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9. 山中牧子の死(火葬)

私の告別式は、多くの参列者たちの混乱とざわめきで落ち着く間もないまま終わった。


父は粛々と火葬場へと向かう準備を進めている。瀬尾くんに気づいた父が、遺影を持って彼に近寄ってきた。


「もしよければ、君も火葬場まで来てくれないか?」


「えっ、僕ですか?……なぜ?」


「私の勘だが、牧子はきっとそのほうが喜ぶ気がする。ほら、タクシー代をやるから。場所は近くの香之山火葬場だ」


父は胸ポケットから一万円札を手渡した。


「ちょっと、多くないですか?」


「いいんだ。受け取ってくれ」


葬儀会場の玄関先に葬儀業社が用意した霊柩車が止まっている。業者の人と親族が会場から白木の棺を運んできて、霊柩車の中へゆっくりと丁重に入れる。


霊柩車の周りには参列者が取り囲み、その中には先生たちや終始落ち着かないクラスメイトも混ざっている。


父は参列者に深々と一礼すると、霊柩車の助手席に乗り込んだ。


プーーーー!!


霊柩車がクラクションを鳴らすと、ゆっくりと葬儀会場から走り去った。


私は父について行かずに瀬尾くんの隣りにいる。なんとなく、彼が放っておけなかったからだ。


喪服姿の女性の刑事さんが瀬尾くんの方へ近づいた。


「あのね、これからここにいる生徒たちに事情聴取をしたいのだけど……」


「すみません。僕はこれから火葬場に行かなきゃいけないんです。牧子さんのお父さんからタクシー代まで頂いて……」


彼は一万円札を強く握りしめていた。


「分かったわ。そういうことなら、君、行ってもいいわよ。これだけの人数だと時間がかかると思うし……」


女性刑事はチラリとクラスの方へ目を向ける。クラス全員を取り調べるつもりなのか。


「はい。ありがとうございます」

 


❇❇❇❇

 


瀬尾くんはタクシーに乗り込んだ。もちろん私も一緒に。


彼は窓から流れる景色を黙って眺めていた。朝の日差しを浴びた長いまつげは憂いを帯びているようにも見え、私は彼が心配になった。


「君、もしかしてあれかい?」


不意にタクシーの運転手が話しかけてきた。


「ほら、藤丘中学校だっけ?女の子が亡くなったの。もしかしてあの子の葬儀かい?」


「……はい」


「そうかい。……若いのにつらかったね」


「………」


「おじちゃんも二十年前に高校生の娘を亡くしちまってな。交通事故だよ。ハハッ」


 (このタクシーのおじさん、自分の子を亡くしたというのに、なんで軽い感じで話せるの?)


私はわけが分からず、首を傾げた。


「その当時、おじさんの娘はグレててな。変な連中ばかりと夜遊びしていたんだ。娘を叱ってもちっとも言うことを聞きやしねぇし、困り果ててな。ある晩にさ、娘が乗った盗難車が山道でカーブが曲がりきれずに、電信柱に衝突しちまったんだ。運転してた野郎は生き残りやがって車椅子生活さ。だけどな、助手席に乗っていた娘は即死さ」


「………」


「うちの娘は自業自得だったけどさ。それでも、俺は神様、仏様を恨んだぜ。『なんで娘を連れて行ったんだ!!』ってな」


「………牧子さんは真面目で優しい人でした。彼女に何の落ち度もありません。一緒にしないでくれませんか?」


「ハハッ……こりゃすまねぇ。うちのとはまるで違うのにな。……でもな。俺のここがまだ癒えねぇんだ。心にモヤモヤが残っているんだな。忙しくしてるとそれが小さくなることはあるが、決して消えたりしねぇんだ」


運転手のおじさんが自分の胸を叩いた。


「……」

(……)


「心の痛みは時間が解決するとか他の奴は言うけど、そうじゃないこともあるってことさ」


「……僕は」


瀬尾君は何かを言いかけると、黙り込んでしまった。


(瀬尾くん……)


15分後、タクシーは香之山火葬場駐車場に到着した。


お金を支払おうとしたのに、おじさんは受け取らなかった。


「これは俺の奢りだ。変な話しちまって悪かったな」


タクシーはクラクションを鳴らして立ち去ると、瀬尾くんと私の2人きりになった。


建物の中へ入ると思いきや、彼は敷地内を歩いていく。


(ちょっと、どこ行くの?瀬尾くん!)


