8. 山中牧子の死 (告別式)
お通夜に瀬尾くんが来ている。
大人に混じって子供は彼1人だけなのだが、とても落ち着いているように見える。
瀬尾くんが香炉にお焼香を落としている。手を合わせて一礼をする時間が少し長く感じた。
父も気になったのだろう。お通夜が一段落すると、父は彼に冷えた麦茶を差し出した。
「今日は、牧子のお通夜に来てくれてありがとうね」
「いいえ。僕の方こそありがとうございます」
「名前、聞いてもいいかな?」
「瀬尾晶といいます」
「……牧子とは同じクラスなのかな?」
「いいえ。隣のクラスの者です」
「……友達かい?」
「あの……友達に……なりたかった者です」
彼が恥ずかしそうに俯いた。父の顔が少し緩んだように見えた。
(友達になりたかったの?……本当に嬉しい!!)
私は嬉しくなって、瀬尾くんの隣に並んだ。
「おじさんさ、恥ずかしいけど、牧子の学校での様子が全く分からないんだ。牧子は一度も学校の話をしてこなかったものだから……」
「……学校での山中さんは、まるでアコヤ貝みたいな人です」
(ん?なにそれ?)
「アコヤ貝って、あの真珠の貝のことかい?」
「はい。目立たず、喋らず、周りからからかわれても反論もせず、じっと机にうつ伏せになって自分の殻の中で耐えているような人でした。でも、硬い殻の内側は、純真で優しい人だと僕は知っています」
(なんで、瀬尾くんがそのこと知っているの!?)
父は手で口を塞ぎ、しばらく動かなくなった。
「そうか……そうか。……そうだったんだな……。知らなかった……。くそっ……。そうでないことを願っていたのに!!」
父は少なからず、ショックを受けているようだった。
「ありがとう……瀬尾くん。牧子のことを教えてくれて……」
彼は黙って頷いた。
「ところで瀬尾くん。うちの牧子はクラスメイトから、どんな風にからかわれていたんだ?」
(瀬尾くん、それ言わないで!!)
私は慌てて瀬尾くんの口を抑えた。だが、そんなものは意味がない。
「スクールカーストの一軍と呼ばれている男子グループから、笑いのネタにされていました。『アホ牧』とか呼ばれて」
――ドゴン!!!
(ひゃっ!?)
その話を聞いた途端、父は思わず柱に拳を叩きつけた。
辺りに重苦しい空気が漂い、特に九州のお婆ちゃんとお爺ちゃんは、怒りに震える父を見て呆気にとられていた。
「あのクソ教師、そんなことひと言も――!!!」
「それと、彼女はクラスの女子たちから掃除や雑用など押しつけられていました。彼女は、ただ黙々とそれに従っていました。それを見て、僕にはもどかしくて何かしてやりたくても、勇気がなくて……。だけど、一度だけ彼女に傘を貸したことがあります」
「それで、牧子はどうしたんだ?」
「そしたら、お礼にメロンパンをくれたんです。とても嬉しかったな。本当はもっと話したかったのに、彼女から避けられてしまいましたけど」
「はははっ!なんだそれは。きっと、君がかっこいいから、牧子は恥ずかしくなって逃げたんだろう」
「……そんなことは」
(もう〜、やだ、そんなこと言わないで!!お父さん違うよ。恥ずかしくて避けたんじゃないの!私なんかといたら今度は瀬尾くんが、からかわれると思っただけなのよ!!)
瀬尾くんのそばでドキドキしている私。心臓は動いていないのに、胸の鼓動を感じるのはなぜだろう。
「僕、小学3年の時、今より見てくれが太っていて、とても暗かったんです。クラスの皆からしつこくいじられて、バカにされて、それが悔しくて……。そんな時、隠れて泣いている僕にハンカチをくれたのが牧子さんなんです」
(あれ?私の記憶だと、それは山野井くんだったと思うけど……)
「三学期に入る前に両親が離婚して、母の実家へ引っ越すために転校したんです。そして、瀬戸という名字に変わりました。そして、中学2年の時に『瀬戸晶』としてこの街へ戻ってきたんです。見た目がだいぶ変わったせいで誰にも気づかれなくて……」
(嘘!!山野井くんが瀬戸くんだったの!?)
「本当はあの時のお礼も言いたかった。でも……何も言えないで……悔しすぎる」
彼は不意に顔を背けた。
父は眉間にしわを寄せて、瀬尾くんの頭を撫でた。
「いい子だな、君は」
しかし、彼はすぐ父の手を跳ね除けた。
「いいえ。僕は思っているより狡い奴なんです……」
(なんで!?)
