13. ルアンダの地獄(2)
暴力的なシーンがあるのでご了承下さい。
波打つようなモカ色の髪。
アクアマリンのような瞳。
柔らかな頬は白く、お人形のように整った顔立ち。
小さかった頃のセフィーナそのまま。
私はルートビルズ家から、3人の侍女を呼び出した。サラ、ニコラ、レインの3人は私と同い年の侍女で、とても私と気が合う。
実家にいた頃は、よく4人でセフィーナに嫌がらせをした思い出がある。
シルヴァント公爵家に来てからは、私の味方が全くいなかった。なので、押しかける形でルーディウスに何とかサラ、ニコル、レインを屋敷に入れることに成功した。
『これで少しは動きやすくなるわ!』
あの3人がこの屋敷に来た時には、まるで旧友と再会したかのように喜び合った。
「ここにセフィーナの忘れ形見がいるのよ」
「なるほど、ルアンダ様!そういうことでございますね」
サラたちが悪そうな目つきでニヤついた。
「そういうことよ。今からゾクゾクするわ!」
セフィーナが死んでつまらなかったから、まるで新しい目標を見つけたような、ワクワクが止まらなかった。
まず3人がしたことは、うちの愛娘アリアベルを思い切り可愛がりをして、母親のいないソフィアを貶すことから始まった。
「アリアベル様は華があって可愛らしいのに、ソフィア様は品もなく地味ですわね」
「アリアベル様に比べたら、ソフィア様は出来損ない」
トドメに私はあの子に言ってやった。
「あの女に似て、醜い子ね」
ソフィアの顔色がどんどん悪くなり、涙目になっていく様子が楽しくて、私の心が綺麗さっぱりと晴れた気がした。
更に、私はソフィアの家庭教師レビンにお金を握らせ、厳しく体罰を与えてくださいと、頼んだ。蛾のように私の魅力に惹かれたレビンは、二つ返事で喜んだ。
――ビシッ!!ビシッ!!
スカートの裾を上げ、ふくらはぎに何度も小さな鞭で叩きつける。
皮膚がめくれ、血が滲み、ミミズ腫れができても、先生の手は止まらなかった。
小さな肩を震わせながら、黙って耐えるソフィア。
私は彼女の目の前で、ポーション入りの小瓶をちらつかせた。
「今度からは、答えを間違わないように必死に勉強することね」
すると、ソフィアは素直に頷いた。
あの子の柔らかな頰を殴りたい衝動に駆られて、私は力任せに平手打ちをした。
――ガダン!!
床に倒れ、目を丸くして青ざめるソフィア。
「間違えてごめんなさい、許してくださいと100回私に謝りなさい。そうしたら傷を治してあげる」
間違えてごめんなさい、許してください。
間違えてごめんなさい、許してください。
間違えてごめんなさい、許してください。
間違えてごめんなさい、許してください。
ソフィアを床に座らせ、額を床に擦り付けさせ謝らせた。それを100回。丸まった背中を私はヒールで何度も踏みつける。
子供の背中は柔らかく、いじめがいがあった。私はこの子を踏みしめる度に、体の毒素が浄化していく気がして、天に昇りそうな爽快さを味わった。
(セフィーナ。あんたの愛しい子供が私に平伏しているわよ。あんたの業を子供が受け継いだのよ。ふふっ!)
私は約束通りに彼女にポーションを与え、傷を治した。
「いい?このことをお父様にバラしたらダメよ?バラしたら、あなたのもとに地獄の使者が来るわよ?」
6年もの間、私はじっくり『ソフィア』を楽しんだ。ソフィアは道端の石ころのようにだんだん地味に大人しくなっていった。アリアベルには眩しいぐらいの贅沢をさせた。
アリアベルを羨むような寂しい表情をするソフィアを見るのが、私のこの上ない喜びになっていた。だが、まだ足りない。まだ満たされない。
――ソフィアは私の玩具になった。
❇❇❇❇❇
ソフィアが突然変わったのは最近のことだった。あの木偶の坊が父親にお付きの侍女をねだったのだ。
ソフィアが自ら動くことは初めてだった。
それから子供のお茶会でマルクスとトラブルを起こし、お茶会が中断。
その時、『あなたのような人は嫌いです』と、自分の気持ちを周囲に聞こえるように、はっきり伝えたという。
しかも、あのルーカスとアリアベルにまで説教をしたというのだ!!いつも大人しいあの子が!!
私はソフィアが突然変わってしまった驚きと、妙な胸騒ぎで不安になった。
「私のおもちゃが意志を持つなんて――あり得ない」
だが、しばらくして神は私の味方をした。ソフィアに天罰が下った。マルクスに腹を刺されたのだ!!
