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12. ルアンダの地獄(1)

性的または暴力的なシーンがありますので、ご了承下さい


――バシン!!


地下牢に響く鞭の音。


「はぁ、はぁ……ど……どこまで……知ってる……の?」


私は脂汗を掻きながら、死にかけた蛙のように濡れた地面に這いつくばり、ルーディウスを見上げた。


彼はお面のような笑顔で答えた。


「全てだ。全て調べはついてる」


ざらついた石畳に立つ彼の黒い革靴に、私は震える指先を伸ばした。


しかし、彼の靴は私の手を無情にも踏みつける。


「うっ……!!」


「傷を治したかったら土下座をしろ。すみませんでした、私が悪かったですと、100回謝るんだ」


「何ですって!?」


(なっ!?……私がソフィアにさせたことをやれと?)


「ちゃんと謝ったらこのポーションをくれてやる」


彼はポケットからポーションをちらつかせた。


(何でこんなことになったの?何が間違っていたと言うのよ?ねぇ……神様答えてよ。誰か……誰でもいい、私を助けて!!!)



*****


思い返せば、私の人生は最悪だった。


小さな頃から強欲な両親の顔色を見ては媚を売り、愚鈍な妹のセフィーナを生贄に陥れ、貶すことで私は打たれずに助かっていた。


それなのに、不幸にも貴族学校を16歳で中退させられ、50半ばのダン公爵の元へ後妻に入ることが決まった。


両親は前払金を手に涎をすする。

まるで売られる前の豚のようだ。

自分の人生を全否定したかった。


ダン公爵家は、うちの屋敷よりも倍の広さで、見るもの全てが豪華絢爛だった。


嫁入りをした私は、初めにダン公爵が描いた数点の絵画や芸術品をやたら見せられた。その間、従者や私兵の明らかに下に見るような物言いと、やたらいやらしい視線に晒されながら、私は我慢を重ねた。


そして初夜。その日から地獄が始まった。


変な薬を飲まされ、耐えがたい苦痛に悲鳴を上げては、潰れたトマトのようにぐちゃぐちゃにされ、これでもかというほど尊厳を砕かれ、潰れた蛙のように這いつくばって動けなくなった姿を彼は美しいと言い、鼻を膨らませ興奮しながら、筆を動かしキャンバスに私の姿を描き映した。


それが毎晩……毎晩行われた。時には日差しの差し込む執務室で襲われたこともあった。護衛たちにじっと凝視されるなか、整えた髪を乱され、値の張るドレスを破られ、死にたいぐらいの屈辱に晒され、下唇から血が出た。


――ダン公爵は、最低でしつこいマムシ野郎だった。


「逃げよう!!」


あの臭い変態野郎には、もう耐えられない。私は翌月に王宮で開催される建国記念パーティーの時に脱走を図ろうとした。


私はいろんな殿方とダンスを踊りながら、途中でトイレへ行くふりをして、そこで待機させていた侍女の服を脱がせ、それを身に纏った。ドレスとかつらをつけた身代わりの侍女には、その辺を彷徨かせ、私は業者専用出入り口へ走った。


素早く荷台に隠れて、そのまま王宮を出たまではいいが、途中でダン公爵の護衛達によって見つけられ捕まってしまった。


侍女が私を裏切ったのだ。


私は護衛たちにそのまま王都にあるタウンハウスの地下牢へ連れて行かれた。猿轡を噛まされ、両手には鎖を繋がれた。そこで待機していた私兵たちに私は何度もムチで叩かれ、声が枯れるまで泣き叫んだ。


――バシン!!


薄暗い地下牢には私の悲鳴と、鞭の音しか響かない。


松明の火は、椅子にゆったりと腰かけ、ワインを楽しみ、舌を舐めるダン公爵を不気味に照らしていた。


悪魔がそこにいると率直に思った。


自慢だった白い肌は服ごと裂け、辺りには血と尿の匂いが漂っていた。髪も乱れ、涎を流しながら気を失いかけたとき、奴は頬を赤く染めながら、またしても素晴らしいと言いながら、その無惨な姿をキャンバスに描き写した。


それからというもの、機会をうかがって何度も逃亡を図るたびに、地下牢へ引きずられ、酷く暴行された。


助けてと血を吐くほど叫んだのに、神は私を見ないふりをした。



――地獄の生活から1年後。


セフィーナは貴族学校へ入学したと、実家の侍女から手紙が届いた。


私は耳を疑った。


絶対に許せなかった。セフィーナが幸せになることはあり得ない。何故なら私が地獄のど真ん中でもがいているからだ。


私は侍女に手紙を書き、セフィーナのことを逐一報告するように頼んだ。


手紙によると『魔力なし』のセフィーナが貴族学校でのけ者にされることは予想していた。だが、2人の男性の間でチヤホヤされていると聞き、手紙を破り捨て、側にあった花瓶を叩き割り、椅子を掴んで窓ガラスを叩き割った。


