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#62 静かな怒り

 麻里香は突然現れた怪物に驚きつつ顔を伏せた。三本足の大きなカラス。この世のものとは思えぬほどの神々しさに畏怖の念を覚えるほどであった。

 そこへ走り込んできた黒のポンチョのような継ぎ接ぎを着た青年が、ポルコのことを抱きかかえる。そして、すぐにその場から離れるようにそのまま走り続けた。


「ごめんポルコちゃん、遅くなった。僕の所為で痛い思いをさせてしまって、本当にごめん」


 思い詰めた表情を浮かべながら走る、継ぎ接ぎの服の男——天池達海に、お姫様抱っこで抱きかかえられたポルコは小さく首を振った。


「こんな痛み、ゼロに出会う前に感じていた痛みと比べたらへっちゃらだよ。……私、少しはゼロの役に立てたかなあ?」


 そう言いながら見せたポルコの笑みは、どこか無理をしているようだった。彼女の切断された右足首からは煙のようなものが昇り続けている。ポルコが力の強い悪霊でなければ足を切られた衝撃でそのまま除霊されてしまっていただろう。


「うん。君はすごく頑張った! 君のおかげで僕は間に合ったんだ。……もう大丈夫だから。だから、君は絶対に消えさせはしない!」


「そっか……よかった……」


 そう言ってポルコはがくりと意識を失った。それを見て達海はさらに足を早める。



 達海がAsterの地下室入り口前に到着すると、入り口前にポルコのことを落ち葉の上にゆっくりと寝かせた。


「待ってて。俺が今、終わらせるから」


 振り向いた彼の視線の先には、息を切らした麻里香が立っている。


「八咫烏を掻い潜って僕に追いつくなんて、やっぱり君はすごいですね」


「貴様……黒天狗だろう? さらったGHは……あの時の死装束の幽霊は今、どこにいる!!」


 そう叫んだ麻里香は、彼の顔を見てあることに気がつき、目を見開いた。


「……貴様、天池達海か? でも、あいつは死んだはず……」


 動揺している麻里香の顔脇を、力強い拳が駆け抜けた。すぐ目の前には、先ほどまである程度距離を置いていたはずの青年が居て、その大きな目で彼女のことを睨みつけている。


「僕が誰だろうと、どうでもいいだろ? ポルコちゃんの負った痛みを、お前にも味わわせてやる」


 達海のその表情に恐怖を感じ、麻里香は慌てて大鎌の神器を発動させた。そして達海の首元に刃を入れ込むも、彼は刃の根元を掴み、横方向へと力一杯に振り払われる。このまま鎌を掴んでいては自分ごと吹き飛ばされてしまうと判断した麻里香はすぐに鎌から手を離した。鎌は達海に投げられたまま、回転しながら飛んでいき、そして向こうに立つ木の幹にザクっと音を立てながら鎌の刃をめり込ませた。


「神器解除……神器発……」


 麻里香が神器を再発動する間も無く、達海は回し蹴りを彼女に放った。格闘技経験者顔負けの素早くて重い蹴り。顔の横スレスレで腕を立ててそれを受け止めた麻里香が、苦い表情を見せる。

 達海はすぐに足を下ろし、正拳突きの動作へと移行した。それを対処するように麻里香は両手を体の前に構えて、拳を受け止める。


……この動き、空手か?


 麻里香は達海の腕が伸び切ったタイミングを狙って、彼の腹部目掛けてカウンターの拳を沈める。達海は「うっ」と苦しみの声を上げると、少しだけ体をよろめかせた。


「さすが、レイのお姉さんですね。……けれど、レイに比べたら……」


「レイ……由里香のことか? 貴様、由里香の何を知っている? 由里香は今、どこで何をしているんだ!」


「教えない。教えたらお前は、レイのことを除霊するつもりなんだろ?」


「当たり前だ! だって由里香は私が……。だから、私がこの手で!!」


 達海は麻里香に再び、素早い正拳突きを繰り出した。麻里香はそれを苦渋の表情を浮かべながら手のひらで受け止める。


「私がこの手で? お前、これ以上にレイのことを苦しめるつもりか?」


 達海の言葉に麻里香は何も答えず、彼の目を睨みつける。達海は拳を麻里香の手のひらにジリジリと押し付けながら、さらに冷徹に続けた。 


「なあ、お前がレイを殺したんだろ? お前が……家族を皆殺しにしたんだろ?」


「違う! そうじゃない!! 私は……私は……!!」


 達海の言葉にハッとした麻里香は、顔を歪ませながら目に涙を浮かべた。


「なんだよ。何が言いたい? 春明さんの日記にはお前のやったことが書き連ねてあった。もうお前もわかってるはずだ。忘れたふりをしているだけで本当は全部覚えているんじゃないのか?」


 達海は麻里香に突きや回し蹴りなど、空手の技で猛攻を仕掛けていく。彼女はそれを防ぎ続けたが、後退するなか、背を木の幹にぶつけてしまいその場に座り込んだ。

 麻里香が顔を上げると、達海が怖い顔をしながら見下している。


「そうだな、違くなんてない……全部覚えてる。私がこの手で……この手で由里香を刺した。家族を刺し殺した!!」


 涙を流しながら叫ぶ彼女の目の前で、達海は右足を高く上げた。


「まずは、ポルコちゃんの分です。お前の右足を踏み潰して粉々にする」


 達海が右足を振り下ろそうとした瞬間、ある人物に達海は肩を掴まれてその動きを止めさせられた。


「ストーップ! おいおい、私たちがやるべきことは彼女を痛めつけることじゃないだろ。目的を忘れるな。熱くなりすぎだぞ、相棒」


 達海のすぐ後ろには、気絶した芦屋道竹を肩に抱える累が立っていた。




 レイは小屋の隅で体育座りで蹲り続けていた。どれほどの時間が経ったのだろうか。達海と再会してからすでに一週間、いや二週間以上が経ったかもしれない。心が空っぽになり、何をする気にもなれないでいた。


