11.ソフィアが誕生する前のお話
「君はセフィーナの連れ子で、その父親は私の無二の友でもあり、ライバルでもあった」
一気に肝が冷え、私は布団にしがみついた。
「君の父親は、ルークス・バルトニール。元平民だが、稀に見る魔力量の持ち主で幼い頃、バルトニール子爵の養子になったらしい」
「ルークス・バルトニール……」
「王都の貴族学校で、私とルークスは同じクラスだった。ルークスは身体能力が高く、水魔法を巧みに操る天才だった。私は魔法も剣も自信があった。だから、彼と同じ魔法騎士を目指していたんだよ。私たちは互いに良きライバルだったんだ」
「お父様の属性は?」
「土属性だ。属性というのは、ほとんどが遺伝する。魔力判定なんかしたら、君と血のつながりがないことが世間に知られてしまう。だから、君に魔力がないと偽り、魔法学から遠ざけていた」
「そういうことだったのか……」
「セフィーナとそっくりな君は、魔力がない方が良かったな。でもそれは、私のわがままで水魔法を使うのを見たくなかっただけなのだが」
「わたくしがルークス様と同じだからですか?」
「ふふっ。そうだな……。そういう事だ」
父の顔つきが柔らかくなった。そして思い返すかのように話を始めた。
「ある日の昼休み、隣のクラスのセフィーナと出会った。彼女は校舎裏のベンチに座り、寂しそうにしていた」
父の指先が私の手の甲を優しく撫でる。
「セフィーナは春の妖精のように、可憐で、慈悲深く、困っている人がいると放っておけないタイプだった。彼女は美しかったが、『魔力なし』だった。貴族社会では、魔力なしは格下扱いにされる。普通、結婚相手は魔力の高い女性を欲しがるからな」
「セフィーナは魔力なしだからとクラスメイトから蔑視され、友達もいなくて、いつも独りだった。そんな彼女の友達になったのが、私とルークスだ」
父は懐かしそうに目を細めて、肘まで伸びた私の髪にそっと触れた。
「はじめての友達と言ったが、私はすぐ彼女に一目惚れをした」
(そうか、お母様に片思いかぁ……)
「私とルークスは自然と恋のライバルとなった。でも、セフィーナは優しいから公平に私たちと接してくれた。私とルークスは告白もしないまま、残りの学園生活を送っていたんだ。その時までは三人とも楽しかった……」
「その時までは……?」
「セフィーナはルートビルズ伯爵の次女だったが、家ではかなり冷遇されていてね。卒業後は30歳も離れたベルジーノ公爵の元へ愛人として、売られてしまう予定だったんだ」
「ええっー、売るって!!」
あまりの酷さに、私は開いた口が塞がらなかった。
「卒業式の3ヶ月前、彼女は大泣きして私たちにその事を話して助けを求めてきた」
父はその時の感情が込み上げてきたのか、視線を落とし、苦々しい表情をした。
「状況が切羽詰まっていたんだ。私はすぐさまセフィーナとの婚約を父に打診した。だが魔力なしと聞くなり、話にならんと猛反対された」
「ということは、卒業後、お母様はルークス様と結婚を?」
「いいや。二人は結婚はしなかった。ただ、いつか結婚しようと口約束はしていたらしい。その時点で私は、いつの間にか失恋をしていたんだ。ルークスに先を越されていた。遠い昔のことなのに、まだ胸の奥がじくじく痛むよ」
父は胸を擦って、寂しそうに笑った。
「50歳を超えたベルジーノ公爵は、好色で強欲なじじいでかなり有名だった。セフィーナを4人目の愛人にできないのならお前が金を払えと、ルークスに前払金の返還と慰謝料を含め1000万ルビを求めてきたんだ。とんでもなく馬鹿な話だろ?」
「でも、どうして?公爵と取引したのはお母様の実家のルートビルズ伯爵家でしょ?ベルジーノ公爵からもらったお金をそのまま返金とか――」
父は残念そうに首を横に振った。
「ソフィア。ルートビルズ伯爵は娘を売ったんだ。『そんなに娘が欲しければ、ベルジーノ公爵に言われた通りの金額を払え』とルークスに言ってきた」
「はぁ!?どこまで腐ってるの?」
「私は3分の1の金額は出せるのだが、どうしても足りなくてな。そこでルークスと私は冒険者ギルドでS級の冒険者3人に金を払って、一時的にパーティーを組んでもらうことにした。そして、この国で一番危険だと言われている、ザ・ブリング・オブ・デスという名のダンジョンに潜ったんだ」
「えっ!?いきなりファンタジーの世界だ」
「ファンタジーが何か知らんが、私たち5人のパーティーは、3週間かけて地下深くに眠るダンジョンのボス、『スリーヘッドドラゴン』を倒すことができたんだ。ルークスは左肩に傷を負ったが、私たちは無事に帰還することができた」
「それで、スリーヘッドドラゴンの素材を売ってベルジーノ公爵に渡すお金を作ったわけね。凄いわ……強いからこそできることよね!」
私は興奮して思わず拍手をした。父も気を良くしたのかニヤリと笑った。
「あぁ……あのときは本当に死ぬかと思ったよ。スリーヘッドドラゴンに丸焦げにされるかと思ったさ。あれは人生最大の冒険だった」
「それで、その後どうなったの?」
「奴にはきちんと耳を揃えて返金した。だが……ルークスはその1ヶ月後……」
父が急に口をつぐんだ。
「どうしたの?」
「彼は返金して1ヵ月後に、飲み屋街で殺害されたんだ。酒に強力な睡眠薬が仕込まれて、朦朧としている所を襲撃されたんだ。ルークスも緊張感から解き放されて、浮かれている隙を狙われたと思う」
父の瞳から光が消え、無表情な顔つきになった。
「襲撃って……なんで!?せっかくお金もきっちり返して、今から結婚生活を送るはずだったのに……」
(まさか……やっかみでルークス様を暗殺した?)