護衛の男に屋敷に運ばれたソフィアは真っ赤な血を垂れ流していた。川に捨てられた人形のように惨めたらしく、その傍で田舎娘が泣いている。
「ふふふっ!似つかわしくないことをするからそうなるのよ」
シルヴァント家が混乱し、大騒ぎをしているさまは、実に楽しかった。
潔癖なルーディウスは見たことないぐらいに取り乱しているのも愉快だった。
医者を呼び出したが、医者は首を横に振るだけだった。ルーディウスは別の医者を呼ぶことにしたようだ。
❇❇❇❇
ソフィアが昏睡状態になってから1週間後、シルヴァント公爵が急死したと早馬が来た。
死因はステーキ肉を喉に詰まらせた窒息死。思わず、私は笑い転げそうになった。
領地内に訃報を知らせる鐘が鳴り響く。その鐘の響きを聞いて私は気分が高鳴った。
(いよいよ私も新当主の妻になるのね)
屋敷内の侍女や従者は執事の指示のもとテキパキと葬儀の準備を行う。
「父上がいる王都へ行くぞ」
私は陰湿なルーディウスと共に、王都へ向かう馬車に乗り込んだ。
****
タウンハウスでは訃報を聞いた親族とやらが大勢集まって来ていた。中には私のことを毛嫌いする奴らもいた。
ルーディウスは長男だから当然、新当主になる。お飾りな私も、とうとう公爵夫人として確固たる地位を手に入れるのだ。
私は冷たい視線を蹴散らすかのように、堂々と胸を張った。
ルーディウスとその弟ルシウスは、専属弁護士と打ち合わせをするからと言い残し、執務室へ籠ったきり出てこなかった。
除け者になった私は、自室へ戻り、ソファーにドサリと寝転んだ。
「ふふっ!天国行きの豪華客船に乗っている気分だわ」
私は侍女に紅茶とありったけのケーキを用意させ、私の足の爪を研ぐように命じた。
❇❇❇❇
しばらくして私たちは、王都にあるマルコス聖霊堂へ行き、大規模な葬儀が執り行われた。
そこには国王代理である第一王子のアンダルス・フォン・シルベウスを筆頭に王族や上級貴族が勢揃いし、葬儀に参列していた。
(さすがに王族はキラキラしていて品があるわね)
ステーキ肉を詰まらせて死んだ哀れな男に、神官たちの美しい賛美歌が降り注ぐ。
(ふふっ!馬鹿みたい。まるで喜劇だわ)
私は笑いを堪えるのに必死だった。
その後、私たちは馬車に乗り込み、間抜けな遺体とともに領地へ戻ることになった。
――その移動中。
馬車の中でルーディウスはとんでもないことを言った。
「父上は亡くなった。よって、お前とは離婚をする。お前には拒否権はない」
「はぁ!?」
一瞬、頭の中が真っ白になり、思考が止まった。
「待って。どういうこと?意味が分からないわ!!」
「お前との結婚は父上からの命令だった。だが、その父上が死んだ。なので命令を守る義務がなくなった。馬鹿でもわかることだが?」
冷徹な声と睨むような鋭い目突きが、私の胸を抉った。
そう言えば、この人は最初から私のことを汚いものでも見るかのような顔をしていた。
「嫌よ!絶対に離婚なんてしないわ。せっかくあなたが新当主になるのに、何故離縁しなくてはならないの!?」
「お前に拒否権はないと言ったはずだが?」
彼からは憎悪のようなオーラが漂っている。
「そっ……そうよ、マリアベルはどうなるのよ?あの子が可哀想だと思わないの?」
「あの子には選択肢を与える。ダン公爵の親戚に預けるか、ここに残るかをな」
「じゃあ、私はどうなるというのよ?」
「そうだ。君にはぜひ来てもらいたい場所があるんだ!」
今まで見たことのないほどの色気のある笑顔を見せた彼は、いきなり私の髪を乱暴にぐいっと引っ張った。そして、私の両手を背中で捻り、身動きできないようにしたのだ!!
「きゃっ、痛い!!ちょっと何を――」
いきなり漂白剤のような匂いがするハンカチを鼻と口に当てられた。
「ぐうぅーーー!!!」
私は必死になってもがき抵抗した。
「しばらく休んでろ……この悪魔め」
❇❇❇❇❇
――懐かしい、かび臭い匂いがする。
――冷たい石畳の上?
――目が開かない……。
遠くでネズミの鳴き声が聞こえる……。
頭にガンガン響くような鉄の音。
――バシャン!!
冷たい水が体にかかった?
