7. 山中牧子の死(お通夜)
――亡くなってから2日後。
司法解剖が終わり、京塚医科大学から私の遺体が家に戻ってきた。お通夜は自宅で行われた。葬儀業者が手際よく葬儀の準備を進めてくれて、打ち合わせも手順通りに行われている。
家には父の兄妹である、悟兄さんと靖子お姉さんが夫婦で駆けつけてくれていた。もちろん隣の佐藤のおばちゃんとおじちゃんも来ている。
――ガラガラガラ。
「ん?インターフォンも押さずに誰だろう?」
父が玄関先へ行くと、九州の爺ちゃんと婆ちゃんが入口で立っていた。
九州の爺ちゃんたちは母方の祖父母だ。
「あっ、お義父さん。はるばる九州から来てくださり――」
「どげんなっとるかね、勉くん!!」
「はい?」
「あの、家の前におる報道陣さ、迷惑やけん、どかさんと!!」
「あっ、お義父さんにはご迷惑かけて――」
「儂に謝ってほしいわけじゃなか!!どかさんとって、言うとるがな。弔問に来る方々が迷惑するけん」
「……分かりました。話をしてきます」
佐藤のおばちゃんが二人を奥へ案内してくれてその間に、父は家の外へ出た。
周りには10〜15人の報道関係者がカメラを持って集まっていた。
「みなさん、すみません。ここは住宅街で、道も狭いです。ご近所にも迷惑になります。みなさんが止めた車も駐車禁止の区域ですので、どうぞ今日のところはお引き取りください」
すると、複数の記者たちが父の元へ駆け寄ってきた。
「警察から何かご連絡はありましたか?」
「いや、まだ警察からは何も。なので、お話しすることは……」
「牧子さんが学校でいじめられていた可能性が浮上しているのですが」
「えっ、何を言ってるんだ!?」
「学校関係者の方はこちらにいらっしゃいますか?」
「いいえ。それはまだ……」
「学校の対応について、お父様はどう思われますか?」
「あの、……今日は娘のお通夜なんです。できればお静かに願いたい」
父は門扉を閉め、家の中へと逃げるように入っていった。
私の死がテレビで大きく報道されていた。
❇❇❇❇
――昨日の晩のこと。
プシュッ、パカッ!
父は喉を鳴らしながら、缶ビールを片手にテレビを見ていた。
『前札市の女子中学生が校舎裏の花壇で死亡』
『少女はなぜ、亡くなったのか?』
「亡くなったのは前札市立藤丘中学校三年、山中牧子さん(15)です」
アナウンサーが私の名前を読み上げる。
コメンテーターの人が、藤丘中学校の安全管理体制について討論をしていた。
『死亡推定時刻が午後4時半頃に対して、発見されたのは同日午後7時45分。約3時間もの間、何故、誰も見つけられなかったのでしょう』
『校舎裏の花壇は人通りも少なく、死角になりやすい場所でした。その場所に防犯カメラが設置されていなかったことを踏まえると、学校側に管理体制を見直す必要があるのではないでしょうか?』
『警察の会見によると、凶器は鉄製の60リットルゴミ箱の角に血痕が付着していたとのこと。また、衣類が荒らされた様子はなく、被害者の制服が濡れていたそうです』
犯罪ジャーナリストがメモを取りながら、アナウンサーに解説をする。
『これは不審者が侵入して犯行という線は限りなく薄いですね。わざわざゴミ箱の角で打ち付けるというのはまずあり得ない。ほとんどの犯罪者は武器を隠し持って侵入しますからね。だとすると、もうひとつのイジメの線が濃厚ではないでしょうか?』
すぐさまテレビを消した父が、リモコンをソファーへ投げつけた。
『あの娘がいじめなど……。寄ってたかってあることないこと言いやがって!!!』
すると、トイレから戻ってきたお婆ちゃんが怒っている父に声をかけてきた。
『勉?何を怒ってるか分からんが、怒っても何もいいことないよ?』
無邪気に笑うお婆ちゃんを見て、父は皺だらけの小さなの手を握りしめてきた。
『母さん……。あのな……。牧子が昨日の夕方、学校で亡くなったんだよ』
『あら?……マキちゃんが?』
『あぁ。死んだんだ……。明日、司法解剖が終わってからお昼前に牧子が戻ってくる』
『マキちゃんやっと帰ってくるの?じゃあ、また一緒に丸井スーパーへ行かなきゃね』
