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#0 ゼロとして

  ここはとある山の中。太陽はすでに大きく西に傾き、橙の光が枝葉の隙間から降り注がれる。動物の鳴き声や風に揺れる葉の音は全くない。ただ、落ち葉を踏み潰して行く、くしゃくしゃという足音だけがあたりに響く。

 すると、素っ裸で歩く青年の目の前に、真っ白な翼を背中から生やした白い天狗がゆっくりと降り立った。


「やっと見つけたよ。いやー、めちゃくちゃ探したんだよ。やっぱり君がそうだったんだね。ゼロ」


「あなたは? 君は? 誰なの? 誰? 誰、だれ、ダレ? だれだれだあれだあ、あ、あああああああああああああ、ああああああああああああああああああああああ!!!!」


 青年は狂気的な叫び声を上げながら、目の前に現れた白い天狗に飛び掛かった。


「おっと、意識が錯乱しているのかな? まあ……」


 白天狗は飛びかかってきた青年の後ろに、鮮やかに、そして軽やかに、ひょいと周り込むと彼の後ろ首を掴んだ。


「少し、大人しくしようか」


 そしてそのまま、白天狗は青年を地面に叩きつけた。




「あ!」


 青年は目を覚ました。何処かの森だろうか。辺りはすっかりと暗くなり、目の前には、焚き火がパチパチと音を立てながら、温かく燃えている。青年の体には黒い布切れを羽織らされていた。

 

「やあ、目覚めたかい? ゼロ」


 青年が大きな目を見開いて、声のする方を向くと、そこには白い天狗が居た。真っ白な天狗の面を被り、その面には似つかわない金色のおかっぱヘアー。白いポンチョのような布切れを着たその姿は、まさしく異形であった。

 青年はその奇怪な生物を見て、体を強張らせた。


「そんなに身構えないでくれよ。……ちょっと、またいきなり飛びかかってきたりするんじゃないだろうな」


 白天狗がパーで大きく開いた両手を構えて身を引いてみせる。


「ぼっ……僕は君のことを襲ったんですか?」


「ああ。出会っていきなりな」


「……すみません。……あの、覚えていないんです」


 そう言って、今の状況を全く飲み込めていない風の青年は気まずそうに目を伏せた。


「まあ、許すよ。……というか、早急に知りたいんだけど、どうして君は人間の肉体を持っていたんだい?」


「……?」


 青年は呆けた顔で、訳のわからぬことを話す白天狗を見つめ返す。


「君に聞いているんだよ、()()()()()使()ゼロ。……え? 君、ゼロだよな? いいんだよな? 確か女の身なりをしていると噂もあったが……顔は中性的だよな……やっぱり君がゼロでいいんだよな」


「ゼロって僕のことですか? あの、何も覚えていないんです。……僕が何者なのか。どうしてここにいるのかも……」


 青年の言葉を聞いて、白天狗はわかりやすく肩を落とした。


「おいおい、まさかの記憶喪失って……。だから君は職務を放棄していたのか?」


「あの……話が全く見えないのですが」


 青年が恐る恐る白天狗に問いかけた。

 白天狗は大きなため息を吐くと、自己紹介を始めた。


「私の名はウリエル。現世では便宜上、瓜生累と名乗っている。私はね、上の奴らから君の捜索と指導を頼まれているんだよ」


 そう言って累は天狗の面を外した。面の下に隠されていたのは幼くも日本人離れした美しい顔。青年は少し驚いたが、面の下は自分と変わらぬ人間の顔だとわかると少しだけ安心したようだった。


「捜索と指導……ですか」


「私たち天使の使命は覚えているか?」


「覚えてないです……というか天使って……?」


「はあ、そうかい。そこからかい。私たち天使の使命は、亡くなった生物の魂をあちらの世に送り届けること。主に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()をだ。これはこの世とあの世のバランスを保つとても重要な仕事だ。君は一年弱前からこの使命をサボっている」


「はあ……」


「なんだその腑抜けた返事は。私はようやく君のことを見つけたんだぞ。全く、上の奴らは誰もゼロの情報をほとんど持っていない。君のことを見るに、女の容姿をしているという数少ない情報も間違っていた。これじゃあ他の情報も合っているかどうか……」


 累は頭を抱えながらぼやいた。


「あの、僕の他の情報って?」


「なんでそんなこと聞くんだよ。記憶喪失なんだろ?」


「何か、思い出すかもしれないじゃないですか」


「ああ! まあ、確かにそうか」


 累がポンと手を叩く。


「まず、君は『始まりの天使』という存在……のはず。ありとあらゆる物を創り出し、そして破壊する、神のような天使であると。だから全ての始まりを意味する『ゼロ』と、そう呼称されていた。そしてゼロはその大昔、禁忌を犯し、誰からも視認されないように呪いがかけられた。……というのも偽情報の可能性があるな? だって私、君のこと見えてるし。まあ、影は薄いか?」


 累は目を細めながら青年のことを見つめた。


「僕、すごい天使なんですか?」


「そのはず……で私も少しは身構えてはいたんだが……そんな気迫は全然ないな。怖がって損した気分だよ。……本当に君、ゼロかい?」


「僕に聞かれてもわかりませんって。そもそも、どうして僕のことをゼロだと思ったんですか?」


「まず前提として、日本には現在二人の天使が配置されている。ゼロとラファエルという天使だ。そして、私は別件調査で七年ほど前にアメリカから日本に来ていたんだけどね、ついでにと言わんばかりに上から追加で命令を受けたんだ。それが君、()()の捜索と指導。一年ほど前から起こっている、あの世に送られるはずの悪しき魂たちが現世で滞留しているという異常事態、それが事の発端だ」


「僕が『魂をあの世に送る』という使命を一年ほど前からやめてしまった、ということですか?」


「そのとおり。だから私は北日本から君のことをしらみ潰しに探しまくったわけ。そしたら、東京でようやく天使の力を使う君のことを見つけたんだ。でも、正直戸惑ったよ。君は人間の肉体を持っていたからね。まあ、見つけたものの君はすぐに死んで、天使の体に転生した訳だけど。ああ、転生ってわかる? 現世でも流行ってるんだろ? 『転生もの』とかいう読みものが」


「転生はわかります……『転生うんたら』が流行ってるとかは知りませんが……というか君が何を言っているのさっぱりですし、何も思い出せないですし……」


「……まあ、いいや。私も訳がわからなくなりそうだから、もう君がゼロって事にする。ほぼ確定だし。私が君を見つけたからには天使の使命を全うしてもらうし、ついでに私の使命も手伝ってもらうことにしたからな」


「それで……僕はどうすればいいんですか?」


「まずは天使としてのあり方を思い出させてやる。魂をあの世に送る簡単なお仕事だ」


 累は状況を飲み込めずに困惑している青年——ゼロに向かって、ニヤリと笑って見せた。

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