「レイ」  


 時折、そうやって自分のことを呼ぶ幻聴が聞こえてくる。それは達海の声であったり、春明の声であったり、カフェ陰陽の幽霊たちの声であったり、美波の声であったりした。その度に、レイは顔を上げて、そして虚しくなって、再び顔を腕の中に埋める。

 何度繰り返しただろうか。いつまでそれを繰り返すのだろうか。私にはもう頼れる人なんていないのに。もう、頼らないって心の中で決めたはずなのに。


「春明だったら、私を助けてくれるかな」


 不意にレイは立ち上がり、小屋の扉の方へと向かって行った。

 もう誰も傷つけたくはない。迷惑を掛けたくはない。そのはずなのに、まだ誰かに縋ろうとしてしまう。そんな自分がどうしようもなく嫌になる。


「はは……今更、私、格好悪いな」


 レイが扉をすり抜けようとしたその瞬間、建て付けの悪い扉がギーッと音を立てながらゆっくりと開いた。

 目の前には白いトレンチコートを羽織り、赤縁メガネをかけた女の人が立っている。驚いたレイはすぐに彼女に向かって拳を構えた。


「あ、居た。君のこと……だよね」


「私を……探しに来たの?」


 アンニュイな表情でふわふわとした口調のGHの女——天馬花蓮に向かってレイは睨みつけながら問いかける。


「うん。君のことを探しに来たんだよ。……そう、由里香ちゃん。肝試しにお姉さんたちと洞窟に出かけたその日、お姉さんに刺し殺された可哀想な由里香ちゃん」


「は? ……刺し殺さ……」


 次の瞬間、激しい頭痛と共にレイの頭の中では、生前の記憶が呼び起こされていった。

 何処かの部屋で、二人の姿を地べたに這いつくばりながら見上げている。腹部から血を噴き出させる父と刃物を握った姉の姿を。此処が何処で、目の前にいる人物が誰であるのか、はっきりと思い出した。


 そうだ、あの日、私はお姉ちゃんに殺されたんだ。


「おねあ、あ、ああああ、ああああああああああああああああああああああああ!」


 レイは激しい咽び声を上げながら蹲った。すると、レイの四方から虹色の巨大な壁が地ならしを起こし、小屋を破壊しながらに反り立っていく。


「君を連れてくるように()()()に頼まれているの。だから、ね。一緒に来てもらうよ」


 レイの後方に反り立つ壁の上部がレイの方へと折り畳まれて、彼女は虹色の四面体の中へと閉じ込められた。










 AsterとGHの衝突から半月が経った。ここはGH本部の事務室。そこには深刻な表情でデスクに座るケビンと、気だるそうにパソコンの画面を眺める洋二、そしてパソコンに何かを打ち込む花蓮の姿があった。


「オイ、オイオイオイオイ! ドーナッテイル! 明日香モ! 圭モ! カモクモ! 局長モ副局長モ! モウ二週間以上帰ッテ来テナイ! オクシラリーモ帰ッテ来タノハ少シダケ。ソシテ、何故カ洋二ハ帰ッテ来タ!」


 ケビンは「モウオシマイダー」と頭を抱える。

 ケビンの言葉を聞いて、洋二は「何故かって、お前らが帰ってこいって言ったんだろ」とため息を吐いてみせた。そんな洋二にケビンは「オッセエンダヨ!!」と嘆きのツッコミを入れる。花蓮は彼らの様子を気にすることなく、静かにパソコンに向かい続けた。


「にしても、本当にこの状況、どーすんだよ。局長も副局長も不在。残っているのは俺ら三人だけ。……まあ、牢屋にもう一人居る? が。これもう、この組織は実質解体だろ」


「その心配はない」


 事務室の扉がおもむろに開き、中に入って来たのはGHの副局長、橘麻里香だった。彼女の美しい顔には痛々しい複数の切り傷痕が残っている。


「副局長! 今まで何処に行っていたんですか! ……俺が言える立場ではないですが」


 洋二が驚いて立ち上がる。ケビンも驚いた様子であったが、花蓮はちらりと目線を麻里香に向けるだけで、別段驚きの仕草は見せなかった。


「すまない。少し野暮用で長い間、局を開けてしまった。……局長の道竹は訳あってしばらく戻れないが、その間、私が局長代理を務める」


「って言っても、この少人数でこれからやっていくんですか? 他のメンツは? Asterとかいう連中はどうなったんですか!?」


 不安そうに問いかける洋二に、麻里香は真顔のまま目を瞑り答えた。


「まあ、強力な助っ人がGHに入局してくれることとなった。まずは、彼らのことを紹介する。入れ」


 麻里香の声を聞き、二人の男が事務室へと入ってきた。その人物は、白いトレンチコートを身に纏った、瓜生累と天池達海であった。



 

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