14. ソフィアの友達
――私が目覚めてから6日目の夜。
目覚めてからは、パタリと前世の夢は見なくなり、怖くなった私は、山中牧子として過ごした日々を日記に書き残しておくことにした。
このままだと、山中牧子だった頃の記憶はどんどん霞のように消えていってしまう。
小さな頃から眺めてきた藤丘町の町並み。
お婆ちゃんと歩いた下り坂と綺麗な夕日。
ほぼ毎日立ち寄った丸井スーパー。
ずっと住んできた小さな平屋の一軒家。
カウチソファーで缶ビールを飲むお父さん、洗濯物を縁側で畳みながら歌うお婆ちゃん、よくしてくれた隣に住む佐藤のおじちゃんとおばちゃん。皆でお鍋を囲んだキッチン。それに……傘を貸してくれた瀬尾くんの顔を忘れてしまうのが嫌だった。
(大好きだった人たちのことを、絶対に忘れたくはない)
それからというもの、毎日日記を書くようになり、楽しかった記憶、辛かった記憶、覚えている限りの記憶を全部書き残すことにした。
羽ペンを黒インクに浸しては、硬質なペン先を羊皮紙へ滑らせる。
❇❇❇❇❇
「あの……ソフィアお嬢様。夜も遅いので、今日は休んでください。毎日、一体何を書いていらっしゃるのですか?」
ミリーはベッドサイドのスタンドランプの魔石を取り替えながら、私に質問をしてきた。昏睡状態から覚めたばかりなのに、気になっていたのだろう。
「あのさ、……ミリーは前世の記憶ってある?」
ミリーはよく分からないといった表情で小首をかしげる。
「わたくしね。ここ最近、前世の夢を見ていたのよ」
「前世!?……っていうか、前世ってなんですか?」
「そうだねぇ〜。『前世』というのは、わたくしがここに生まれてくる前に生きてきた人生のことよ。輪廻転生って……まぁ、ここではあまり聞かないよね」
「うわぁ〜!そんなこともあるのですね。ちなみに私は前世の夢など一度も見たことないですね。寝たらすぐ朝になっています」
「それは、ミリーがたくさん体を動かして疲れているせいね。わたくしの前世はね、15歳の女の子だったの。学校に通っていてね。でも、同じクラスメイトに殺されてしまったの」
「酷い!!それはあんまりですよぉーーっとっと!!」
ミリーは危うく魔石を手元から落としそうになると、なんとか両手で掴んで魔石を落とさずに済んだ。
「ミリー。その魔石は割れやすいから気を付けてね」
「でもぉ~!!殺されたなんて、なんだか悔しいです」
「ありがとう。でもね、その前世の夢が今ではぱったり見なくなったのよ。だからこうして、覚えているうちに日記に書いているの」
私は日記の一部をミリーに見せた。
「あっ、すみません。私、あまり字が読めないんですよね……」
「それなら、7月の二人だけの誕生会のときに前世の話を聞いてもらおうかなぁ」
「えっ、ソフィア様。あれ本当にやるんですか」
「えっ、やろうねって言ったじゃない!!」
ミリーは頬を緩ませて、目を輝かせた。
「やった!二人だけの誕生会。ソフィア様、楽しみにしています」
❇❇❇❇❇
――3週間後。
薄曇りの午後、突然雨が降り始めた。私は明けっ放しにしていたベッド近くの窓を急いで閉めようとした。
昏睡から目覚めた私は、すっかり元通りの動きができるようになった。だが、父にはまだ休むようにと言われている。
