#0 ゼロとして—弐—
翌日、ゼロは累に連れられて商店街へとやってきた。平日ではあるが、主婦や小さな子供たちで賑わっている。
そんな平穏な通りを累は博士が着ているような白衣姿、ゼロは累から渡された黒いパーカーに黒いスウェット姿で歩を進める。
「あの……累さん」
ゼロは恐る恐る累に話しかけた。
「ん? なんだいゼロ?」
「あの……天使って普通にこんなところで堂々としていていいんでしょうか?」
「何を言っているんだい? 私たちの外見は人間とほとんど変わらない。この世界で、普通に、人間たちと同じように生活することを許されている。堂々としていない方が寧ろ周りから怪しまれてしまうよ」
呆れたように累はゼロへと言葉を返した。
「そういうものなんですね」
「そういうものだ。けれど、人間に天使についてのことはバラすなよ。それは天使として禁忌の行為だ。それが上にばれてしまえば、罰が下される」
「罰ですか。……君の話だと僕も禁忌を犯して罰を受けたんですよね」
「ああ、ゼロは大昔に禁忌を犯している。そういう言い伝えがあるが、何をしでかしたのか、今となってはそれを知るものはいない。ただ、ゼロは他者から認識されない呪いをかけられたということだけが伝わっている。今、ゼロに関する情報がほとんどないのもそれが所以だと、私はそう考えていた」
「でも、累さんは僕のことを見えているんですよね」
「ああ、私どころか他の人間にも、君の姿が見えているだろうよ。私も混乱しているんだ。私が君を見つけた時、君は天使の体ではなく人間の肉体を持っていたこと。そしてすぐにその肉体は死んで、天使として蘇ったこと。まあ、元々私は不確かな情報しか持っていなかったんだけれど」
累はそう言って、昨夜と同じように頭を抱えた。
「僕って、結構厄介な存在なんでしょうか」
「ああ、君は天使の中でも異質だよ。……まあ、とりあえず私が言いたいことは禁忌を犯すなってこと。間違っても人間に自分の正体をバラすようなことはするな」
「上の人たちって怖い人たちなんですか?」
「まあな。それに私たちのことをこき使う、クソみたいな奴らだよ」
「そうなんですね。……因みに僕以外に禁忌を犯した天使は居るんですか?」
「そうだな、何人か居るよ。日本だと……大昔に、魂を天から降ろす『降霊術』を人間に教えた者が一人。あと禁忌を犯して絶賛雲隠れしている奴が一人」
累はそう言って苦い顔をした。ゼロはそんな累をキョトンとした顔で見つめる。
「一人は昨日少し話したラファエルという奴だ。あいつは人間に天使の力を分け与えるとかいうバカみたいなことをしでかした。今は罰から逃れるために京都で自分の結界の中に引き篭もっている。仕事はきちんとしているようだから、上の奴らはとりあえず放っておいてるみたいだけど……どうにもあいつのことは好かないんだよな」
「日本の天使って問題児ばっかりなんですね」
「全く、その通りだよ。というか、君もその問題児なんだけど」
そんな話をしながら、累とゼロは裏路地に入っていた。店のダクトからはむせ返るような匂いの空気が流れ出ている。
「ところでゼロ、何か感じ取ってはいないかい?」
「……僕たちが向かっている所、なんだか暗くて嫌な感じがします」
ゼロは少しだけ顔を顰めてみせた。それを見て累は、よしよしと満足げな表情をする。
「それも私たち天使の能力だ。私たちは迷える魂を感知することができる」
累とゼロは角を曲がった。その先はブロック塀で隔たれた行き止まり。そして、その行き止まりには黒いオーラを放つ異形が一体。そいつは黒く大きな塊、と表現するのが一番わかりやすいだろう。その塊に丸々とした四肢のようなものが付いている。そして、底の見えない丸い目に大きな口。
ゼロはそれを見て驚いた顔で固まってしまった。
「ああああい、あえ? むあつうああ! ああああああ!」
その異形が大きな口を広げて叫ぶ。
「はあ、肥えた悪霊が多くて困る。君がサボっていた所為だからな」
「これ……なんなんですか」
驚きと恐怖の顔でゼロは少しだけ後退りした。それに対し、累はゆっくりと悪霊に向かって近づいていく。
「これが俗に言う幽霊。それも悪霊。元は人間だったものだよ」
そう言って、累は胸元から白い天狗の面を取り出すとそれを身につけた。
「それじゃあ、デモンストレーションといきましょうか」
「おおう、おおう、こおす!!」
悪霊が累に向かって飛び掛かる。
「天の喇叭」
累が呟くと、彼の背後には五芒星が描かれた円形の陣が現れた。そこからすうっと虹色の喇叭が一つ出現する。
「奏」
すると喇叭からは「プゥーーーー」という荘厳な音色が奏でられて、悪霊は動きを止めた。すぐさま、累は悪霊の元へと駆け寄って、それとほぼ同時に、悪霊の背後には五芒星柄の円陣が現れる。
「そーーれっ!」
累は掛け声と共に、手のひらで円陣に向かって悪霊を押し出すと、悪霊は呻き声を上げながら円陣へと吸い込まれていった。そして、悪霊を呑み込んだ円陣は瞬く間に消えていく。
「……これで終わりですか?」
「うん。これで終了。悪霊の魂は無事に地獄へと送り届けた」
あまりに素早く行われた仕事。そのスピード感に付いていけずに呆然とするゼロに累は当然と言わんばかりに返答した。
「あっという間に終わりましたね」
「ああ、あっという間だ。……君は日本で一日に一体どれだけの人間が死んでいると思っている?」
「え?」
「約三千三百人だ。その内、幽霊となる人は大体三十パーセント。およそ一千人。さらにそこから悪霊になった者、霊魂のエネルギーが切れそうな者を私たちは捌いていかねばならない。荒く計算しても五百は超える。一日でその数をこなすんだ。まあ、ラファエルと分業となるから、数はそこから半分くらいにはなるだろうけど……作業スピードは大切だよ」
「つまり、天使という職業は結構ハード。と言うことですかね」
「そうだね。まあ、それだけの数があるんだから取りこぼしも当然出てくる。悪霊として力を蓄えてしまう者、霊寿命で消滅してしまう者も出てきてしまう。なるべくそうならないように、私たちは頑張らねばならないんだよ」
「僕も今まで、この仕事をやっていたんですよね」
ゼロはそう言いながら顎に手を当てて考えるような仕草をした。
「昨年の夏頃まではな。その頃からゼロ経由で霊魂が送られてこなくなったと、地獄の者が嘆いていた」
「すみません、やっぱり全然思い出せません」
ゼロが申し訳なさそうに視線を落とす。
「まあ、いいよ。仕事をしながらゆっくりと思い出せばいいさ」




