10.目覚めたソフィア
記憶の海から飛び出した私は息を深く吸った。鉛のように重たい瞼を必死にこじ開ける。
視線の先には、レオンとミル、ハンス、クランの四つ葉の会のメンバー、それとミリーがベッドの周りを囲んでいた。
「「ソフィア様!!」」
「ミリー、早くお医者様を!!」
レオンが叫ぶと、彼女は急いで部屋を出ていった。
「……みんな、ただいま」
「「おかえりなさい。ソフィア様!」」
四つ葉の会のメンバーは涙目で頬を緩ませた。
「おかえり、ソフィア嬢」
ベッドの側でレオンが椅子に座っている。彼は私の手を優しく握りしめた。
「君は、3週間も眠ったままだったんだよ」
「えっ……そんな長い間!?あっ、そういえば私、刺されたんだ……」
そっとお腹を擦ってみると、傷口もかさぶたもなく、元通りだった。
「あれ?傷が……ない」
「君が倒れてから、すぐに医者を呼んだんだ。傷跡もなく無事なのは、シルヴァント公爵様の素早い判断のお陰だよ」
「おっ、お父様が!?」
レオンは握りしめた私の手を、祈るかのように自分の額へ当てた。指先が白銀の長い前髪に触れ、その柔らかさに、私はドキッとした。
四つ葉の会のメンバーも顔がニヤけている。
「ちょっ……、レオン様!手が……」
銀糸の隙間から見える菫色のガラス玉のような瞳は濡れていて、じっとこちらを捉えた。震える手は、本気で心配したのだと言葉にしなくても伝わった。
「……レオン様、あの……他の方もいらっしゃるので……その……」
私はどうしていいか分からず、頬が熱くなってきた。
「レオン様……でしたっけ。……ソフィア様の顔が真っ赤になっています。その……目覚めたばかりなので、あまり無理をさせないでください!」
ミルが勇気を出して、レオンに注意をした。ほかの二人も大きく頷いている。
「あっ……。すまない、ソフィア嬢」
レオンは慌てて、私の手を離してくれた。
のぼせそうになった私は、ベッドサイドにあるコップに手を伸ばそうとしたが、腕が上がらず力が出ない。
「私が水を入れよう」
レオンが水呑みへ水を注いだ。少しだけ上半身を起こしてもらってから、私はレオンに水を飲ませてもらう。
「ゴホッ……コボッ!!」
ほんの少しの水でむせてしまった。レオンが心配そうに背中を擦ってくれた。
「……ふう。ありがとうございました。生き返りましたわ!」
「君が目覚めてくれて本当に良かった」
レオンがニコリと微笑んだ。
今までにないレオンの笑顔に私は戸惑いを感じた。
「いや、その、あのぉーー。わたくしを刺したマルクスはどうなったのでしょうか?」
誰も声を発さなくなり、怒っているのか、ここにいる全員が鋭い目つきになった。
「君を刺した後、護衛たちに取り押さえられたらしい。今、牢獄に閉じ込めているとか。今回の事件で、サーモス一族は破門どころか、お取り潰しになるかも知れない」
レオンの冷徹な声色に、私はゾッとした。
「そっ……そこまで!?なぜ罪のないアンジェリカ様まで害を被るのですか?」
「領主の娘であるソフィア様をその部下の子息が刺したんですよ?このぐらい当然です」
ハンスが拳を振り上げて怒りをあらわにした。
「サーモス一家の破門はやり過ぎでは?」
「ソフィア様は優しすぎます!!」
あのおとなしいミルもへの字口で怒りを露わにしている。クランもそうだ。
ちょうどミリーが医者を連れてきた。その医者はレオンと同じ銀髪の男性で、何となくレオンが大人になったらこうなるだろうと思わせるぐらいにそっくりだ。
「やっと目覚めたんだね。どれどれ、診てみよう」
私はベッドに横たわると、お医者様は手首の脈を取り、首を両手で触りだした。
「ちょっと失礼しますよ」
被せていた布団を剥ぎ取り、上着の裾から手を入れ、へその辺りを片手で触れた。
「ん!?」
へそから温かな液体のような物が流れるような感覚がして、それが体の隅々まで行き渡る。
(これは何?)
