#69 希望に向かって
達海たちはGH本部三階、廊下突き当たりから、さらに右方向の細い廊下を進み、一つの部屋の前に到達した。
「きっとこの部屋ですね」
「ああ、そのようだね」
達海が何かを感じ取ったかのように、扉の奥へと鋭い視線を向ける。
「おいお前ら、ここに何があるのか知ってるのか?」
達海と累の会話を聞き、洋二が問いかけた。
「ここには君たちが除霊した、幽霊たちの霊魂が保管されているはずです。それも膨大な数の」
「なっ」
達海は驚き顔の洋二とケビンを一瞥すると、ドアノブに手をかけて扉を開こうとした。しかし、扉は固く閉ざされており、びくともしなかっと。
「……鍵が」
「当たり前だろ」
呟く達海に向けて、洋二は呆れたように言葉を溢す。
すると、達海は扉を無理やりこじ開けようと腕に力を込めた。
「オイオイ! 何シテル!!」
その様子を見たケビンと洋二が彼のことを慌てて止めに入る。
「どうして止めるんですか?」
「だから、局長から入るなって言われてるつっただろ」
「今更もう局長の言いつけを守る必要なんてないのでは?」
達海からの言葉に洋二はハッとした。確かに、こんな崩壊しかけた組織の規則を、怪しさ満点のこの組織の言いつけを守る必要なんてあるのだろうか。……いや、あるだろう。あくまでGHという組織は存続している。そして自分はその局員だ。それに、まだ達海のことも完全に信用できている訳じゃない。であれば規則は守るのが賢明な判断だろう。
洋二は真面目な顔で達海の事を睨みつけた。
「だめなものはだめだ」
その様子を見た累は、達海の肩にそっと手を乗せる。
「とりあえず、今はやめておこう。この扉を破る事ができても、どうやら神器のようなものでバリアが貼られているようだ。どうにかすることができても、きっとすぐに正体不明の天使が邪魔に来るだろう」
「……わかりました」
確かに、今ここでカモクがやって来て戦いにでもなったら面倒なことになる。そう考えた達海はゆっくりとドアノブから手を離した。
「それじゃあ、事務室に戻るぞ。俺もお前らに聞きたいことが山ほどあるんだ」
洋二はそう言って足早に来た道を戻り始めた。
事務室に戻ると、すでに麻里香と花蓮の姿はなかった。洋二とケビンは自分のデスクに座り、達海と累に空いているデスクに座るよう促した。
「それで、お前らがここに来た目的はなんだ? 局長や他の局員は無事なのか?」
達海が椅子に座り切る前に、洋二は彼に尋ねる。
「ええ、もちろん無事ですよ。今は俺たちの基地で待機してもらっています。決戦に備えて」
「決戦……やっぱり何かが起ころうとしているんだな。今、一体GHはどういう状況なんだ? この組織は、GHは一体何をしようとしているんだ。答えろ!」
「わかりました」
達海は洋二とケビンに、カモクの事、悪霊ピエロのこと、そして彼らがやろうとしていること、それを止めるために自分たちが動いていることを全て話した。
洋二とケビンはその話に完全には納得していない様子ではあったが、必死に咀嚼しようと懸命に最後まで聴いていた。
「悪霊ピエロに始まりの天使ねぇ……まあ、にわかには信じ難いな」
話を聞き終えた洋二が眉を顰めながら呟く。それに続きケビンも「当タリ前ダ!」と漏らした。
「全部を信じてもらえなくても構いません。君たちも俺たちに協力さえしてもらえれば」
達海の言葉を聞いて、洋二は考えるように黙り込んだ。
「俺ハ協力デキナ……」
そう言いかけたケビンの前に洋二が腕を出して、彼の発言を止める。
「お前、カフェ陰陽に居たってことは涼夜も知ってんだよな」
「涼夜?」
洋二の言葉に達海は少し首を傾げる。すると洋二は「だあっ、こいつのことだよ!」とスラックスのポケットから一枚の紙を取り出した。その紙には春明が描いたであろうアクタの似顔絵があった。
「アクタ……」
「アクタ……ああ、たしかこいつ、一緒にいた筋肉ダルマにそう呼ばれてたか。俺はさ、昔こいつと同業だったんだ。ライバルだった」
洋二の話に達海は「そうですか」と相槌を打つ。
「ちょっと前に、幽霊になったこいつとばったり会ってさ。昔と全然変わってなかった。見ず知らずの人に命張れるヒーローみたいな奴。……涼夜もあんたに協力してるんだろ?」