彼の目には光がなく、深く沈んだ表情をしていた。
「牧子さん。明日、隣町の葬儀場で10時から告別式ですよね?」
「ああ。そうだよ。明日も来てくれるのかい?」
「はい。明日も必ず来ます。それと、明日になれば復讐ができるかもしれません」
『復讐』という言葉に父の声が強張った。
「……それはどういう意味だ?まさか、君。何か知っているのか!?」
鬼気迫った父は、彼の肩を強く揺さぶった。
「山中さんが火葬場へ行くまでには状況が変わると思います。それではまた」
(瀬尾くん………)
父は瀬尾くんを引き止めることもできないまま、その背中を見送った。
❇❇❇❇
私が死んで三日目の早朝。
山中家は親戚たちが台所で慌ただしく料理を作り、父は葬儀業者の人と打ち合わせをしている。
お婆ちゃんは縁側で一人、喪服も着ずに座ったままだった。
父の妹、靖子姉さんが喪服を着けるように強く言っても、何度も首を横に振った。
「マキちゃんはね、歌えば必ず帰ってくるの」
私はそっとお婆ちゃんの隣に座った。
♪あした浜辺を さまよえば
昔のことぞ しのばれる
風の音よ 雲のさまよ
寄する波も 貝の色も――。
側で聴いてると、お婆ちゃんの声が妙に愛らしく、懐かしく感じた。私が死んでからそんなに日は経っていないのに。
(お婆ちゃんの歌。本当に染みるなぁ……)
私は縁側でダンゴムシみたいに丸くなる。死んでしまったことに申し訳なさを感じていた。
「みんなマキちゃんは、死んでいると酷いことを言うけれど、きっと長い買い物をしているに違いないの。私も買い物に行きたかったな……」
お婆ちゃんが立ち上がると、外へ出ようと門扉へ向かった。
「あっ!!ダメよ、母さん!!」
靖子姉さんが、腕を引っ張って中へ入れようとする。
「あんた、誰?なんで私の邪魔をするんだい?」
「私はあなたの娘の靖子よ!!孫の葬儀に出なきゃいけないんだから、家で大人しくしてて!!」
(靖子姉さん、そんな強く言わなくても……)
「嫌だね!!私は今から丸井スーパーに行くんだ。そこでマキちゃんが買い物しているはず」
「……牧子ちゃんは3日前に亡くなったのよ?」
「どうしてみんなそんな酷いことを言うんだい!?マキちゃんは生きてるさ!!離せ!!」
温厚なお婆ちゃんが珍しく暴れ始めた。外へ出ようとしているお婆ちゃんを父や佐藤のおばちゃんたちが囲い、なだめる。
役立たずな私は、縁側の隅に縮こまって何もできずにいた。
私の存在価値はこの家にしかないと思っていた。
この家に私がいることで、お婆ちゃんは穏やかに過ごし、お父さんは安心して仕事に行ける。
私がいるからこの家は上手く回っていける。
だけど、私が死んだことで、バランスは崩壊した。
今、お婆ちゃんが目の前で髪を振り乱し暴れている。
死んでいるのに、何でこんなにも胸が苦しいのか?
「大丈夫ですか?」
ちょうど家にやって来たヘルパーの青木さんが穏やかに声をかけてきた。
父も靖子姉さんも彼女を見てほっとした様子だった。暴れていたお婆ちゃんも青木さんを見るなり、急に態度が変わった。
「あなた。もう、遅いわよ?」
「ごめんね、節子さん」
青木さんはそっとお婆ちゃんの隣に立ち、小さな肩を擦ってくれた。
「あの、私たちは丸井スーパーさんへ行ってきますから、どうぞご安心ください」
青木さんは慣れた感じでお婆ちゃんと手を繋ぐと、落ち着いた様子で歩道を歩いていった。
「では、行ってきます!」
青木さんが手を振ると、父は一息ついた。
お婆ちゃんを見送りながら、頭を抱えた。靖子お姉さんが父の肘をつく。
「母さんの件は、あとで相談しましょう」
「……そうだな」
父たちは家の中へと入っていった。
縁側で、一人取り残された私は考えた。
もしかして、父はお婆ちゃんを老人ホームに行かせる気かも知れない。お金がなくて入所できないと愚痴っていたのを聞いていたから。
――春頃、日本スポーツ振興センターの「災害共済給付制度」の同意書に父がサインをし、学校へ提出していたことを思い出した。
私が死んだことでまとまったお金が入ったら、お婆ちゃんを施設に預けるかも知れない。もしくはグループホームか。
誰にも触れることができない無力な手を見つめた。
買い物へ出かける時に握ったシワシワで柔らかなお婆ちゃんの手を思い返す。
(私……。頑張ったんだよね?)
