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#64 集結—弐—

「陰陽師に協力を仰ぐなんて……」


 ダイニングテーブルの椅子に腰を下ろす累が嫌な顔をした。リビングルームには達海と累の二人きり。他の皆には別の部屋で待ってもらっている。


「いいじゃないですか。今はできるだけ多くの戦力が必要です。そろそろ来るはずですよ」


 達海はキッチンの蛇口を捻ってコップに水を注ぐと、それを一気に飲み干した。


「……緊張してるのか? 相棒」


「……はい。なんせ、ほとんど喧嘩別れしたきりのようなものですからね」


 そう言って達海がくしゃりと笑ってみせる。すると、階段を下る足音が聞こえてくる。


「来た……」


 階段を見つめる達海の目には、まず部屋へと案内をする星奈の姿が、そしてすぐに後ろをついてくる春明とお嬢の姿が映った。累は春明の顔をチラリとみると、彼らたちと入れ違うように階段を上がっていく。

 春明と達海の目線が合うなり、春明は達海に向かって歩みを早めた。星奈とお嬢が慌てたような表情をみせる。そして、力強く握られた春明の拳は、達海の頬を捉えた。重い衝突。達海の体は少しだけ飛ばされて、後ろの壁に背中をぶつけてその場にへたり込んだ。


「久しぶりですね。春明さん」


 達海は殴られた頬をさすりながら、柔らかい顔で春明のことを見上げる。


「馬鹿野郎! 勝手に死んだかと思ったら、今度は出所した夜にいきなり枕元に現れやがって! しかも業務連絡のように淡々と言いたいことだけ言ってまたすぐに消えて! 俺が……俺が一体どんな気持ちで……!!」