「お父様……これはベルジーノ公爵の仕業なのですか?」
「私も、はじめはそう思って奴を調査した。だが、そのベルジーノ公爵は心臓の病で2週間後に急死した。あの頃は誰が仕向けたのか分からないままだった。しかし、今となってはその話は済んだことだがな」
父の仄暗く鋭い目つきに、私はゾクッとした。
「そっ……それで、お母様は?」
「……セフィーナは、すでに君をお腹に宿していた。しかし、彼を失ったショックで、彼女は枯れた花のように生気を失い、失意のどん底に叩きつけられていた。このままでは、母子ともに危ういと思って、私が保護したんだ」
(失恋したのにも関わらず、お父様はお母様のことを守りたかったんだ……。よほど愛していたのね)
私は父の顔をじっと見つめた。
(切れ長の目で、鼻が高くて、凛々しい顔立ちをしている。若い頃はイケメンで女子にもモテていたに違いない……)
「……でも、よく結婚を反対していたお祖父様が許しましたね?」
「……私は父上にセフィーナのお腹には自分の子がいると嘘をついたんだ。そしたら、渋々結婚を承諾してもらった。『その代わり、一つだけ絶対に命令を聞けよ』と言われた」
「その命令って?」
「その命令はセフィーナが死んで5年後に命令された。『未亡人になったルアンダ夫人と再婚しろ』とな」
「再婚はお祖父様からの命令だったの!?」
「ルアンダは、父上の友、ダン公爵の後妻だった。ダン公爵に何か弱みを握られてたか、カジノで負けたか……とにかく後見人になることを約束させられた」
(カジノで負けて後見人!?金持ちの考えることは分からないわ)
「父上はそれを再婚という形で私に押し付けてきたのだ。驚くのはそれだけじゃない。ルアンダはセフィーナの姉だ」
一瞬、頭が空っぽになった。
「お父様?もう一度お願いします」
父は茶色の前髪を掻きあげ、イスの背もたれに身を委ねた。
「ルアンダは、君の叔母に当たる人だ。セフィーナにとって彼女は意地悪な姉だったが、君にとっても……だろ?」
(もしかして、ルアンダ様に泣かされたことを知ってるの?)
思わず身構えて、父から後ずさった。
「聞いてくれ。ルートビルズの愚図な両親は、長女のルアンダが16歳の頃、貴族学校を中退させて40歳年の離れたダン公爵の元へ後妻として嫁がされた」
私は頭の中で整理することにした。
実母のセフィーナと継母のルアンダは姉妹で、ルアンダは私の叔母。
強欲な両親のせいで、ルアンダは年の離れた公爵家に後妻として嫁いだ。ダン公爵が亡くなって未亡人になった。そして、アリアベルを連れて父と再婚。
(アリアベルと私は、いとこ同士だったってこと!?)
「なぜ、アリアベルはダン公爵の娘なのに、公爵家に残れなかったの?」
「答えは簡単だ。実の娘ではないからさ。そもそもダン公爵の髪の色は黒で、ルアンダは赤茶色。金髪のアリアベルが生まれるはずがない。だから追い出すことが容易かったんだ」
「では……アリアベルの父親は!?」
「さぁ、誰だろうな。父親候補は複数いるからな」
「う〜ん……」
(いつも自慢げなあの子は、その事を知っているのだろうか?)
