3.王城のゲヘナ
「お食事をお持ちしました」
「・・・・・」
具のないスープとカピカピのパンのみが出された。それを私の前に平然と置いたメイドがクスリと笑う。
実家にいた時の方が酷かった。
食事が出ないこともあったし、腐った物を出されたこともあった。
ローティス子爵家は下級貴族だ。そのため、侍女は貴族でも末端の使用人には平民もいた。だからイジメもバリエーションが豊富だったのだろう。
クスクスッと笑うメイドを鼻で笑うと明らかに怪訝な顔をした。貴族の娘なら「こんなもの食べられないわ」って怒るか、泣くかすると思ったのだろう。でも、私は貴族じゃない。
だから何の躊躇いもなく食事を口にする私にメイドは驚き、そして悔しそうに顔を歪めた。
この程度の嫌がらせで出ていくわけにはいかない。やっと掴んだチャンス。二度と私は子爵家に戻らない。
「アリステアさん、殿下がお呼びです」
侍女長は私に出された粗末な食事を一瞥しながらも何も言わずに用件だけを告げて出て行った。「さっさと準備をしろ」という一言を忘れずに。
分かっていたけど侍女長もそっち側なのね。でも、何も問題はない。
いつだって味方はいなかった。
いつだって一人だった。だから何も問題はない。
「早速、君に頼みたいことがある」
私は大丈夫。殿下が必要としてくださるから。初めて私を必要としてくれた人。
「君には魔法の研究を手伝ってもらいたいんだ」
「魔法の研究ですか?」
「ああ。現状、我が国の武力は魔法師に頼り切っている。けれど、魔力を持って生まれるはずの貴族の中にも魔力を持たない子がいる。決して多くはないけど」
お義兄様がそうだ。差別まではいかないけど、魔力の有無が貴族の証みたいなところがある。だからお義兄様は私を利用してでも魔力がないことを隠そうとする。
「どうして魔力を持って生まれるのか、そもそも魔力とは何か。そのメカニズムは分かっていない。このまま魔法師に頼りすぎるのはいずれ武力の低下に繋がる。それは避けるべきだろ」
「そのための研究ですね」
「ああ。期待しているよ」
「はいっ」
期待、そんなことされたことがない。絶対に応えないとっ!
そして通されたのは王宮の敷地内ではあるけど人気のない鬱蒼とした森に聳え立つ建物。その更に地下だ。
そこに一人の女性がいた。
赤茶の髪を三つ編みにしてまとめてはいけど、アホ毛だらけでかなりボサボサだ。
「その子が殿下の言っていた子かね」
猫のような緑の目に似つかわしくない大きな丸メガネとそばかすが特徴的な女性だ。出るところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいる、女性の理想を具現化したようなスタイルを持っている彼女は身だしなみさえ整えれば社交界の華になれるだろう。
「初めまして、哀れな仔羊ちゃん。私はマリーカ・マルグリット、ここで魔法の研究を任されている。侯爵家の出だが、気にすることはない。私のことは博士と呼びたまえ」
「殿下から魔法研究のお手伝いを命じられました、アリステア・ローティスです。あの、侯爵家の方がどうしてこのような場所に?」
貴族というのは常に華やかな場所を好むと思ってた。ここは、そこからかけ離れている。それに化粧すら施されていなければ手入れもされていない肌とヨレヨレの白衣を着ている彼女はお世辞にも貴族令嬢には見えない。
「魔法研究は私の趣味。因み三〇歳、独身だ。馬鹿な男共は女を子供を産むための道具としか見ていない。私はね、仔羊ちゃん、馬鹿な種馬の苗床になるのは御免なんだ」
にっこりと微笑む彼女の目は酷く冷めていて、何だか背中に刃物を突きつけられているような気がした。
「さぁ、研究を始めようか。君はここへ来てしまった」
ニタリと笑う姿がネズミを手のひらで弄んで楽しむ猫のように見えた。
「ここはゲヘナ、足を踏み入れたが最後。君はもうエデンの門を潜ることは許されない」