 春明は涙ぐみながら、達海に叫んだ。


「すみません。俺がまだこの世に居ること、レイの今の状況、そしてショタのこと。これだけは春明さんに伝えておかないとと思ったんです」


「レイはあんたと一緒に居たかったんじゃないのか!? レイはあんたが死んじまって、すごく悲しんでたんだぞ!! どうして彼女に姿を見せてやらなかった!!」


「すみません。レイと一緒には居れない事情があったんです」


「事情って……そんな……」


 やるせない表情の春明と落ち込む達海の間に、お嬢が割って入った。


「ともかく! よかったじゃありませんの。達海さんはこうやって私たちのことを頼ってくれたんですのよ。ほら、達海さん、立って」


 お嬢は達海に手を差し伸べ、達海はその手を掴んで立ち上がった。


「ありがとう、お嬢」


「……俺をしっかり納得させられる事情があるんだろうな。それとあんたらがやろうとしてることも、きっちり聞かせてもらうからな」


「もちろんです。……春明さんが隠していた、橘家のことについてもちゃんと話してもらいますからね」


「あっ……たりまえだ! ちゃんと話す!」


「それじゃあ……」


 達海は口角を上げて、春明に右手を差し出した。


「仲直りの握手です」


「はっ、生意気になりやがって」


 春明は達海の手を力強く握り返した。


「本当、会いたかったですわ。達海さん」


 お嬢は達海に抱きついた。そんな彼女の頭を達海が優しく撫でる。


「勝手に居なくなっちゃってごめん。俺もお嬢に会いたかったよ」


 そんな彼らの姿を、星奈は温かい目で見届けた。


「よかったね。ゼロちゃん」




 少しすると、階段を下る多数の足音が聞こえてきた。少し不貞腐れた累の姿が、そして、烏帽子を被り、着物を着た人々がぞろぞろと、達海と春明、お嬢、星奈の視界に映る。


「お久しぶりです。陰陽寮の皆さん」


 地下室にやって来たのは陰陽師の頭首、そしてその側近たちだった。彼らには、ここに来てもらうよう、事前に達海が連絡をとっていた。

 安倍家の頭首にして、陰陽師たち全体の頭首でもある安倍吉平(三十八代目安倍晴明)が達海の前に立つ。そして、手を彼の額に持ってくると、指で額を軽く弾いた。


「いたっ。何するんですか吉平さん」


「今は晴明だ! ……面倒だから、まあ吉平でいいよ。久しぶりだな達海。全く、メガネをかけていなければメガネ小僧と呼べないじゃないか」


 吉平はそう言って、ポニーテールを揺らしながら達海に意地悪そうな顔を見せた。


「おい、『メガネ小僧なんて言って悪かった』って謝ってたのはどいつだよ」


「はっ、知らないな。また遊びに来いと言ったのに、一度も顔を見せなかった奴の呼び名なんてメガネ小僧で十分だ! いや、もはやメガネもない、唯の小僧だ!」


「お前……!」


 達海と吉平は少しの間睨み合うと、「ぷっ、あはは」と二人の顔には次第に笑みが溢れた。


「お前が死んだって聞いて、本当にびっくりしたんだぞ。でも、また会えて良かったよ。達海」


「俺も。吉平さんにまた会えて良かったです。顔を見せなくて本当にごめんなさい」


 二人はがっしりと手を握り合った。


「僕も、会いたかったですよ。達海くん」


 吉平の側近、安倍吉昌も達海に手を差し出す。


「吉昌さん! 来てくれてありがとうございます」


 達海はもう片方の手で、吉昌とも手を握り合った。



「……星奈ちゃん……星奈ちゃんだ! 本当に居た!! 幽霊になっていたんだね!!!!」


「うわっ! ちょっと! 何このおっさん! 怖いんですけど!」


「おっさん!? って何言ってるんだ。パパだよ! 星奈ちゃんの愛しのパパでしゅよ!!」


「やだ! きもい!!」


 騒がしい声が聞こえ、達海たちはそちらを見てみると、賀茂家頭首の賀茂保憲が涙を流しながら、嫌がる星奈のことを狭い部屋の中で追いかけ回していた。星奈はテーブルをすり抜けたり、保憲の体をすり抜けたりして逃げ回っている。


「星奈ちゃん! 幽霊になっていたんだね」


 吉昌も嬉しそうな声を上げたが、「でも……」と声のトーンを下げて続けた。


「でも、星奈ちゃん。僕たちのことを……」


「まだ、思い出していないようです」


 言葉を詰まらせた吉昌の代わりに、達海が続けて言った。


「やっぱり!?」


「ええ。……実は俺、去年の十一月に陰陽寮に訪れたんです」


 達海の言葉を聞いた吉平は「なんで私たちに会わなかった!」と、すかさず達海の頭にチョップを入れる。達海は「ごめんなさい、どうしても会えなかったんです」と痛む頭をさすった。


「その時、陰陽寮の近くで彼女のことを見つけたんですよ。自分が陰陽師であったということはなんとなく思い出していたみたいなんですが、それ以外のことは全く」


 そう言って達海は頭を軽く横に振った。


「ただ、『私は立派な陰陽師にならないといけない気がする!』と意気込んでいたので、きっとそれが彼女の未練だったんじゃないかなと、俺は勝手に思っています」


 達海は逃げ回る星奈のことを優しい目で眺めた。


「俺たちのことを見ても思い出さない……というか。むしろ拒絶されていないか?」


 達海の近くに歩いて来た保憲の側近、賀茂忠司が疑問を投げかけた。


「星奈さんは生前に、保憲さんは星奈さんが陰陽師になることを遠ざけている、とぼやいていました。もしかしたら、自分が立派な陰陽師になったと胸を張って言えるようになるまで、本能的に君たちのことを避けてしまっているんだと思います」


 達海は少し笑いながら言った。忠司は「そうか」と手を顎に当てながら難しい顔をする。


「きっと、彼女が自分で自分を認められたその時、全てを思い出して成仏するんじゃないでしょうか」


 達海の優しい笑顔を見て、吉昌と忠司は顔をハッとさせた後、少しだけ憂いの表情を見せた。


「それはそれで……ちょっと寂しいな」


「そうですね……」


 達海たちは星奈と保憲のことを眺める。


「なんで! なんでパパから逃げるんだ! 星奈ちゃん!!」


「ちょっとゼロちゃん! 微笑んでないで助けてよお〜!」


「えー、嫌です」


「ゼロちゃん!?」


 皆が彼らを見守る中、星奈は弱々しい表情で保憲から逃げ続けた。

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