#71 姉妹喧嘩
「今、お前を楽にしてやるからな。由里香!」
麻里香は、目の前に居る死装束姿の悪霊——レイに向かって大鎌の神器を振りかぶった。しかし、レイは横向きに払われたその凪を避けるように軽く飛び跳ねると、空中からそのまま麻里香に向かって黒いオーラを放つ拳を振り上げる。麻里香はそれを咄嗟に床を蹴って横に避けた。麻里香に向かって突き出された拳は床にぶつかり、レイはしゃがむように着地する。
すぐにレイは振り返ると、先ほど振り上げた拳とは反対の手で麻里香の腕を掴んだ。
「なっ!!」
麻里香は抵抗する間も無く、レイが麻里香の腕を引っ張ると、立ち上がりながら彼女のことを壁面に向かってふり投げた。
猛烈な勢いで飛ばされた麻里香はホールの壁に衝突して嗚咽すると、そのまま床に崩れ落ちていった。
なんて力なのだろうか。
麻里香は痛みに堪えながら、ゆっくり上体を起こした。
麻里香がレイの方へ視線をやると、彼女は、一歩、また一歩と徐々にこちらに向かって近づいてきている。レイの顔は依然として目を見開いたまま、それ以外は無表情だった。それでも彼女から放たれている色濃いオーラは、憎しみを感じさせるには十分であった。
「私のことを恨んでいるんだろう? それほどに私はお前に酷いことをしたんだろう? わかってる。わかっているさ! だから……」
麻里香は唇から出た血を手で拭いながら、大鎌の柄を床に突いて立ち上がった。
「だから、私はお前に立ち向かわなければならない。ここで蹴りをつけなければならないんだよ! もう、お前からは逃げたくないから」
麻里香はレイに向かって再び大鎌を構えた。
「ゼロ? さて、なんのことかな?」
GH本部のモニター室。机の上にどかりと座り、とぼけた様子のカモクを達海が睨みつける。
「あれ? ゼロって君のことじゃないんですか? 俺はてっきり、君がゼロなのかと思っていましたよ」
「うーん。確か、大昔にそう名乗っていたような気もするな。僕はあまり覚えていないけれどね」
「そうですか。それと……ゼロって二人いますよね」
「……君の言っている意味がわからないな」
達海からの突拍子のない質問に、カモクは驚くことも不可解だという顔をすることも無く、落ち着いた様子で聞き返した。
「俺は君と同じ顔の人物を知っています。あの夏の日、細道の真ん中でトラックに轢かれそうになっていた女の子。彼女のことを助けようとして俺はトラックに轢かれた。死にそうになっていた俺を抱え上げて、悲しげな表情をしていたあの子は、君と同じ顔だった。……でも、あの子と君じゃ髪の色も、あと性格も違うように思う」
「へぇー、そう」
「君はその子のことを知っているんじゃないですか?」
「どうだろうね」
「君は神器を生み出す。……無から有を生み出す創造の力を持っている。そして、あの子は、俺に如何なる物体も壊すことができる破壊の力を与えてくれた。創造と破壊。始まりの天使ゼロが持っていたと言われる力です。……君とあの子、二人で天使ゼロだったんじゃありませんか?」
達海の言葉を聞いたカモクはため息を吐くと、机から飛び降りて手を叩いた。
「君、すごい想像力だね。だけど残念。……僕は僕であり、僕だけだ。余計なものはいらない。君の言っていることは全然的外れだね」
「そうですか。結構いい線いってると思ったんだけどな」
「君が持っている力は紛れもなく天使の力だ。でも、それもゴミもゴミ。出涸らしの残りカスのような力だよ。でも、僕だったら君に力の正しい使い方を教えられる。君の正しい在り方を導いてあげられる。そこで提案なんだけど……」
そう言って、カモクは妖艶な笑みを浮かべながら達海に手を伸ばす。
「僕の元に来ないかい? 達海」
「…………ごめんなさい。俺は君のところには行けません。君の暴走を止める。それが俺の使命ですから」
カモクが達海に向けて伸ばした手をゆっくりと下ろす。そして一瞬だけあからさまにイラついたような表情をした。
「それじゃあ、仕方ないな……」
すると、スピーカーから“ドン”という大きな音が聞こえてきた。カモクが振り返りモニターへと視線を向ける。
「ああ、あっちも始まったみたいだね」
モニターには大ホールで戦い合う麻里香と悪霊へと変貌したレイが映し出されていた。
「彼女たちはもう邪魔だからね。潰し合ってもらうことにしたんだよ。君は監獄にいる美波に何か吹き込んでいたようだけれど……何をしてももう無駄だよ」
「そうですか」
モニターに映るは、達海が大切に思っている少女と憎んでいるはずのGHとの殺し合い。それを前にしても尚、落ち着いた態度の達海にカモクは眉根を潜ませる。
「あれ? もっと取り乱すものだと思っていたけれど、意外だな。どうした? 驚きすぎて声も出ない? それとも、もう諦めたのかな?」
「信じてるから……」
「は?」
「彼女たちのことを……レイのことを信じてますから。きっと大丈夫。それじゃあ、俺たちは俺たちで始めよう」
達海はそう言って静かに拳を構えた。
「ああ、そう。それじゃあいいや。僕と一緒に来ないのなら君も邪魔だからさ」
カモクが達海に向かって手を伸ばす。すると、彼女の背後、何もない空間から複数色で彩られた無数の刀が姿を現した。そして、
「ここで消すね」
カモクの冷徹な言葉と共に、達海に向かって無数の刃が襲いかかった。