私は彼の後をついていく。


敷地内には小さな庭園と東屋がいくつかあった。その東屋に彼が座ると、テーブルにうつ伏せになった。


「はぁ……僕は何も知らなかった」


(何もって?)


「山中さんがあんな状況だったなんて……」


(……)


「僕は、彼女を見捨てたんだ……」


(見捨てた!?まさか、あの動画の撮影って……瀬尾くん!?)


「……クソ!!あの時、もっと冷静でいられたら、山中さんのもとへ駆けつけて、……そしたら今頃、彼女は生きていたかも……うわぁあああーーー!!!」


突然、彼が髪を掻きむしりながら苦しみ始めた。


(瀬尾くん、もうやめて……)


――ドン!!


彼は拳を振り上げ、石のテーブルを叩いた。


「僕が見殺しにしたようなものなのに!!」


(もうやめてったら!!!)


私は思い切り彼の背中をバン!と叩いた。初めて触れた感覚が手のひらに伝わった。


すると、彼はビクンと背すじを伸ばし、驚いた表情で後ろを振り向いた。


「えっ!?何」


彼は、自分の背中を手で探り確認する。


(よし、もう一度……)


今度は瀬尾くんの左肩をトントン!と2回叩いてみた。


「なっ!?」


彼の視線が私を捉えた。


「あっ」


目と目が一瞬合った。


「見えてるの?」


「ううっ……嘘だろ!?」


彼は驚きすぎて後ろへひっくり返り、石のベンチから落ちてしまった。


「だぁっ……痛っ!!」


「大丈夫!?」


彼は腰を擦りながら、私を見上げた。


私はスカートのポケットから小さなタオルハンカチを取り出し、冷たい地べたに座り込んだ彼にそれを手渡した。彼はそれを見るなり、息を飲んで身を固くした。


「……山中さんは死んでも、変わらず優しいんだね」


瀬尾くんは私のハンカチを受け取ってくれた。


「小学生の頃は山野井くんだったよね。名字も見た目もすっかり変わっていたから、全然気が付かなかったよ」


彼はそのハンカチをぐしゃりと握りつぶした。


「何で?……何で君は、僕に二度もハンカチをくれるの?……僕は君を助けずに、自分の怒りに任せて奴らを追いかけてしまったんだよ?」


「それは……私の代わりに怒ってくれたからでしょ?違う?」


彼は首を横に振った。


「違う。……それだけじゃない」


『違う』という言葉に胸がチクッとした。


「僕は小学生の頃トラウマになるほど、アイツらにいじめられてきたんだ。絶対いつか復讐してやろうと、ここ数日彼らを尾行していたんだ。だけど、あんな場面に遭遇するなんて……」


(あんな場面……)