「セフィーナァァァーーー!!!」


焼け石を丸飲みしたかのような、息もできないほどの憎しみと嫉妬にもがいた。すぐさまセフィーナを同じ地獄へ引きずり込むために、私は計画をはじめた。


まず最初に私は父親に手紙を書いた。


『ベルジーノ公爵は若い愛人を探しています』


地獄からの手紙を私は愚図な両親に送った。


****


――地獄生活から3年後。


私の作戦通りに動いた愚図たちはベルジーノ公爵の愛人としてセフィーナを売ったと侍女から手紙が届いた。


「やっと……やっとだわ。セフィーナも地獄へやっと来るのよ。待っていたわ。私と同じ苦しみをたっぷり味わえばいいのよ。ひとりで幸せを勝ち逃げするなんて許さないんだから!!」


変態の旦那の色に染められた私は逃げる気力さえ失った。既に身も心もヘドロの沼にどっぷりと浸かった私は、醜い毒蛙のように郷に従った。


春頃、私にお付きの侍女が新しく入ってきた。


年は16歳。なんの苦しみも知らなそうな素朴な顔をしている。


(この子……雰囲気がセフィーナにそっくりね)


すぐに思いついた。ルートビルズ家で培ってきたやり方で、旦那様の顔色を窺い、罠を張って、この子を貶めるの。そして、私の代わりに鞭で打たれてもらうわ。それをみた旦那様は、さぞ興奮するでしょうね。


この子は私の『身代わり1号』よ。


その数日後。思惑通り、旦那様の部屋であの子の悲鳴が聞こえた。その若々しい悲鳴を讃美歌のように聞きながら、私は隣の自室で鼻歌交じりで爪を研ぐ。


「変態の好みは把握済みなの」


意気揚々としているときに、実家の侍女から手紙が届いた。


『ルーカス・バルトニール子爵が邪魔をしてベルジーノ公爵に違約金と前払い金を全額支払った。セフィーナはルーカスと結婚する予定』


信じられない手紙が届いた。私よりも先に、幸せになろうとしている妹。


(……許せない!!)


「暗殺者でも雇ってセフィーナをなぶり殺してやろうか……いや。死んで終わりにするよりも、大切な人を殺したほうが苦しいに違いない」


私はルーカスを殺害する計画を立てた。


まず、最初に人殺しを頼めそうな、ごろつきを探さなければならなかった。


それにはこの屋敷から出なくてはいけない。協力者が必要だった。


そこで、私は護衛騎士に相談し、金を握らせた。しかし、彼は金だけじゃ不満だったようなので、私は彼の手を握ると、裾の下へと誘導した。


****


旦那様が身代わり1号と楽しんでいる間、私と護衛騎士は平民街へ足を運んだ。私のフードの下には旦那様からもらった宝石類や金を携えて。


私がまず向かった先は、ごろつきが日頃集うという危険な路地裏の酒場だ。


「酒を飲みに来たルーカス・バルトニールに睡眠薬を飲ませて、寝たところを殺して欲しいの」


奴らは笑顔で承諾した。


「決して、他の奴らに見られないように。宝石類はすぐに闇市場で換金した方が良いわ。足がつかないようにしてね」


「へへっ、任せてください。ちゃんと仕事はきっちり果たしやすから!」


私は重たく膨れた小袋をそっと手渡した。


どぶのような笑顔、抜けた歯、臭い息。私は醜悪な旦那様で慣れてしまった。



****


ルーカス・バルトニールは死んだと報告がきた。


セフィーナを絶望の底へ突き落とした爽快感に私は身を震わせていた。


「ふふふっ!ざまぁああーーみなさい!!自分だけ幸せになろうとするから罰が当たったの。そうよ。私も地獄の檻の中にいるのだから、貴方もこの屋敷に来たらいいんだわ!」


私は旦那様に哀れな妹をここへ住まわせてほしいとお願いをしようと考えた矢先だった。


お付きの侍女が私に手紙を運んできた。


『シルヴァント公爵家にセフィーナが保護されている』


侍女から届いた手紙を読んで、私は細かく破り捨てた。手紙を運んだ侍女を鞭で思い切り叩き、蹴り飛ばした。気が晴れるまで蹴り続けていたら、その侍女は頭から血を流し、動かなくなった。


私は転がった侍女を跨いで、急いで旦那様の元へ駆け寄った。シルヴァント爵家にいる哀れなセフィーナをぜひ家へ呼び寄せて欲しいと頼み込んだ。


――数日後、旦那様から出た言葉は、『無理』だった。シルヴァント公爵は旦那様の友人らしく、セフィーナには長男ルーディウスとの間に出来た子が身ごもっており、友人とは言え無理だと断られたらしい。


(セフィーナ!!どうしてもひとりだけ、幸せになろうとするのね!!)


