#0 ゼロとして—参—
「はい! そこで『裁きの環』を展開する!」
「……わかりません!」
「ちょっと、もう悪霊が君に迫ってるよ!」
「あ、えと……ああ!!」
ゼロは苦し紛れに、肥大化した悪霊の頬へと強烈な突きを喰らわせた。悪霊はそのまま殴り飛ばされて地面に横たわる。そして、その黒いオーラを発する巨体は次第に消滅していき、そこにはドス黒く染まった霊魂だけが残った。
「あーもう! 全然できてないじゃん」
累はやれやれと頭を抱えた。
ゼロは累に何処かの墓地に連れてこられて、天使としての仕事を教え込まれていた。
辺りは暗く、月明かりだけが輝いている。もちろん、周りには彼ら以外誰もいない。
「すみません」
霊魂を拾ったゼロが、しょんぼりとしながら累の元へ歩いていく。
「まさか、『裁きの環』を展開の仕方まで忘れてるなんて……」
累は頭を抱えたまま、天を仰いだ。
裁きの環。天使が幽霊を地獄へと送る転送装置のようなものだ。天使はその五芒星柄の魔法陣のようなものを展開して霊魂を地獄へと送り届けている。
しかし、ゼロにはそれができなかった。
「確かに、力のある幽霊はある程度弱らせてからじゃないと地獄に送れないこともあるけれど、君のやり方じゃ、ただの脳筋プレーじゃないか」
「でも、できないものはできないんですよ。全くやり方を思い出せない」
「もう一度言うけど、しっかりとイメージするんだ。地獄への魂を送り届ける……私にとって当たり前に……というか天使たちは当たり前にやっていることだから、逆に説明が難しいな」
「そう言われたって……裁きの環を出すイメージなんて全然湧かないんですよ」
「それじゃあ神器は? 使わないのかい?」
「それもわかりません」
「はあ、始まりの天使は様々な神器を使うと聞いていたんだけどな、それもデマだったか?」
累は皮肉っぽく言った。
神器。それは天使が使う、所謂武器のようなものである。神器は天使によって様々で、一つの神器を使う者もいれば、数種類の神器を扱える者もいる。
累が使う神器は喇叭の神器で、その喇叭から発せられる音で幽霊を硬直させることができる。累いわく「この神器は旧友からの借り物なのだけれどね」ということらしいのだが。
「裁きの環も使えなければ神器も使えない。君のやり方じゃ時間が掛かる。……けれど、君の体術は正直悪くない。仕方がないから、しばらくはそのやり方で使命を全うしてもらうことにするよ。……それ、ちょうだい。私があの世に送るから」
そう言って累はゼロから霊魂を受け取った。
累からの指導が終わりその後、ゼロは累に何処かの森の地下室のような場所に連れていかれて、そこで寝泊まりした。
数日後、ゼロと累は『ハートコア』というアパートの一〇三号室に訪れた。
「あの……この場所はなんですか?」
「ん? ……ああ、今日からここが私たちのもう一つの拠点となる」
累はゼロからの質問に答えて鍵を開けると、地下室から持ち込んだ大きなバックを片手に累は部屋へと入っていった。ゼロも続けて部屋に入る。
部屋の中には、ベットや衣服の入ったチェスト、ミニキッチンには食器など生活に必要最低限の物が置いてあるようだった。
「……何か思い出さないかい?」
なぜそんなことを聞くのか。
累からの質問の意図を掴めずに顔を顰めるゼロを見て、累はため息を吐いた。
「この部屋は私の部屋ではない。もともと君が人間としての肉体を持っていた時に住んでいた部屋だ。管理人が荷物の処分に困っていたから、私がそのままで良いと言って入居したんだよ」
「そうだったんですか……僕、こんな部屋に住んでいたんですね」
「それで……何か思い出したかい?」
しかし、ゼロは何もわからぬ様子で渋い顔をする。
「……逆に累さんは、この部屋から僕のことについて、なにかわかったんですか?」
ゼロの質問に、累は眉を顰めた。
「逆にわかりましたかだって? ……わっかんねーよ! ここには見ての通り必要最低限のものしかない! 君に出会ったのもほんの数日前だ! わかったことといえば君がつまらない奴だったということくらいだ!」
声を荒げて息を荒くする累を見て、ゼロは目を丸くさせた。累にはその表情が怯えているようにも見えた。
累はすぐに冷静を装い静かに口を開く。
「まあ、実際はわかったことはある。君が生前持っていた肉体は『天池達海』という人物だったということ。彼は戸籍も持っていた。二十年前、人間として普通に生まれていた。……そう、ただの人間だった。……初めは、君が昨年の夏に人間の肉体を創って、人間として生活していたのかもと思っていたんだけれど……そうじゃなかった。君は、天池達海という人間を乗っ取ったんじゃないのかい? 本当に恐ろしい奴だよ」
そう言って累はゼロから目を逸らした。
「僕はそんなことを……これって、天使にとって禁忌ではないんですんか?」
ゼロは目を伏して累に問いかける。
「ああ、そうだな。上に報告すれば、間違いなく君は大きな罰を受けることになる。けれど、今すぐには報告しない」
「どうし……」
ゼロが目線を上げると、累はゼロの目を真っ直ぐに見ながら彼の右肩を掴んだ。
「君には私たちの協力もしてもらいたい」
「協力?」
「私が君とは別の調査で七年ほど前に日本に来たという話、覚えているかい? その件について協力してもらいたい」
そう言って累は少しだけ険しい顔つきとなる。
「その……調査というのは?」
「十三年ほど前に突如現れた正体不明の天使について調査すること。そして、その天使の保護をすること。これらについて君に協力を願いたい。もちろん、拒否権は君にはない」