「ねぇ、瀬尾くん。気になったんだけど、あなたがこの中学に来たのは2年生の頃だよね?なのに、なんで今頃になって復讐してやろうと思ったの?」


しばらく沈黙が続いた後、彼は視線を落とした。


「それは……渡り廊下から見ていたんだよ。教室で君が時々、アイツらに嫌がらせを受けているのを」


一瞬、頭が真っ白になった。


「あぁ、……見られていたんだ。……でも嫌だな。できれば、こんな私をあなたに見られたくなかった」


鼻の奥が痛くなり、居た堪れなくなって私は彼に背を向けた。


「僕は黙って見てられなかった。君があの時の僕と重なって見えた。アイツらは昔から何一つ変わっていない!!だからヤツらの弱点を知ろうと後を付けていたんだ」


「黙って見てられなかったって……。瀬尾くんってやっぱり優しい人だよね。」


私が視線を落として黙り込むと、彼は私の目の前にきて、私の両腕をぎゅっと掴んだ。


「どうしてそうなるんだよ!!僕のどこが優しいんだ!?僕は君を見殺してしまったんだよ?君は、僕を恨むなり、怒鳴り散らしてもいいのに、なんでだよ!!」


彼の真剣な眼差しは怒りに満ちていた。これはきっと自分自身に向けての怒り。やりきれない気持ちで押しつぶされそうなつらさで眉を歪めていた。


「別に、瀬尾くんのことは恨んでないよ」


「なんで!?――」


「確かに死んだ時は、透明人間みたいに誰とも話せなくて、それが悲しくて、悔しくて、もどかしかった。それに私が死んだことで、家族がバラバラになる未来が今でも怖い」


彼は鼻を啜り、濡れた目を細めた。


「でもね……。瀬尾くんのおかげで、犯人が分かってお父さんだって少しは救われたはずよ。だって、理由も分からない死のほうがよっぽど苦しくて、つらいから……」


「本当に、君って人は!!」


彼に掴まれた前腕の輪郭が崩れ、小さな泡のようなものがふわりと青空へ飛んで弾けた。それは黄金色の輪郭が輝くシャボン玉だった。


「「あっ!」」


彼はすぐさま手を離すと、私は自分の両手を見つめた。眩く光る無数の泡が舞い上がり、木陰から吹く涼しい風に乗ってふわりと飛ばされていく。それは夢を見ているかのような幻想的な光景だった。


「なんなんだ、これは……」


彼の声が震えていた。


私の前腕から二の腕にかけて、どんどん形が崩れていく。体が崩壊していくのに怖くはない。むしろ清々しいぐらいだ。


「瀬尾くん、お別れの時が来たみたい」


「えっ!?そんな……!!」


「瀬尾くん……お願いだから、自分をあまり責めないで。私が死んだのは、瀬尾くんのせいじゃないから。……むしろ明らかにしてくれて感謝しているぐらいなんだからね?」


「山中、待て!!まだ、行くな!!」


彼が私の肩に触れると、ふわっと金のシャボン玉が一斉に風に舞い、私はぐにゃりと揺れた。


「あぁっ!!」


眉を歪ませた彼は涙と鼻水でグシャグシャになっていた。それを見て、何かがじんわりと温かくなった。


「それと……泣いてくれて……ありがとう」


それが良心の呵責からの涙だとしても……。

結局、私は死ぬまで友だちはできなかった。

当たり前だ。友だちなんていなくていいと思っていたから。家族だけが私の支えだと思っていて、苦しいだけの学校を軽蔑していた。


私は弱虫だったんだ。話しかける勇気がなかった。


……本当は友だちが欲しかった。


普通にお喋りをして、笑い合って、冗談を言って、語り合える友だちが欲しかった。


……ただ、羨ましかったんだ。



「待て、行くなぁぁーー!!!」


捕らえようとする彼の手が私をすり抜けた。


東屋全体が黄金色に輝くシャボン玉の群れに包まれた。柔らかな南風に吹かれ、ふわりと飛んでパチン、パチンと弾けた。彼のもとに金の粒子が舞い散る頃には、私の存在も消えていった。



❇❇❇❇


重い瞼をゆっくりと開けると、そこは真っ白だった。


両手は透けていない。しっかり形がある。


私は上半身を起こし、立ち上がった。ここには物も影もない。ただただ真っ白な世界……。巨大な白い箱にでも入った気分だ。


(ようやく目が覚めたね)


声のする方へ振り返ると、真っ白な衣装を身に着けた男性が立っていた。床まで垂れた白銀の長髪はまるで天の川のようにキラキラしている。金色の瞳は私をしっかり見据えていた。


(あなたは……?)


(この世界の創世者だよ。人は僕を『神』というけれど)


(それで今の君は、誰なんだい?)


(えっ?今の君って……山中牧子です……)


(そうだ山中牧子さん。たった今、君が体験したことは全て過去に起きたことなんだ)


白い世界にパッと私の写真が大きく現れた。赤ちゃんの頃から中学生までの写真が数枚、空間全体に埋め尽くされている。


(山中牧子さん。十五年間よく頑張ったね)


神様の一言に、私は涙が出そうになった。胸が熱くなり、こそばゆい。この気持ちを何と言うのか。


(最後の日、瀬尾さんと話せたのは、私からのプレゼントだ。君は健気に自分の人生を全うしてきたからね)


すると写真が消え、満開に咲き乱れたソメイヨシノが空いっぱいに埋め尽くした。淡紅色の花びらが雪のように舞い降りる。


(うわぁ〜!素敵!)