指先を動かすと、涙の粒が零れ落ちた。
❇❇❇❇
藤丘町から車で20分。隣町の矢車葬儀場へやってきた。昨日よりも多くの取材班が葬儀場の駐車場で待機をしていた。
午前10時から始まる告別式に向けて席に座って待機していた。もちろん、私の椅子はないわけで……。私は父の後ろに立っていた。
父は喪主の挨拶を書いた紙をしきりに広げては小声で練習をしている。
葬儀場には知らない大人たちが続々と会場へと入ってくる。
喪服を着けた白崎先生を先頭に、制服姿の団体が見えた。3年2組のクラスの子たちだ。そのなかに大内、瀬戸内、小林、萩尾、金井たちもいる。あの5人にはいつも苦しめられてきた。
(一応、クラスのみんな来てくれたんだ。きっとみんな親から行きなさいとか言われたのよね……)
3年2組の中で私のために泣いてくれる人は、多分一人もいない。いたとしても、それは演技かもしれない。
私は体の芯から重苦しくなり、胃が冷たくなった。
会場の席が埋め尽くされると、司会者の案内で告別式が開式された。静常寺の僧侶による読経が始まった。
読経が終わると、司会者が届いている弔電の朗読をする。続いて喪主、遺族、親族、一般参列者の順に焼香が行われた。
葬儀の礼法に慣れていないであろう、クラスのみんなはドギマギしながら香炉に焼香をくべていた。
瀬尾くんも粛々と焼香をしてくれた。だが、昨日の彼の発言が気になる。
(瀬尾くんは何を知っているの?)
一般参列者の焼香が終わると、司会者に紹介され、喪主の挨拶が始まった。
(お父さん、頑張れ!!)
全員が着席しているなか、私は父の後ろで拍手をした。
「……本日はご多忙の中、娘・牧子のためにお集まりいただき、本当にありがとうございました」
「娘は中学を卒業しないまま、15歳というあまりにも短すぎる一生を終えてしまいました。私は、いまだに現実を受け止めることができず、前日まで声をかけてくれた娘が、どうしてこんなことになったのか、苦しくてたまりません」
父は手にしていたカンペを握りつぶした。
「あの子は……あの子は家では疲れた顔を見せませんでした。いつも明るく声をかけてくれて、毎朝、朝ご飯や弁当を作ってくれる……我慢強くて、とても優しい子です」
「牧子が中1の時。認知症になった私の母をあの子は自分から見守り介護をしてくれるようになりました。それから、牧子は家事をほとんど自分でするようになりました」
「中学の成績は落ちたのも、夜中に動き回る母に付き添ってあげていたからです。日中はほとんど眠たかったに違いありません」
「成績が落ちて『アホ牧』と周りから揶揄されて、牧子は苦しい学校生活を送ってきたようですが、それは私の責任であり、決して娘のせいではありません」
あの男子グループがざわついた。
「あの子はひと言もきついとか、つらいとか一切私に愚痴を零してくれなかった。きっと、私を心配させたくないからだと思っています。あの子はとてもいい娘です。僕にとって……僕にとって出来すぎた自慢の子供です」
(……私だって自慢のお父さんだよ!!)
父の言葉で胸が熱くなって、私は父にパイプ椅子の影にしゃがみ込んで涙を両手で拭った。
「あの子にとって苦痛の場であったはずの学校で、しかも校舎裏の寂しい場所で独りぼっちで旅立ってしまいました。現在も警察による捜査が続いております。私は牧子を苦しめた犯人を一生許すことはないでしょう」
「本日は、娘のために最後まで見送っていただき、本当にありがとうございました」
父が深々とお辞儀をする。
静かな沈黙。
重苦しい空気。
父の学校への不信感に満ちた言葉。私のいない未来、父は誰を頼りに生きていくのだろうか?