『……そうじゃない。牧子は死んでしまったんだ!!』
『バカね!!勉。冗談でもそんなこと言ってはいけないよ?』
『……母さん、頼むよ……』
この二人のやりとりを隣で見ていて、今後の生活を垣間見た気がした。
死んでしまったことが申し訳なく、できることならすぐにでも生き返りたいと思った。
お婆ちゃんとお父さんの隣が私の居場所だったのに……。
❇❇❇❇
九州のお爺ちゃんとお婆ちゃんが、白木位牌の前にある座布団へゆっくりと腰を下ろした。
震える手で線香に火を点け、飾り枕の香炉へと立てる。棺の小さな窓から覗く私の顔を見つめ、二人は静かに手を合わせた。
「……マキちゃん。うっ……うぅ……ううぅ……」
お婆ちゃんは背中を丸め、泣き崩れた。
「だから最初からうちで引き取っとけば、よかったたい……あのバカ娘め!!」
険しい顔のお爺ちゃんが膝を叩く。
「うっ……あの子ね、牧子が勉さんによう似とるけん……もしかしたら八つ当たりするかもしれんて思うて、連れてこんやったとよ。……でもね、すぐ後悔しとったばい」
「そうなんですか……」
父の背中が小さく萎縮しているように感じた。
(私が死んだのは、お父さんのせいじゃないのに……)
私が5歳の頃、母は家から出ていった。
理由は父の浮気。母は私を置いていった。でも、私はそれを別に恨んでいるわけではない。父が母の分まで私に優しくしてくれたから平気だった。
「すまんな。もし牧子が俺んとこにおったら、まだ生きとったかもしれんて思うとな……。悪気があって言うたっちゃなか。お前さんが一番辛かろうに……許してくれ」
「いいえ。お義父さんの言う通りだったかもしれません。牧子には苦労をかけましたから」
――ピンポーン
「お客さんきとるけん。はよ行き」
父が静かに玄関先まで行くと、喪服姿の井口校長、学年主任の田畑先生、クラス担任の白崎先生が外で立っていた。
「……」
井口校長が静かに話し始めた。
「……突然お伺いして申し訳ありません。牧子さんにお悔やみを申し上げたく、職員を代表して参りました。また、学校を代表してお詫びも申し上げたく存じます」
三人は深々と一礼をする。
「……中へどうぞ」
「失礼します」
緊迫した空気に父の隣でハラハラする私。
(お父さん。また白崎先生に手を出さないでよ!!)
祭壇が飾られている部屋へ三人が向かうと、校長は親族に一礼をした。井口校長は座布団に座り、線香に火をつけ、香炉へ立てた。白檀の香りが小さな畳間に広がった。
校長は手を合わせ、何か念仏を唱えるように小さく口を動かすと、棺と親族に一礼をした。
学年主任の先生、担任の先生も同じ手順で香炉に線香を立てた。
「この度は、我が校での不幸な事故に対して、誠に残念であり、山中牧子さんに大変申し訳なく――」
「ちょ……ちょっと待ってください。不幸な事故って何ですか?」
父の一言に井口校長は身を固くした。
「まだ、調査中なんですよね?不幸な事故って分からないじゃないですか!!もしかしたら、誰かに意図的に殺されたかもしれないわけで――」
「不用意な言葉は控えてください。山中さん。学校側といたしましては、事故の可能性が高いと考えている次第です」
ここにいる親族はざわつきながら、井口校長に注目した。
「だったら、こちらは事の真相がはっきりするまで謝罪は受け付けません!!あと、白崎先生」
父に名指しされ、肩をビクンとさせた先生。
「この前、美化係の仕事で牧子は花壇へ草むしりに行ったと言ってましたよね?美化係は1人だけなんですか?」
「いいえ。美化係は竹内美也と高坂凛がいました。2人は用事があると言って、彼女に仕事を頼んだそうです」
「牧子ひとりに草むしりを押し付けたのですか?」
「……それは……」
白崎先生が言い淀むと、井口校長が膝を叩いた。
「現時点では目下調査中です。これから生徒への聞き取り調査もありますので、分かり次第ご連絡差し上げます」
私はすぐにピンときた。井口校長は、あくまで『事故』ですませたいのだと。
井口校長初め、2人の先生たちは出されたお茶を飲まずに、そのまま帰ろうと立ち上がった。
