#60 素顔
ゼロは顔面を手のひらで覆ってすぐに走り去ろうとした。
「待って!! わかってるから!!!!」
レイの叫び声で、ゼロは彼女に背を向けたままにぴたりと動きを止める。レイはまっすぐに下ろした両腕で握り拳を震わせ、目には涙を溢れさせた。
「わかってるから……なんで? なんで君がここにいるの? 何か答えてよ……ねえ、達海」
困惑と少しの怒りを孕んだ声。
その瞬間、ゼロは叫んだ。
「累!!」
すると、レイの体は一瞬にして何者かに抱きかかえられた。華奢な腕に胴をがっちりと掴まれて、どんどんとその場から離されていく。レイはすぐに顔を見上げた。自分のことを抱きかかえていたのは、白い布生地のポンチョのような服を着た童顔の男。いつかファミリーレストランで同席した男であり、達海が元々住んでいた部屋に居た男だった。
「全く、わがままなんだから。……ごめんね。彼は今、君には会いたくないみたいなんだ」
そう男に哀れみの目を向けられたレイは、反発するようにすぐに暴れながら青年の名を叫んだ。童顔の男は暴れ出したレイに「おっと」と少しだけ驚いた様子だったが、それでもレイ抱える腕は鋼のように硬く、それを振り解くことは叶わなかった。
どんどん彼から離れて行く。まるで、彼が死んでしまったあの時のようだ。
どうして……なぜ彼がここに居るのかわからない。彼がどんな状態なのかもわからない。でも間違いなく、黒天狗の面の彼は天池達海だ。ここで別れてしまったら、本当に、二度と達海にも美波にも会えないんじゃないだろうか。そんな考えがレイの頭によぎる。
「離して! 離してよ!! 達海! 美波! 達海ーーーーーーー!!」
ゼロは辺りを見渡した。すでにカモクの姿はない。そのことを確認して美波に近づく。
地面に蹲っている美波は、ゼロのことを辛そうな表情でゆっくりと見上げた。
「あなただったんですね……達海……。幽霊に……なっていたんですか」
「ごめんなさい。今、詳しいことは話せません。君の傷はそこまで深くはないはずですが……早く手当はした方がいいでしょう」
すると、木々の奥から素早く土を蹴る足音が。次の瞬間、大剣を振りかぶったケビンが鬼の形相で木々の隙間から飛び出してきた。
「黒天狗!! アノ化ケガラスハ何処ニ行ッタ!? 明日香ヲ何処ニ連レテ行ッタァァ!!」
ケビンは目をぎらつかせながら、闇雲に剣を振り翳そうとするも、その目には顔を露わにしたゼロと蹲る美波が映り込む。
「オマエ、ソノ顔、何処カデ……ッテイウカ美波!?」
「もう大丈夫か……。僕はもう行かなければいけません。あとは頼みます。猫、撤退の合図を」
すると何処からともなく二匹の三毛猫が現れて、ゼロと同時に、それぞれが別方向へと散るように走り出した。
「チョ……待テ!! ッテオイ!! 美波大丈夫カ!!?」
ケビンは美波の側に走って行って、腹部から出血していることを確認する。相当に苦しいのだろう。彼女はぐっしょりと汗をかいていた。
「スグニ手当シテヤルカラ!! 本部ニ着クマデ我慢シロ!!」
ケビンは神器を解除すると、痛みに苦しむ美波の腕を担いでGH本部に向かった。
レイは住処の小屋の隅で、体育座りで腕に顔を埋めていた。
あれから童顔の男に抱きかかえられたレイは、山の麓で唐突に、しかし優しく降ろされた。そして彼から一言。
「天池達海はもういない。残念だけど彼は死んだものと思え」
それだけを言ってレイの前から突然に姿を消した。まるで初めからその場にいなかったかのように。
レイはすぐに先ほどの戦場に戻ったが、そこにはすでに誰も居なかった。達海も美波も居なかった。彼らが何処に行ったのかわからない。GH本部には結界が張り巡らされており、侵入することも不可能であった。結局どうすることもできなくなって、とりあえず小屋に戻ったのだ。
そして今に至る。
「なんで? やっと会えたのに……今まで何処に行ってたの? なんですぐに会いにきてくれなかったの? 神器で殺されたら幽霊にはならなかったんじゃないの? わからない……私、もうわからないよ!! 達海……達海……達海…………」