「もっ……喪主、山中勉様のご挨拶でした」
司会者が次の進行をしようとした時だった。
――ピロン♪
学生の方からスマホの音が鳴り響くと、重なるように他のスマホの音が二重にも三重にも鳴り続けたのだ。
――ピロン♪ピロン♪
「こら、君たち!!スマホの電源は切っておくようにと――」
「先生、それどころじゃないよ。ちょっと、この動画見て!!」
学級委員の益子さんが立ち上がり、自分のスマホの画面を白崎先生に見せた。
「なっ!!なんだこれは?」
白崎先生がスマホを見たまま硬直していた。
他の生徒たちもポケットからスマホを取り出して、画面を見ては立ち上がって騒ぎ始めた。
「これヤバいよ!!」
「嘘でしよ!?」
「マジで一線越えてるって!!」
生徒が騒ぐなか、瀬尾くんがパイプ椅子の上に立ち、スマホを片手に高坂凛に指を差した。
「高坂。お前が犯人だったのか!!」
会場全員の視線が彼に向けられた。
いきなり名指しされて驚いたのか、あの高坂凛が動揺している。
「はぁ!?ちっ……ちょっと、瀬尾くん何言ってるの?意味わかんない!……あっ、あのね、もしかしてだよ、……あっ、悪質なフェイク動画かも知れないじゃん?」
「スマホ貸せ、電源切ってやる!!」
「お前もだ、スマホ貸せ!!」
萩尾と小林が、慌てて周りにいる生徒のスマホを取り上げ、電源を切ろうと焦っていた。
途端に会場の参列者は藤丘中学校の生徒に注目し、ガヤガヤし始めた。
父はたまらずクラスメイトの元へ駆け寄った。
「すまん、ちょっとそれ見せてくれ!!」
半ば奪い取るように男子生徒のスマホを見た。私はパイプ椅子に乗ってそれを覗く。
それは小林と萩尾が3階の外階段からゴミ箱を持って手すりに乗せている動画だった。2人の後ろには高坂凛も少しだけ映っていた。
彼らはゴミ箱を傾け水を零しかけたのだが、いきなり2人が体勢を崩し、勢いよくゴミ箱が落ちたのだ。
水を散らし、回転しながら落ちていく鉄製のゴミ箱は、私の頭に当たった。
――ボコン!!
私は花壇に生えた雑草の真ん中で、うつ伏せになって動かなくなっていた。
次に映ったのがファミレスでの3人だった。
『おい。まずいんじゃないか?』
『そうだよ。俺たち、このままだんまりでいいのかよ?』
『萩尾君、小林君。あんたたちは共犯なのよ?分かる?今、自首なんかしたら、来年楽しい高校生活どころか寂しい少年院になるわよ?』
『っていうか、おめーがアホまきに嫌がらせしようって言ったからこうなったんじゃねぇーか!!』
『そうだ。言い出しっぺは高坂だ!』
『っていうかさ、なんでお前、後ろからゴミ箱を押したんだよ!?』
『あれさえ落とさなきゃ、こんなことには――』
『だって、口封じしないといけなかったんだもん。ケガをさせるだけだったのに、まさか死ぬとは思わないじゃん?』
『高坂。何なんだよ、口封じって』
『内緒!』
父は激昂し、すぐさまスマホを投げ捨て、あの3人へめがけて突進した。
「ちょっ、待ってください!!お父さんのお気持ちは察しますが!!」
白崎先生と井口校長が全力で止める。
「娘がぁーー!!娘がそいつ等に……そいつ等に……殺されたんだぞぉぉーーー!!黙って見てられるか馬鹿野郎!!!なにが事故だ、嘘つき校長め!!殺人じゃないかぁぁーーー!!!」
一般参列者から悲鳴が上がり、一斉に立ち上がった。会場は大混乱だった。
生徒全員で小林、萩尾、瀬戸内、大内、金井、そして高坂凛にめがけて引っ張り合い、大勢で揉みくちゃになった。
「何が一軍よ!!馬鹿にしてるわ」
「お前らのせいで、うちらが高校に落ちたらどうするつもりだ!!」
「うちらの評判まで落としてんじゃねーよ!!」
罵声と怒号。
蹴飛ばされたパイプ椅子。
唖然とする司会者。
クラスの子は自分たちのことばかり心配している。分かっていたつもりだけど、誰も私のことを気にかけていない事実にめまいがしそうになった。
参列者に紛れていた数人の刑事たちが駆けよると、さっそく証拠となる動画に見入っていた。混乱に紛れて逃げようとした3人は、エントランスの方で警察官に取り囲まれて、あっけなく捕まってしまった。
エントランスから響く萩尾と小林の喚き声が気になって、私は一緒に逃げた高坂凛の元へ駆け寄った。
(彼女が今、どんな気持ちなのか知りたい!!)
外ではこの捕物帖を逃すまいと報道陣が、一斉にシャッターを切る。
「はい、そこ映さないで!!」
警察官が両手を広げて報道陣に呼びかける。
警察官に取り押さえられた高坂凛は、フラッシュやシャッター音にまみれながら、カメラに向けてニヤリと口角を上げた。今まで見たことがない狂気に満ちた笑顔だった。
(なんで……なんで笑っていられるの!?)
その異様な光景に私は唖然として体が動かなくなった。
読んで頂きありがとうございました!
10分後に次の回を投稿します。




