#0 ゼロとして—肆—
「十三年ほど前から活動している正体不明の天使について調査すること。そして、その天使の保護をすること。これらについて君に協力を願いたい。もちろん、拒否権は君にはない」
そう言って、ゼロの右肩を掴む累の手に力が入る。
「……脅しですか?」
ゼロは唯ならぬ雰囲気に顔を顰めさせた。
「そう受け取ってもらっても構わない。私たちだけじゃ少し難航していてね。猫の手でも借りたいほどなんだ」
累はゼロの肩から手を離すと、隅に荷物を置いて部屋の真ん中に置かれている小さなテーブルの前に座った。
「まあ、君も座ってよ」
累にそう促されたゼロは少し警戒しながら、ゆっくりとテーブルの前に腰を下ろす。
「十四年ほど前、東京である組織が誕生した。『警察庁 幽霊対策局』。彼らは幽霊を除霊する警察の秘密組織だという。問題は、彼らが幽霊を祓うために使っている武器だ。彼らが使う武器は、天使が使う“神器”そのものだった。それをたまたま日本に訪れていた天使が発見してね」
「何者かが神器を警察組織に提供しているということですか?」
「当然そう考えられるよね。もちろん、天界にとって大問題だ。すぐに調査へ行くように私ともう一人の天使が当てがわれてね。調査を進めていくと、誰も知らない不思議な人物が浮かび上がってきた」
「それが……正体不明の天使?」
「その通り。 ……組織の中では『カモク』と呼ばれているらしい。それで、彼女についてさらに調査を進めてわかったことが、彼女が神器を複数作り出して組織に提供していること、天使として不完全であるということ、そして……」
累は少しだけ言い淀んでから、話を続けた。
「彼女の後ろで何者かが糸を引いているということ」
「何者かが糸を引いている?」
「ああ、私たちがすぐに彼女に手を出せないのは、不確定な要素が多いということもあるけれど、後ろで糸を引く人物の存在も大きい」
「その人物について何かわかっていることはあるんですか?」
「ほとんどわからないんだ。わかっていることは長年、野放しにされてしまっていた強力な悪霊であること。そして、姿を現すときは、決まって本体ではなく『ピエロの姿』のエネルギー体であるということ」
「ピエロ……」
累からの言葉を聞いた瞬間、ゼロの頭に痛みが走り、頭を抱えて蹲る。
——憎いと思っているのではないですか!? ……誰にも愛されずに……それなのになぜです? ……なぜ愛しようとしているのですか! ムカつくんだよ!——
断片的に脳内で再生される誰かの言葉。洞窟の中のような薄暗い場所で一瞬チラつくピエロのような風貌。
これは僕の記憶なのだろうか。頭が痛い。
「おい……おい、大丈夫かい? ゼロ」
累の言葉で、ゼロははっとした。気づけば頭の痛みも薄れていた。
「大丈夫……です」
「……そうかい? いきなりびっくりしたよ。……まあ、話を続けると、まずはその悪霊をあぶり出す必要があるかな。今、私から話せる情報はこんなところだ。協力してくれるかい?」
累はゼロに向かって右手を差し出した。
「……協力しなければ、僕のことを上に報告するんですよね?」
「当然」
ゼロからの質問に、累は拒否権なんてあるわけがないだろうというふうに澄まし顔で返答する。
「じゃあ、協力するしかないじゃないですか」
そう言ってゼロは累の手を握った。
「交渉成立だな。今日から君は私の相棒だ」
累はそう言うと、隅に置いていたバックの中を弄り始めた。中から、ビデオカメラやカメラスタンドなどを取り出して床に並べていく。
ひとしきり機材を取り出すと、累はゼロに笑顔を向けた。
「それじゃあ、早速撮影を始めようか。相棒」
「は……?」
累は撮影の準備を始めると、気持ちの悪い魚の面を被り、カメラに自分の姿を写し始めた。どうやら、『引越しの報告』ということで撮影をしているらしい。
ゼロは撮影を終えた累から、不定期で動画を撮っては『ユアームーブ』という動画投稿サイトに自分の動画を載せている、と聞かされた。
「どうしてこんな動画を?」
「んー、さっきも言ったように私の他にもう一人、正体不明の天使を調べている者がいてね。彼女と定期的に会うために、動画を通してこっそりとその場所や時間を報告しているのが半分。もう半分は、私の数少ない趣味のようなものさ」
「趣味ですか……」
累の“趣味”という言葉を聞いて、ゼロはなぜだか彼のことを無性に羨ましく思った。そして、同時に思ったことがもう一つ。
「なんでそんな変なお面にしたんですか?」
「変かな!?」
ゼロの言葉を聞いて、ひどくショックを受けたように累は眉を下げた。
「変ですよ……なんというか、気持ち悪いです。視聴者から言われないんですか」
「確かに気持ち悪いとか、そういうコメントあったけど。あいつらすぐ誹謗中傷するから!」
「いや、率直な感想だと思いますよ」
「ひどい!!」
冷たい目線をゼロに向けられた累は、涙目になりながら彼の腕を掴んだ。そんな累を見て、ゼロは身を引き気味にバツの悪い顔をする。
「んんっ、まあ良い。このお面は私のアイデンティティでもあるから、今更変えるつもりはないよ」
累はゼロから離れると、澄まし顔に表情を変えて咳払いをしながら言った。そしてさらに続ける。
「相棒にはこれをやる」
そう言いって累が、取り出したのは黒い天狗の面だった。
「これは? ……まさか、僕は動画に出ませんよ」
「違うわ阿呆。天使として活動する時、相棒にはこれを身につけてもらう。素顔を晒さないためにな。私と色違いのお揃いだ」
そう言って累は白い天狗の面を自らの顔に当ててみせた。
「ああ……わかりました。ありがとう……ございます」
ゼロは苦い顔をしながら累から黒天狗の面を受け取った。
「天使としての活動をするときは今の服装で、黒天狗の面をしっかりと被るんだ。それ以外の時の服装はどうだって構わない。ここにある服を着たって全然問題ない」
そう言って累は部屋の押し入れにあるチェストを指差した。
「まあ、君が天池達海として肉体を持っていた時の関係者に出会うと少々厄介だろうけど……まあ、メガネをかけていなければバレないか。髪が伸びて目元も少しだけ隠れているし」
楽観的にいう累の言葉を、ゼロは「はあ」と生返事をしながら聞いた。
「それじゃあ、しばらくは天使としての使命をこなしてもらいつつ、『ワカサギマッチョくん』のアシスタントも君にはこなしてもらうからな。これからよろしくな、相棒!」