洋二の鋭い眼差しが達海に真っ直ぐと向けられる。
「……ええ、アクタも……涼夜も俺に協力してくれてます」
「……だったら俺も協力するぜ」
洋二はニヤッと笑いながら言った。驚いたケビンが「オイッ、洋二!?」と前のめりになる。
「別に涼夜全肯定マンって訳じゃねーけどよ。俺の知る限り、あいつが悪いことに手を出すなんてことはねえんだわ。それに俺も昔からこの組織はきなくさいと思ってた。だったらこの誘い、乗るしかねーじゃねーの」
そう言って洋二は達海に向かって手を差し出した。
「ありがとうございます」
達海は差し出された手を取ってしっかりと握った。
「お前もだぞ、ケビン」
「俺モカ!?」
「ったりめーだろ。ゴーストハンターらしく、凶悪な悪霊を除霊して世界を救うヒーローになってやろーじゃねーの」
「……ワカッタヨ」
ケビンは未だ不満げではあったが、彼らとの協力関係がここに成立した。
「それで、俺らは何をすればいい?」
「ふう、彼らとも協力関係が結べて本当に良かったよ」
「ええ、本当に」
洋二、ケビンの二人と別れた達海、累はGH本部の廊下を歩いていた。
「さて、最後の大仕事といこうじゃないか。君のおかげでうまく事を運ぶことができたんだか、回り道をさせられたんだか。……でも、とにかく君には感謝してるよ、相棒。…………相棒?」
返事が返って来ず、不審に思った累が進行方向から横にいる達海へと視線を移すと、彼は不安そうな面持ちで、顔を少し俯かせながら歩いていた。
「……何を今さら不安がってんだよ」
「いえ……別に不安になんて……」
達海の歩みが止まる。それに合わせて累も歩くのをやめた。
「なっているだろ。しかも個人的な理由で」
「バレてしまいましたか」
そう言って達海は累に向かってくしゃっと笑顔を向けた。
「正直、始まりの天使とか、この世の危機とか、そんなのは僕にとってどうだって良いことです。僕って結構卑怯な奴なんですよ。累さんにも後戻りできないところまで自分が『ゼロ』であると騙し続けて……。僕がここまで来たのは、累さんと行動を共にしていたのは、大切な人たちを、大切なあの子との約束を守るため。ただその過程でしかない。でも、もし最後に失敗してしまったら、間違った選択をしてしまっていたらと思うと……」
そう言い淀んだ達海の肩に、ばしん! と累の手が勢いよく飛んできた。突然の出来事と痛みで、達海は体を跳ねさせる。
「何するんですか!」
「だあー、しっかりしろよ相棒! 君が私の事を欺こうとしていたことも君が無謀なことをしようとしていることも、私は承知している! けれど、この私が! 天使ウリエルが! 今だけは君の好きにさせてやると言っているんだ! くよくよするんじゃない。守るんだろ? 彼女のことを。君にとって大切な人たちを。そうなんだろ? ゼロ。いや、天池達海!!」
達海は累からの喝に目を丸くさせた後、自らの頬を両手で叩いた。
「そうですね……すみません。少し弱気になってました」
達海の目には鋭さが戻っていた。何かを見据えたような、そんな目だった。
「よし、それでこそ私の相棒だ」
そう言って累は歩みを始める。
「私はミカエルと合流するよ。君も希望に向かって突き進めばいい。くれぐれも悔いを残さないようにな」
「はい!」
GH本部三階の牢獄では、無地の囚人服を着た美波が隅で座りほうけていた。
この部屋には一畳の畳で作られた簡易的な寝床とトイレがあるだけだった。やることもなく、ただ呆然と虚空を見つめ続けている。
あれからどのくらい時間が経ったのだろうか。私はこれからどうなってしまうのだろうか。レイは無事なのだろうか。カモクは……なんだったのだろうか。どうなったのだろうか。達海は……
様々な不安が彼女の心をキリキリと蝕んでいく。その所為で、もうすっかりと塞がった腹の傷もズキズキと痛むように感じられた。
「食事の時間です」
前方から聞こえる誰かの声。
もうそんな時間か。
そんなことを思って美波は顔を上げる。そして、鉄格子の奥に見えた見知った顔に目を剥いた。
「……どうして……あなたが……」
鉄格子の向こうには、白いトレンチコートを羽織った天池達海が、食事の乗った盆を持って佇んでいた。




