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#59 黒天狗

 美波は視線の先の光景に目を丸くさせて驚いた。

 黒布の継ぎ接ぎを身に纏った黒天狗——ゼロがレイとカモクの攻撃を受け止めていた。


「へぇ、来たんだ」


 そうニヤけ顔で言ったカモクのことも、そして驚嘆の顔のレイのことも、ゼロは腕を交差させたままに押し飛ばした。彼の細身からは想像もできないほど強い力に、カモクとレイはそのままふっとばされてしまう。そして木の幹にぶつかると地面に転げ倒れた。吹っ飛ばされた衝撃で、カモクの持っていた刀の神器は真っ二つに折れて、カランと音を立てながらアスファルトの上に落ちていった。

 ゼロはチラリと美波を一瞥して、ゆっくりとそちらに向かって歩いていく。


「あなたは……」


 美波は意識が朦朧とするなか、ゼロの顔を見上げて呟いた。

 すると、ゼロの後方から、後頭部に向かって、黒いオーラを放つ鋭い拳が飛んでくる。ゼロはそれを目視することなく、前を向いたまま手のひらで受け止めた。


「彼女は……美波のことは私が守る!」


 レイが息を切らせながらゼロの手のひらにじりじりと拳を押し付ける。レイのその拳は小刻みに震えていた。先ほどまで矢の神器を握っていた所為で、思うように力が入らなかった。

 ゼロは振り向くと、レイの腹に強力な突きを撃ち込んだ。レイは「ああっ!」と呻き声をあげて地面に蹲った。

「レイ……」と美波はやっとの思いで声を出す。しかし、それより先の言葉を発することはできなかった。きっと彼は……黒天狗は敵ではないと、戦う必要なんかないんじゃないかと、そうレイに伝えることができなかった。

 ゼロは美波に向かってゆっくりと腕を伸ばしていった。

 それを見てレイはすぐに立ち上がると、ゼロに向かって回し蹴りを繰り出した。しかし、その攻撃もゼロに軽く受け止められてしまう。


「あんた、美波に手を出すなら、まずは私の相手をしろ! 私があんたのことを倒してやるから!」


 レイの言葉を聞いて、ゼロはゆっくりとレイの方に体を向けた。そして彼女に向かって拳を構える。


「やっと私に興味持ってくれた?」


 レイもゼロのことを睨みつけながら拳を構えた。



 しばらく二人は睨み合う。天狗の面の奥からは、大きな目がしっかりとレイの瞳を見つめていた。

 肩幅に開かれた足、膝は軽く曲げ、重心を身体の中心に置いている。ゼロの構えは空手の基本的な構えそのものだった。レイが戦う際に取る構えそのものだった。


「ねえ、君は前にファミリーレストランで出会った白衣のお兄さんなの? それとも別人?」


 ゼロはレイからの質問に何も答えなかった。

 なんとも言えぬ緊張感に、レイは一瞬唇を歪める。今まで対峙した悪霊とこの天狗の悪霊は何かが違う。この天狗は悪霊なのだろうか。そもそも幽霊なのであろうか。それも確かめなければ。


「うおおおおおおおおおお」


 レイはゼロに向かって突きを繰り出した。ゼロは軽くバックステップを踏んでそれを避ける。続けてレイは逆突き、そして回し蹴りを繰り出す。それもゼロはステップを踏んで軽く避けてみせた。


「ねえ! 避けてばかりじゃ……」


 レイがそう言い終わる前に、ゼロはレイの脇腹に鋭い回し蹴りを撃ち込んだ。レイはすり抜けることもできずにその攻撃を喰らうと、地面にしゃがみ込んだ。

 相手が幽霊だからすり抜けることができなかったのか、それとも……。絶対にありえないことが頭をよぎり、レイは顔を歪ませる。 

 ゼロはしゃがみ込んでいるレイを放ったまま、すぐに美波の方へと向かおうとした。美波の呼吸は荒くなり、とても苦しそうにしている。


「待て!!」


 そう言ってレイは体をよろめかせながら立ち上がった。ゼロがピタリと動きを止める。


「これで勝ったつもりになってないよね? 本気で撃ち込んでこなきゃ。私はこんなんじゃやられないよ」


 レイはゼロのことを険しい顔で睨みつけながら、再び拳を構えた。

 レイはこの何処か懐かしいような雰囲気に困惑していた。なぜそんなふうに感じているんだろう、と。

 ゼロは困った様子で頭を掻くとレイに拳を構えて向き直った。


 レイは突き、蹴りのコンビネーションを次々に繰り出していった。ゼロもそれに対応し、突きや蹴りで攻撃と防御を繰り返していく。

 右の突き、次は左からの蹴り。レイは相手が——ゼロがどんな手を打ってくるのかなんとなくわかってしまっていた。戦う際にはどうしてもその人の癖のようなものが出てしまう。

 レイはこの癖の持ち主を知っていた。カフェ陰陽の庭園で、何度も何度も手合わせした。やられても、やられても、何度も立ち向かってきた。強くなろうとしていた彼のことを——


 どうして……どうしてなの? どうして君がこんなところに居るの?


 レイは目に涙を滲ませながら攻撃を続けた。彼らの撃ち合いはより一層激しくなっていく。

 そして、ついにその均衡は崩れることになる。レイが力強い突きでゼロの腕を弾いた。ゼロの腕は広げられ、無防備な状態となる。その隙を逃すまいと、すぐさまレイは拳を大きく振りかぶった。その拳の黒いオーラが激しさを増す。


「そんな仮面で隠してないで、顔を見せろバカヤロウ!!」


 レイの右腕から繰り出された激しい突きは、天狗の面にクリーンヒットした。黒い天狗の面には無数の亀裂が走り、そしてボロボロ崩れ落ちていった。

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