「魔力環腺も大丈夫そうだ」
「初めて聞きます。何ですか?魔力環腺って」
「ソフィア嬢は、まだ魔法学は習ってないのですか?」
「いいえ、全く。そもそも魔力がないし、習う必要もないので」
「……魔力検査は幼い頃に受けませんでしたか?」
「お父様が受ける必要はないと」
「う〜む。貴族なら、義務付けているのですけどね……。まぁいいです。魔力環腺とは、魔力の通り道みたいなものです。お嬢様は一時的に水属性の魔力が暴走したのですよ」
「えっ!?水属性なんですか、私」
「あっ!もしかして、今知ったのですか?」
レオンも他のみんなも私が自分の属性を知らないことに驚いている。
「はい……そうです」
「私がエクストラヒールをかけ、内臓の傷も再生したのですが、私の魔力があなたの眠っていた魔力を刺激したようです。暴走した魔力を通常通りに整えるのが大変でした」
私は自分の両手をぎゅっと握りしめた。
「ですから、今後は魔力を定期的に放出する術を学ばなければなりません」
「体力がついてから、お父様とご一緒に神殿で魔力検査を受けられたほうがいいですね」
思ってもみない展開に、私は驚きを隠せなかった。
「それなりの魔力があれば、この子と同じユーキリス魔法学園に行けるかもしれないね」
レオンの頭を撫でるお医者様。
「お知り合いですか?レオン様。どのようなご関係で?」
「私の母方の叔父です」
「母方の叔父様!なるほど、道理でレオン様に似ていらっしゃる」
「申し遅れました。私はアレックス・フォン・マルキュリーと申します。こちらの屋敷の専属医師兼魔法師です。ソフィアお嬢様とは初めてお目にかかります」
「でも、一度もお見かけしたことがありませんね。アレックス様はいつから専属医師に?」
「ソフィア様がお倒れになってからすぐです」
「ええっ!!」
何度も驚く私をよそに、アレックス様は再び布団を私に被せてくれた。
「この1ヶ月はお薬を朝と晩きちんと飲んで頂いて、大人しくお過ごしください。あと、次から魔晶石を持ってきますので、魔力を落ち着かせるために、この石で定期的に魔力を吸い取りましょう」
アレックス様はミリーに薬の袋を手渡し、お大事にと言って部屋を出ていった。
「もしよければ、水魔法の初級本を貸してあげるよ。そしたら、ベッドの上でも暇じゃなくなる」
「いいんですか?」
「もちろんです」
私はレオンにお礼を言った。
「私たちは手紙を書くわね」
「四つ葉の会の再開です!」
「だから、お手紙を楽しみにしてください」
「ええ、楽しみにしてますわ!」
ミル、ハンス、グラン、それと私は互いに手を取り合った。
❇❇❇❇❇
――その夜。私はベッドサイドにある魔法ランプの茜色の光を眺めながら、前世から帰ってきた実感を噛み締めていた。
バタン――。
「ソフィア!!」
父が勢いよく扉を開けて部屋へやってきた。いつもと何だか様子が違う。
「あぁ、ソフィア!!……本当に……本当に!!」
ランプの明かりに照らされた父の顔は頬が痩せこけ、疲れているように見えた。特に目の下のくまが酷い。
「お父様……こんなにお痩せになって……。お父様が適切な対応をしてくれたお陰で、わたくしはこうして助かりました。心配おかけして申し訳ございませんでした」
仰向けになって寝ていた私は起きようと体を動かすが、体が砂袋を纏ったようにうまく動けない。父はヘッドボードに枕を立て、私の上半身を起こしてくれた。
「体はもう痛くはないか?」
「はい。平気です。すっかり元気になりました」
「でも、君は3週間も起きなかったんだ。筋肉も相当落ちているだろう。まずは、食事をしっかりとって、栄養をつけろ。動き回るのはそれからだ」
私は一番に聞きたかった質問を父にぶつけた。
「あの……サーモス伯爵家の処分は、どうなっていますの?」
(このままだと、孤児の為に働いたアンジェリカ様が気の毒すぎる!!)
「……デカルト元総騎士団長は辞職した。息子のマルクスは廃嫡、平民となった。北海の孤島、ユニーシア刑務所で強制労働の刑だ。命があるだけでも感謝してほしいものだ」
「サーモス伯爵家は取り潰されるのですか?」
「ああ。こればかりは国家反逆罪に当たるからな。爵位を降格したとしても貴族社会からは白い目で見られるだろう」
「ただし、アンジェリカ嬢だけは別だ。彼女は日頃からの慈善活動が考慮され、伯爵令嬢から男爵に任じられた。引き続き、教会や孤児院への活動を続けてもらう」
「そうですか。それなら……少しほっとしました。あんな慈悲深い人が巻き込まれるなんて気の毒ですもの。……その……デカルト様は辞職してこれからどうするつもりなのでしょう?」
「……息子の近くへ行くと言っていたな。もしかしてユニーシア島の近くにでも移り住むつもりなのか分からない。そこは冬になると氷と雪で閉ざされた厳しい地域だ。でも彼はひとりでも十分強いから、魔物狩りで生計を立てるつもりかもしれないな」
「デカルトならきっと大丈夫でしょうね」
私は無言で父の手を求めた。父は微笑んで大きな手を私に差し出してくれた。
父の手は温かくて、大きくてごつごつしている。右の人差し指に小さなこぶができている。ペンだこだろうか。働き者の証拠を見つけた。
「あの……話は変わりますが、お父様がアレックス先生を専属医師にしたんですか?」
「ああ、そうだよ。今までの専属医師だったユグルが自分には無理だからと言って紹介してもらったんだ。本当に命を落としかねなかった」
椅子に腰掛ける父は、髪の毛がぱさついていて、いつものきっちりとした清潔感あふれる雰囲気ではなくなっていた。
「お父様が私を見捨てないでくれて良かった」
その言葉に父は眉を歪め首を横に振ると、額を手で拭った。
「あのときは心臓が止まるかと思った。君はずぶ濡れで、大量の失血をしていて……まるで悪夢を見ているようだった」
「ご心配をかけてしまって、ごめんなさい……」
「アレックスのおかげで命を取り留めたのに、君はちっとも目覚めてくれない。本気で神にソフィアを連れて行かないでくれと必死に頼んだよ」
父は私の頬を優しく撫でた。
「ところで、アレックス先生はわたくしに魔力があると教えていただきました。それも水属性なんですって!」
「……そうか」
「お父様。子供の頃、わたくしには魔力がないとか言ってなかった?」
「……言った。嘘をついてた」
お父様の様子がちょっとおかしい。茶色の瞳に陰りが見える。
「……言わなくてはいけないことがある」
(直感だけど、なんだか嫌な予感がする)
ただことじゃない気配を察した私は息を呑んだ。
「お前と私は血の繋がりはない」
予想外の告白に、私は息が止まりそうになった。
「え?……ちょっと、何を――」
血の気がスッと引いていく感覚。足元から力が抜け、冷や汗が一気に吹き出し、指先が冷たくなった。
「今から私が言う話を聞いてくれるか?」
読んでくださりありがとうございました!
また10分後に投稿します。