「あの女がここへ来て6年……6年だ。……すまない。6年も気がつかなくて……君を助けられなくて……全く、情けない!!」
父は膝をパシンと強く叩き、奥歯をギリリと鳴らしながら眉間を歪ませた。
「お父様……」
「本当に……もし、あの頃に戻れるならすぐさま君を助けて、あの女とはすぐに別れてやったのに!!」
父の言葉でルアンダに受けた愚行が頭の中で蘇り、その理不尽さに鳥肌が立った。
「つらかったろ?」
心の奥底にしまい込んでいた箱にひびが入ると、涙がひとすじ頬を伝った。父はハンカチを取り出し、私の目にそっと当ててくれた。
「ルアンダ様に『あの女に似て、とても醜い』と何度も言われました。どうしてこんなにお母様が憎いのか。似ているだけでどうしてこんな仕打ちを受けるのか?私が勉強の質問が答えられなかっただけで、先生はしつこく叩き、それを見ていたルアンダ様に何度も土下座をして謝って、ポーションを貰う」
「くっ……あの女!!」
「可愛がるアリアベルに比べて、『華がなくてみっともない』とか、散々比較され続けて、いつの間にか感情を表に出さなくなりました」
「何もしない、何も言わない、反応しないようにずっと自分自身を守っていました。そしたら、いつの間にか小石のように心が固くなっていました」
「だが……大人しかった君が最近になって変わった。何がきっかけだったんだ?」
「夢です」
「夢?」
「前世の夢を見るようになってから、前世のわたくしがどんな娘だったか、何を願っていたのか、何を欲しがっていたのか、分かったんです」
「何を欲しがっていたんだ?」
「友だちです」
「彼女もわたくしも友だちがいなかった。つらかったけど、彼女は父親とお婆ちゃんが大好きな子で、普通に恋もする、普通の女の子でした」
「……女の子」
「友だちも作れないまま死んでしまったから、今世で叶えてやろうと思ったんです。だから、初めに前世の自分に似た侍女のミリーと友だちになりたかった」
「それであの娘をお付にしたんだな?」
私は頷いた。
「ミリーは、わたくしのことを褒めてくれたんです。私は弱い立場の人を気遣う優しさと守る勇気があると。それが私の魅力だと。だから自信を持っていいと言われました。ソフィア・ルド・シルヴァントは前世の記憶が蘇ったからきっと変われたんだと思います」
「なるほど、前世の記憶か……そういうこともあるのだな。君は確かに変わった。こればかりは信じざる得ないな」
私は一番言いにくい質問を父にぶつけてみた。
「お父様は、ルアンダ様をどう思っていらっしゃるの?」
「……あんな女どうも思っていない。だが、父上の約束を無下にすることはできなかったから、今まで我慢していたのだが、それももう終わりだ」
「終わりって……。どういう意味ですか?」
「お前がこん睡状態になった一週間後に、父上は急死した」
「えっ!?」
「食事中に牛肉を喉に詰まらせて窒息したらしい」
「窒息死……」
「昔から食い意地だけはあったんだ」
実の父親が死んだというのに、淡々と語る父が渇いた親子関係だったと想像するだけで胸がチクッと痛んだ。幼少期の父はどんな風だったのだろう……。
「今は相続の件で慌ただしいが、弟のルーベンスに家督を継がせるつもりだ。私はこのまま領地経営を続けることで互いに合意した。そして、既にルアンダとは離婚が決定された」
「決定!?離婚がですか?いつの間に……。ルアンダ様はそれで納得したんですか?それに、アリアベルは?」
父は私の頭を撫でながらも、少し仄暗い目つきをしていた。
「離婚を納得させるのではない。命令だよ。彼女はすでにここより遠い場所にいる」
「遠い場所って?」
「そのうち話す」
「ソフィア。君にはこの家に居てもらって、婿養子をもらってほしい」
「いきなりですか!?今日はいろんなことがありすぎて、気持ちが混乱していて……すみませんが、もう少し頭を休ませてください!」
「ふふっ。すまない。少々せっかちすぎたな……。もしも、いろいろと落ち着いたら今度ふたりで遠乗りでもしよう」
「ふたりで?」
「ああ、ふたりでだ」
「うん!行ってみたい」
父は私を優しく抱きしめてくれた。体からほのかにムスクの香りがする。父の体温の心地よさと大きな手で包み込む感じが大好きだ。
「最初は、色々びっくりしたけど……互いに血は繋がってなくても、わたくしは、これからもずっとお父様のことが大好きですから!」
この歳で『大好き』は勇気がいるけど、それでも伝えたかった。少しでも父の渇きや虚しさを潤し温めたかった。
――大丈夫。ずっとそばにいるから。
父の手がピクンと動いた。
「あぁ……そうか。私だけの可愛い娘。私はずっとお前を愛しているよ」
父の『愛している』の言葉は、私だけではなくお母様にも言っているような気がした。
父は私を更に強く抱きしめた。
次は木曜日に投稿しますので宜しくお願いします!