私は両手を広げ、頭、肩、腕に触れる小さく柔らかな花びらの感触と香りを確かめながら、懐かしさに浸っていた。


藤丘小学校の校庭に咲く桜並木が頭に浮かんだ。


私は幼い日々を思い出したかのように、ハラハラと舞い続ける花びらを愛でながら、くるくると回った。


「あはははっーー!楽しいわぁ!」


「わぁーーい!!」


この世の悲しみや嘆きを振り払うかのように、何度も回り続けた。


風が吹き花びらが踊る世界で、私は頭の中に『卒業』という文字がよぎった。


(ありがとう、神様。とっても嬉しい!)


神様は、静々と長い髪と白衣を引きずりながら歩いてくる。散った花びらがふわりと彼を避けた。


いつの間にか、神様は私の肩が触れるところまで来ていた。


(さて、君はもうひとつ大事なことを忘れてないかい?)


私はよく分からず、首を傾げた。


(大事なことって何ですか?)


(今の君の名前は?)


(今の?……言っている意味がよくわかりません)


(あらら……。眠りすぎて、忘れちゃった?)


(何を忘れたのか、分かりません)


小首を傾げた神様はゆっくりと私に顔を近寄ってきた。金色に光る不思議な瞳に吸い込まれそうだ。


(今のあなたの名はソフィア・ルド・シルヴァンド。君を呼んでいる者がいるよ。さぁ、今すぐ『記憶の海』へ飛び込みなさい)


神が差し出した人差し指が青白く光だすと、私は額を強く押され、そのまま後ろへと倒れてしまった。


白い床に倒れると思いきや、落とし穴のようにそのまま真っ直ぐに落ちて、落ちて、落ちて、ずっと落下したままで、



――ザバァァーーーン!!!


私の体は『記憶の海』に落ちてしまった。


ブクブクと大きな気泡が上へ上がっていく。


それに対して私の体は、深く、深く、紺碧の世界に沈んでいく。


周りには魚も海藻も何もない。


しばらくそこで静かに漂っていると、私の脳裏に『もう一人の私』の映像が走馬灯のように流れ込んできた。



産声を上げる私。

お母様に抱っこされる私。

歩き始めた私。

お父様の膝の上に乗ってご機嫌な私。

初めてのピクニックで走る私。

転んで大泣きする私。

病気のお母様をお見舞いする私。

お母様が亡くなり、悲しむ私。

父が紹介した継母と連れ子に戸惑う私。

先生に鞭で叩かれ、つらかった私。

継母に殴られ、床に倒れる私。

妹に甘い継母と孤独な私。

お父様からこっそりキャンディをもらって微笑む私。

継母に罵倒され、殻に籠もる私。

寂しさで部屋の片隅で泣く私。

妹に馬鹿にされ、何も言えなくなる私。


無数にある日常のワンシーン。


いい思い出も、悪い思い出も、全部、全部。自分の一部だった。


(そうか、今の私は……牧子じゃない!!)


何もかも思い出した私は、喉につっかえていたものが取れたような開放感に満たされていた。


上を見上げると、揺らめく美しい青白い光がカーテンのように私を照らしている。


《ソフィアお嬢様……》

《ソフィア嬢……》

《目を覚ましておくれ……》

《お願いだよ……》


(あぁ、私。この声に聞き覚えがある。私の大好きな人たち……)


あまりにも心配した声だったので、私は急いで上に向かって泳ぎ出した。両手を掻き分け、足をばたつかせ、どんどん声のする方へ近づいた。


(あともう少し……もう少し……みんな、待ってて)


全ての力を振り絞って海面へ出ようと、必死に足掻いた。


最後まで読んで頂きありがとうございました。


最後!!来週月曜日の18時に投稿しますので、宜しくお願いします(θ‿θ)

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