むしゃくしゃした私は、新しいお付きの侍女を入れて欲しいと旦那様に頼んだ。



****


――地獄生活から8年後。


セフィーナが勝手に病死した。


「ざまぁみろ!!幸せなんか、続くもんじゃないのよ!」


私はすっかりヘドロの沼の住人になっていた。


妹は死に、新たな命がここに宿っている。大きく膨れたお腹にそっと手を当てる。


セフィーナが死んですっきりする予定だったのに、何故か、張り合いがなくなったぼけ老人みたいになっていた。


そんな気の抜けた妊娠生活。


この子が誰の子なのか、私の傍にいる護衛か、若い従者かそれとも、あの可愛い私兵か……。


私は年を重ねるごとにこの体と美貌を使いまくって、ここの屋敷の男どもを掌握してきた。そうやって生き延びてきたのだ。


それが妊娠した。


私は、去年の秋に旦那様に妊娠したことを告げた。


旦那様はしばらく黙っていたが、『出て行け』とは言ってくれなかった。


旦那様の興味はすっかり私から『若い身代わり侍女』へ向いているからだろう。


それが分かると、私は堂々とここに居座ることにした。


****


――地獄の生活から12年。


私の愛娘、アリアベルが生まれてから5年の月日が経ったある日、旦那様が亡くなった。


96人目の『身代わり侍女』を裸で縛り上げている時に、興奮して心臓発作で倒れてしまったらしい。


――ヘドロ沼のマムシ野郎が死んだ。


私兵たちは大騒ぎをして、なんとか地下牢から寝室へと運んだらしい。


私は彼が死んだらやりたいことが一つだけあった。


私が可愛がっている私兵たちに彼のコレクションルームからキャンバスの山を園庭に運ばせた。


その数、大小合わせて、計5300点。全て旦那様が油絵で描いたものばかり。


どれも皆、暴行や折檻され、心が砕かれ倒れた女性が描かれていた。この中に私の絵も混ざっている。


山積みになったその絵に私は指を鳴らし、火をつけた。


――ゴゴゴゴォォーーー!!


油絵につけた火の勢いは凄まじく、大火と共に薄気味悪い黒煙が空高く昇っていく。


こんな日が来るなんて夢にも思わなかった。


地獄にも出口があるのだと知った時、妙に足元が浮いた気分になった。


出口に立った私はすっかり身も心もヘドロに汚染された毒蛙そのものになっており、元の綺麗な私には戻れなかった。


毒蛙が広い世界に追い出されて、一体何ができるというの?


私はアリアベルの小さな手を握りながら、背丈より高く燃える炎を黙って見つめていた。



❇❇❇❇❇



ダン公爵の葬儀が終わった後、長男と次男は案の定私たちを家からすぐに追い出した。


しかし何の因果か、捨て猫を拾うかのようにシルヴァント公爵が私たちの後見人となった。そして、いきなり長男のルーディウスと再婚することを命じられたのだ。


「ルーディウス・ルド・シルヴァントって……セフィーナの元旦那!?」


(何という奇妙な巡り合わせなの!?セフィーナの元旦那と再婚するなんて!!)


何故保護を引き受けることになったのかシルヴァント公爵に尋ねると、賭けに負けたからという下らない理由からだった。


ルーディウスは年上でもなく年下。私はゾクゾクした。


実際顔を合わせると、彼は実にスタイルの良い小綺麗な男だった。


鼻筋が通っていて、薄い唇。

髪は平凡な茶色だが、清潔感がある。

眉間に皺を寄せ、鋭い目つきをしていた。


服の着こなしもきちんとしていて、だらしないことが嫌う潔癖症な男に見えた。


ただ警戒心が強く、見えない壁があり、こちらを鋭く見据え、私に決して心を許すタイプでは無さそうだ


結婚して、初夜を迎えた夜。


私はいつものセクシーなネグリジェを身に纏い、ベッドの上で彼を待っていた。


だが、彼が部屋に入るなり、彼は汚いものでも見るかのように目を細めた。


『私は君を愛する気はないし、夫人としての務めなどしなくてもよい。ただ、そこで息をしていればいいのだ』


彼はそのまま部屋を出ていった。


初めて体を求められなかった。毒蛙の私は、まるで価値がないと言われている気がして、負けたような気分になった。


ヤケになった私は、何度も彼を誘惑し陥落させようとしたが、まるで鉄の扉のようにびくともしない。


睡眠薬を紅茶に入れたりもしたが、勘の鋭い彼は異変に気が付き、ティーカップを私に投げつけた。すべて白状すると、彼は無言で部屋を出て行った。


私はターゲットを変更した。


セフィーナに生き写しのソフィアをたっぷり可愛がって、これまでの鬱憤を発散させようと。


もしかして神様は、地獄を出た祝いの品として、ルーディウスではなく、『ソフィア』という生贄を私に下さったのかもしれない。


そう思うとゾクゾクした。


私はソファーに寝ころんで、天に向かって両手を広げた。


「きっとそうよ。神様がくれたご褒美は、あの子なのよ!!」


10分後に投稿します

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