ふと、外に目をやると園庭には青紫やピンク色の色鮮やかなアジサイが見ごろを迎えていた。
「わぁ〜。遠くから見るとカラフルでとても綺麗ね」
外はミストのような柔らかな雨と土の匂い。私は窓辺からそっと手を伸ばし、冷たい感触を楽しんだ。
――コンコン。
「ソフィアお嬢様、お手紙が届きました」
ミリーが3通の手紙を持ってきてくれた。
「あっ、四つ葉の会からだ!」
差出人の名前はそれぞれ偽名を使っている。
私は急いで窓を閉め、手紙の蝋封をレターナイフで切ると『リリーから』と書かれた手紙を読むことにした。
『マキコ様、お元気にしてますでしょうか?私は、最近、お祖母様からレース編みを習っております。私は手芸が大好きで、部屋には自分が作った縫いぐるみや、刺繍のクッションカバーなどたくさんあります。マキコ様は手芸がお好きでしょうか?最近出来た私の作品の一つをプレゼント致します。気に入ってくれたらいいのですが……』
手紙の中に淡い色の糸で編まれた小さなレースのしおりが入っていた。
ミル嬢の手作りのプレゼントに嬉しさがこみ上げてくる。
「お礼の手紙を書かなきゃね!」
次に『ドリーから』と書かれた手紙を開けた。
『マキコ様へ。僕は今、魔道具作りにハマっています。これは親にも内緒です。僕の両親は領主に仕えるなら経理や経済学を中心に勉強しなさいと言ってきます。ですが、僕は魔法工学が大好きで、アイデアを出すのが得意です。今、こっそり超小型の飛行撮影機を作っているところです。マキコ様はどんな魔道具が好きですか?』
「これはハンスね。そうなんだ……。魔道具作りが得意なのね。意外!」
そして最後に『ビル』からの手紙を開いた。
『敬愛するマキコ様へ』
『マキコ様はどんな料理が好きですか?実は僕、食べるのが大好きで、こっそり調理場で料理を作ったりしています。主に僕はパン作りが好きで、料理長のリオンに弟子入りをしています。もちろん両親には内緒です。マキコ様、知ってましたか?パンには無限の可能性があるのです。酵母の種類や焼き加減によって変化するのです!マキコ様にも僕が作ったパンをいつか食べてもらいたいなぁ』
「これはグランからだわ!太っているのはよく試食しているせいなのね。パン作りか……。驚きね!」
「マキコ」宛で来た私の仲間からの手紙。まるで前世の私に届いた手紙みたいで、胸が熱くなった。
四つ葉の会は、仲間であり、友だちでもある。その事実が私には嬉しい。前世でもこんな風に気持ちを伝えあえる友だちが欲しかった。
――この手紙は私の宝物だ。
私はさっそく机に向かうと、羽根ペンと便箋を取り出した。
❇❇❇❇❇
――あれから1ヶ月後。
すっかり元気になった私は、外出できるまでになった。今日はレオンのお屋敷に訪れ、室内演習場で彼から水魔法の基礎を教えてもらっている。
「ソフィア嬢。お腹に集中して、血管を通して手のひらから魔力を出すイメージをしてください!」
「はい!!」
へその中心で温かな液体が体内で回ると、胸、肩、腕を通して、手のひらへ流動させる。
「ウォーターボール!!」
――ブクブクブク……ボコン!!
私の手のひらの上でサッカーボールぐらいの大きさの水玉が宙にプカリと浮いている。
「ソフィア嬢!?いきなり魔法名?詠唱は?」
「あっ!!言うの忘れてた」
ザバァーーン!!