「白崎先生、少しお話いいですか?」
❇❇❇❇❇
お父さんは白崎先生を私の部屋へ通した。
「失礼します」
私の6畳の部屋は学習机と本棚とベッドだけで、10代の女子とは思えないほど色味のない簡素な部屋だ。
「どうぞ、この椅子にお座りください」
白崎先生は私の椅子に座り、父はベッドに腰を掛けた。その隣に私がいる。
「……あの子、高校の進路について白崎先生に何か相談をしていましたか?」
「……今月の三者面談前にお亡くなってしまったので、何も話せませんでしたが、彼女の成績は学年平均よりも低い位置にあります。家庭科だけは成績が良かったですが……。このままだと、ここから近い御浜高校への進学は難しいと思っていました」
「……そんなに成績が悪かったんですね。恥ずかしながら、ここまで成績が悪いなんて今まで知りませんでした」
「しかし、彼女は成績は悪くても、提出物を忘れたりすることは一度もありませんでした。至って真面目なな学生です」
白崎先生は膝に置いた手を握りしめ、険しい顔をした。
「進路希望校を用紙に書いて提出するように言ったのですが、彼女は珍しく何も書いてませんでした。ただ小さな字で『働く』と……」
「まじか……」
信じられないという険しい顔で父は口を塞いだ。
「不審に思って、そのことを彼女に聞いたことがあるんです。そしたら、『私が必要とされているのは、学校ではなく家なんだと。だから、中卒でもいいから早く働きたい』と。正直ショックでした。まるで学校が自分の居場所ではないと言っているようで……」
父は項垂れて微動だにしなかった。
私は考えていたことをバラされている状況に、いっそ布団の中に隠れてしまいたい衝動に駆られた。
「……確かに牧子がいないと、この家は大変なことになります。この家は誰一人欠けてもダメなんです。牧子が死んで俺一人では母さんの面倒を見ることができない。だからといって、どこの老人ホームもグループホームもほぼ満床で今すぐ入所などできない。入所するには6年待ちとも言われているんです。有料老人ホームもあるにはあるが、僕の稼ぎではそれも難しい」
(……お父さん)
「牧子さんは自分の家に居場所を見いだしていたのですね。家族が自分を必要としているから……」
父は大きく頷くと少し微笑んだ。
「……あの子、家では明るいんですよ。いつもニコニコしていて、朝は毎日挨拶してくれるし、朝ごはんも弁当も作ってくれる。母親のデイサービスの準備もしてくれる。家に帰れば、残りの夕ご飯はラップして冷蔵庫に入れてくれる」
「山中さん……牧子さんは奥さんの代わりではありませんよ」
「……分かってます。でも、もう牧子は戻ってはこない」
白崎先生は、父に深く頭を下げた。
「……僕の方も、監督不行き届きでした。せめて僕が花壇へ見回りに行くこともできたのに、職員会議が長引いて、それすら忘れてしまった」
「……先生。牧子はイジメられているのでしょうか?」
「……正直、牧子さんが誰かと喋っているところはほとんど見たことがなく、大人しく本を読んでいる所しか見たことがありません」
「友だちはいなかったのでしょうか?」
「……それがよく分かりません。本当に申し訳ございません」
――程なくして白崎先生は帰っていった。
❇❇❇❇
夕暮れ時になると、地元のお坊さんがやってきて、お通夜が執り行われた。
祭壇の周りには、献花が飾られ、供物、ぬいぐるみやお菓子などが所狭しと供えられていた。
遺影の私は笑っている。これは小学生6年生の時の写真だ。
(あぁ、懐かしい……卒業アルバムの制作に来ていた写真屋さんが私を笑わせながら、撮ってくれたんだよね〜。笑っている写真がこれしかなかったから、選ばれたんだろうなぁ……)
線香の香りとお坊さんの経の響きが、厳かな雰囲気を醸し出す。
弔問客をよく見ると制服姿の瀬尾くんが1人でお通夜に来ていた。
(ん!?瀬尾くん?なんで?)
私は死んでから初めて、嬉しいと思えることが起きた。
読んでくださりありがとうございます!
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