリステアさん、イヴァン様がどういうつもりで連れて来たのかは分からない。でも、理由なんて関係ない。イヴァン様の傍に居ていい女は私一人。
見て、この姿を。ここへ来た時よりも見窄らしいわね。やはり、畑違いなのよ。
「殿下、私は」
「ちょうど良かった。今からお茶をするところなの。来てくれる」
「いえ、あの、私は」
平民風情が私のお茶を断るなんて許さないわ。せっかく、あなたの義兄が、身の程知らずなあなたのために協力してくれたのだから義妹なら答えるべきでしょう。
それにしても、あなたの義兄から薬を手に入れたその日にこうしてお茶を飲む機会が巡ってくるなんてきっと神様が後押ししているのね。
ほら、あなたの後ろで物陰に隠れているあなたの義兄も嬉しそうに微笑んでいるわよ。
「さぁ、飲んで」
私は嫌がる彼女にお茶を差し出す。嫌がるなんて、本当に身の程知らずね。今すぐ怒りたいのを我慢してるのだからさっさと飲みなさいよ。
「きゃあっ!誰かぁっ!誰か来てっ!アリステアさんが毒を、毒を飲んだわっ!」
観念したようにアリステアは薬が入ったお茶を飲む。この薬は特別なの。自分の身の程を分からせるための特別な薬。
ああ、目の前で顔を真っ白にしながら野鼠が倒れていく。顔が笑ってしまうわ。ダメよ、まだダメ。
「王女殿下、どうされましたっ」
「イヴァン様のお側にはいられないって、そう言って毒を飲んだの」
入って来た護衛騎士はラトゥームからナハトまでついて来た一人。彼は私の言葉を何の疑いもなく聞いて「すぐに医師を呼んできます」と言って出ていった。
入れ替わるように野鼠の兄をやらされている哀れなローティス子爵令息が入って来た。
「ああ、アリステア、なんて愚かなことを」と言いながら彼も私同様、笑いが込み上げていた。
大丈夫よ、あなたは私と違うから。
野鼠であるあなたが死んでも悲しむ人は一人もいない。
「あなたが悪いのよ、私からイヴァン様を盗ろうとするから」
そう、全ては身の程を弁えないあなたが悪いの。私に薬を飲ませるようなことをさせるあなたが悪いのよ。