私は意識を取り戻すと、くらくらした頭を抱えながら、辺りを見渡した。
「……ここは?」
長い脚を組んで平然と座ったルーディウスがそこにいた。だが、一瞬、後ろにダン公爵の影が映った。
「はっ!!旦那様!?」
「誰が旦那様と呼べと言った」
いつの間にか肌着姿になっている。重い鉄の鎖が手足につけられ、首には魔力防止の腕輪がつけられていた。
「どういうつもり?」
「君が気を失う前に言わなかったかな?君に来てもらいたい場所があると。……それは地獄だ」
「!!!」
後ろにいる側近が、ルーディウスに分厚い資料を手渡した。
「ルアンダ・ルートビルズ元令嬢。貴様は昔、3人の侍女たちとつるんで妹のセフィーナに対して日常的に虐めを行っていたな?」
「はぁ?それ、いつの情報ですの?」
すると、レイン、ニコル、サラが幽霊のように私兵に連れてこられた。彼女らは既にぐったりとしていて、覇気がない。
「こいつらが全部白状した」
「ふっ!まさか」
「嘘だと思うのか?」
「ええ!思うわ」
すると、ルーディウスは胸ポケットから白い液体の入った瓶を取り出した。
「これは自白剤だ。かなり強力なものだ。あまり飲み過ぎると精神障害を引き起こす」
私は拳を握りしめ、震える体を止めようとした。
「彼女らは白状した。セフィーナの愛し子であるソフィアを長年コソコソと痛めつけたこともな。金で他の侍女や従者たちを黙らせていたんだって?おかげで半分以上の侍女と従者を辞めさせないといけなくなった」
ルーディウスが握りしめた椅子の手すりがミシミシと音がした。
「お前、街へ出かけては、ポーションを定期的に買っていただろう。それを自室に隠していたな?」
「はっ!何のことだか?」
ルーディウスは私兵に目配せをした。
すると、レイン、ニコル、サラは奥の部屋へ連れて行かれた。次に来たのは、家庭教師のレビン先生だった。彼も同様、ぐったりと項垂れている。
「こいつは、お前と寝たと言っていたのだが?」
いきなりの返答に私はどう切り返していいか分からなくなっていた。
「こいつが言うには、ソフィアを叩けば叩くほど、お前が喜んでくれるという。だからやめられなかったと。家庭教師の役目が終わってもお前との関係を続けていたと言ってるが?」
「あんたのアレが役立たずだからよ」
すると、ルーディウスは鞭を手にした。
「酷い目に遭いたいらしいな?」
「フン!!」
「そう言えば、こんなものが見つかったぞ」
側近が大きな四角い白い包みを手にしていた。
「まさか……」
彼はその包みを剥がした。すると、ダン公爵が描いた私の醜悪な姿だった。
酷く冷たい地下牢の中、両手を鎖に繋がれ、服が開け、肌は線状の血がいくつも流れ、小便を漏らし、猿轡を噛まされ、涎を垂れ流している自分の姿絵だった。
「それは……それは、どこで……どこで手に入れたのぉぉーーー!!!」
鎖の冷たい音がうるさく鳴り響いた。
私はルーディウスが持っているその油絵に飛びつこうとしたが、手枷がきつくて身動きができない。
「お前がまだ若い時の絵みたいだね。ダン公爵はこんな性癖の持ち主だったとは知らなかった」
虫けらをみるような目で、ルーディウスがニヤリと笑った。
「ソフィアがお前に虐げられてから6年経つ」
「……なによ」
「6年だ……。お前に6年分の鞭打ちのお返しをしてやる。この絵のようにな!!」
ルーディウスは両手で鞭を握ると、立ち上がった。
「嫌よ……やめて!!」
――あの頃の地獄が蘇る。
「お前への罰はそれだけではないぞ」
――バシン!!
「お前がごろつきにルーカスを殺すよう命じたのだな?」
――バシン!!
「そもそもお前が、愚図な両親にベルジーノ公爵が愛人を探していると教えたんだってなぁ!!」
――バシン!!
「お前が全て謀ったのだな?全てはセフィーナを不幸に陥れるために」
――バシン!!
「醜いのはお前の方だ!!」
――バシン!!
地獄のはじまり。流れている時間が、スローモーションで流れているかのように遅く、長く感じた。
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「はぁ、はぁ……ど……どこまで……知ってる……の?」
私は脂汗を掻きながら、死にかけた蛙のように濡れた地面に這いつくばり、ルーディウスを見上げた。
彼はお面のような笑顔で答えた。
「全てだ。全て調べはついてる」
ざらついた石畳から見上げる彼の革靴に、私は震える手を伸ばした。
しかし、彼の靴は私の指先を無慈悲に踏みつける。
「うっ……!!」
「傷を治したかったら土下座をしろ。すみませんでした、私が悪かったですと、100回謝るんだ」
「何ですって!?」
(……私がソフィアにさせたことをやれと?)
「ちゃんと謝ったらこのポーションをくれてやる」
彼はポケットからポーションをちらつかせた。
(何でこんなことになったの?何が間違っていたと言うのよ?ねぇ……神様答えてよ。私を助けて!!!)
読んでくださりありがとうございます!
次回は日曜日に投稿します。