集中力が途切れ、私の服はびしょ濡れになった。
「そうか!!『我に宿りし、水の力よ。一つに集い放出せよ』だった。今思い出した……」
レオンは肩を小刻みに震わせ笑いをこらえてるようだった。内ポケットから杖を取り出すと、私の濡れた服を乾かしてくれた。
「ふふふっ!ソフィア嬢は、詠唱無しでいけるのですから、ある意味凄いですね」
「すみません。長い詠唱を覚えるのがどうも苦手で……」
「いやいや、今のはそんなに長くはありませんよ?」
レオンと私は何回か会っているうちに、フランクに話せるようになった。
私がレオンの屋敷でこうして水魔法の練習をしているのには理由がある。
まず私が水属性であることを世間には、公表してはいけない。私が水属性だとバレると、土属性のお父様とは血縁関係がないことが知られてしまうからだ。
私が生まれる前、父は母と私を守るために、お腹の子は自分の子だとお祖父様に嘘をついた。この嘘はしばらく突き通さなければならない。
『どうか内密にしてくれ』
私が水属性と知っているのは、四つ葉の会のメンバーとレオン様とアレックス先生のみ。四つ葉の会のメンバーには事情を話し了解してくれた。
今、レオンの好意で彼の稽古場で水魔法を放出させてもらっている。
『これからは魔力を放出していかなくてはいけないよ?そうでないとまた体調を崩すからね』
命の恩人であるアレックス先生から強く念押しされていた。
「初めて魔法を出したのですが、不思議ですね。体内には魔力しかないのに、魔力が外に出ると水に変わるんですもの!」
「そうですよね。初めは僕も不思議に思っていました」
レオンは、指先に小さなつむじ風を起こした。
「レオン様はいつから風魔法が使えるようになったのですか?」
「う〜ん。僕が8歳の頃ですかね。僕、家の近くの森を散歩していた時に、1頭のウルフドックに遭遇しましてね、追いかけられた事があるんです」
「1人でですか?」
「いいえ、その時は侍女と一緒に必死に逃げました。必死で逃げて逃げて、捕まる直前で『あっちへ行け!!』と強く怒鳴ったら、体中の魔力が放出されたんです!」
興奮しながら話すレオンを、私は初めて見る。
「強い突風でウルフドックは木に打つかって逃げていきました。それが初めての風魔法でした」
「へぇ〜。すごい体験をなさったのですね!」
「ええ。ケガもなく無事でした」
小さかった頃のレオンを想像し、何だか可愛く思えてきて笑ってしまった。
「ふふふっ!『あっちへ、行け!!』ですか。詠唱どころか魔法名すらないじゃないですか」
「ちょっと、笑わないでください!」
レオンは耳が赤くなり、そっぽを向いた。これがレオン様の『素』なのだなと思うと、少しばかり親近感が湧いてきた。
「今のレオン様の感じ。一番自然で素敵ですよ」
「!!!」
レオンの耳が赤くなり、ピンク色の唇を指先でぎゅっとつまんだ。彼の癖だろうか。
「あっ……変なこと言って、ごめんなさい」
私は少し気まずくなって、額を掻きながら後ろを向いた。
(何言ってるんだ私!!そこまで親しくもないのに)
「……僕、四つ葉の会が羨ましかったんです」
「へ?」
振り返ると、レオンが私の手をがっつり握りしめた。
「もっと、ソフィア嬢が知りたい!」
慣れないシュチエーションに心臓がバクバクしてきた。
「……もっと知りたいというのは……。わたくしと友達になりたいということでしょうか?」
「……お願いします。僕はあなたと友達になりたい。君となら僕は……」
(……なんか、告白されている気分になるなぁ。これ一応、友だちとしてだよね?)
「あの……。レオン様と初めてお会いしたのは1年前ですよね?その時は、わたくしと友達になりたいと思ってましたか?」
「……正直、子供みたいに我儘なアリアベル様とは合わないなと思っていて、結構しんどかったのです。歳の差もありましたし。だからあの頃は、あなたと友達になりたいとか考えている余裕がなかったです」
レオンはまだ手を離してくれない。涼しい風が演習場を吹き抜け、白銀の長い前髪を揺らした。ちらりと見える菫色の瞳が飴玉のように透き通って見えた。
「僕は棘のある大輪の薔薇よりも、ネモフィラのような可憐で涼しげな青い花が大好きです!」
(ん?花の話?)
「あの……。え〜っと。では、レオン様。わたくしとお友達になってくださいますか?」
「はい!もちろんです。友達から始めましょう!」
レオンは頬を赤らめながら、満面の笑みを見せてくれた。
――これがレオンとのお付き合いの始まりだと、ソフィアには全く分からなかった。
最後まで読んでくれましてありがとうございます。
次回が最終話です。よろしくお願いします!