「博士?」
「神様は反吐が出るほどの潔癖主義者だからね」
***
side .マリーカ
「どうだ?」
「殿下の見立て通り、かなり高濃度の魔石ができています」
「・・・・・殿下」
哀れな子羊が自分を地獄に落とした人間を見つめる。その目にはまだ希望が捨てきれていないのが分かる。
さっさと捨ててしまったら楽なのに。
「やぁ、気分はどうかなアリステア」
いいわけがなかろうに。本当、性格悪いよな。
薄手の白いワンピースを着たアリステアは牢に入れられた上に鎖で手足を繋がれていた。
「・・・・・殿下」
か細い声でそう繰り返すばかりだから、気力を振り絞っているのだろう。
「助けてくれ」と目が訴えている。
それに対して殿下は微笑む。まるで救いの女神のような微笑みだ。
「研究は進んでいる。全部、君のおかげだ。これで我が国はもっと強くなる。世界の覇権を握るのも時間の問題だろう」
なんて傲慢な考えなのだろう。世界を手に入れたいなんて。もし、この世に神が存在するのならばきっと彼のような姿をしているのだろう。
「見るかい?君の魔力が生み出した存在たちを」
殿下が見せてやれと目配せをする。ため息しか出ないな。
彼女はもう長くはないだろう。度重なる実験で肉体の限界を超えている。正直、よく保っているなと感心しているのだ。
だからこそ、何も知らせずに死なせてやるのがせめてもの慈悲というものだろうに。
まぁ、殿下の命令に従う私にも慈悲というものはないのだろうな。
「どうぞ」
布がかかったタイヤ付きの牢屋をアリステアの前に持ってくる。彼女の視線が牢屋に向く。殿下はとても楽しそうに布を取って、彼女に見せた。
「まだ未完成品だが、今の最高傑作だよ」
そこにあるのは最早、生き物の分類には到底入れられるものではない存在
「君の魔力が生み出した存在だ」
「・・・・・しが」
「そうだよ」
間違ってはいないが、正しくもない。だが、殿下の言葉にアリステアの顔がどんどん絶望に染まっていく。
「・・・・・しが、わ、たし、が・・・・・」と繰り返す。
「君の功績だよ。それから君の戦場での功績だけど」と続けて殿下はアリステアを見る。いつ死んでもおかしくはない。ボロボロの彼女を。
「今の君では表に出るのは難しい」
正確には出せない、だ。
「だから、君のお義兄さんの功績として発表しておいた。凱旋パレードもお義兄さんが君の代わりに行った」
私も人のことを言える立場ではないけど、彼女の家族もかなりのクズだな。彼女の功績と今後も彼女が作り出す魔石を渡すことを条件に実験材料としてこちらに引き渡してきた。
彼女の実の母親ですら躊躇うことをしなかった。
「君は何の心配もせず、これからも国のために、命ある限り実験に協力してくれ」
殿下が子爵家との約束をどこまで守る気でいるかは不明だけど。彼女が死ねば、ここまで高品質な魔石を入手することは不可能になる。
何の役にも立たない子爵家に便宜を図る義理もない。
この男は、嘘に塗れている。
アリステアの目から止めどなく涙が流れていく。命がけで手に入れた功績は何もしていない家族に奪われ、未来は私たちに奪われる。もう、彼女の手には何も残っていないのだ。
これは、完璧に壊れるな。まぁ、必要なのは彼女の魔力であって、心ではない。故に彼女の心が壊れたところで何の問題もないのだ。
寧ろ心が壊れていた方が脱走の可能性が低くなって、そっちの方が都合が良い。
そんなことを平然と考えている私はどこまでも人でなしなのだろうなと思いながら「じゃあ、後は任せたよ」と言って去っていく殿下を見送った後に実験の続きをする。
「・・・・・もう・・・・・めて・・・・がい、お、願い。痛い、の。とても、痛いの・・・・・お願い」
アリステアの怯えた目が私を映す。まだ自我があることに私は感心すると同時に同情する。
「壊れちゃいなよ。その方が楽だよ」




