最終話 ソフィア15歳の誕生会
長い雨の季節が終わると、セミが一斉に鳴き出した。青々としたカエデの木が風に揺れる7月の中旬。
拡声器を握りしめる父。
「えーーっ。皆様、本日は我が娘ソフィアの15歳の誕生日を祝うため、このようにお集まりいただき、心より感謝申し上げます。娘が健やかにこの日を迎えられましたのも、日頃より皆様から温かいお心遣いをいただいているおかげでございます。
まだ若輩の身ではございますが、これから一人の淑女として成長していく娘を、どうか末永く見守っていただければ幸いです。
本日は皆様と共にこの喜ばしい日を分かち合いたいと思っております。どうぞ心ゆくまでお楽しみください」
屋敷の園庭で私の15歳の誕生会が行われた。
ヘッジに飾られたブルーのリボン。
色とりどりのテーブルクロス。
華やかな卓上花。
真っ白な大きなケーキとご馳走。
ワルツを演奏する音楽隊。
他でもないお父様が、私のために色々準備をして尽力してくれた。領地内で働く貴族たちはもちろん、お茶会を共にした令嬢や子息達も参加していた。
お祖父様が亡くなってからまだ3ヶ月にも満たないのだが、父は私の15歳の誕生会を祝うことを頑として譲らなかった。
「それだけ溺愛されていると周囲に知らせるのは良いことではないか」
父に押し切られるような形で、私の誕生会を行った。
四つ葉の会のメンバーや、レオンも来てくれて、同じ丸テーブルで、軽食やアップルジュースやケーキを楽しんだ。
「これ、つまらないものだけど……」
ミルはお手製のクマのぬいぐるみをプレゼントしてくれた。クマはココア色のタータンチェック柄で胸には四つ葉のクローバーが刺繍されている。首には赤いリボンが付いていて、とても可愛い。
「すごく可愛い!ありがとう、ミル!」
「気に入ってもらえると嬉しいんだけど……」
「気に入ったわよ!ミルは手先がとても器用なのね。この縫いぐるみなら商売できるかも」
「へへっ、言い過ぎだよぉ〜!」
ミルが頬を赤らめて照れている。
「今度は、僕からのプレゼントです」
ハンスから、少し大きな箱を手渡された。リボンを解き、包装紙を取って中身をのぞいてみると、黒色の小型扇風機そのものだった。
「懐かしい〜。扇風機!!」
「えっ?センプウキとは、何ですか?」
(そうだった。扇風機は前世の家電。この世界に扇風機などないんだった!!)
「ご……ごめんね。で、ハンス、これは何かな?」
「えっへん!これはですね、暑い夏を過ごすために作られた魔道具です!」
ハンスは意気揚々と、それを箱から取り出した。
「変わった形ですね?」
レオンも興味津々だ。
「これはですね、雷の魔石を使うんです。ここに魔石をはめ込んでこのボタンを押すと、ここのファンが回ってですね……涼しい風が来るんですよ!」
「君、これ、すごい発明じゃないか!!」
魔法工学を学んでいるレオンがしきりに小型扇風機に見入っている。
「寝苦しい夜にこれを使えば、涼しくなるかもね」
「ハンスは昔から魔道具を作る天才だからな」
ミルもグランも感心している。
「もしかして、氷の魔石もつけたらもっと涼しくなったりして……」
私が呟いたら、ハンスが勢いよく立ち上がった。
「ソフィア嬢!それ、ナイスアイデアです!!でも、かなり難易度が上がりましたね」
「だったら、こうしたらいいんじゃないか?」
レオンとハンスが小型扇風機を持って熱く話し合っている。
(レオン様ってば、やっぱり前髪を短く切ると、イケメンだったのね……)
小型扇風機に夢中になっているレオンが髪を切った。
目を覆うように隠していた前髪と馬の尻尾のように長かった後髪をバッサリ切られて、さっぱりとしたショート姿になった。
紫色の綺麗な瞳とスッとした鼻筋に、小さな唇。小顔なところは中性的な美男子という感じに……。
おかげで、周りの貴族令嬢たちはレオンに視線が釘付けである。
「ソフィア嬢!」
「………」
「ソフィア嬢ってば!」
「あっ、はい。どうしましたか?」
「ソフィア嬢!俺からもプレゼントです」
グランはバケットの中から胡桃がたっぷり入ったパンを持ってきていた。
「胡桃パンだよ!俺が研究して作ったんだ。食べてみてよ!」
グランは長方形のパンを両手で持ってゆっくりと割って見せた。空気を含んだふんわりとした、白くきめ細やかなパン生地が左右に裂け、香ばしい胡桃の香りが広がった。
「そのパン、とても柔らかそうですね!」
ミルが目を輝かせている。
普通この世界のパンはバケットのような水分の少ない硬いパンが主流である。
グランの作ったパンは、日本の食パンそのものだった。
胡桃パンを皿に取り分け、早速食べてみる。
「あっ、この味。懐かしい!」
「懐かしい?ソフィア嬢は変なこと言うなぁ〜。これは俺が発明した画期的なパンなはずだけど……」
「ごっ、ごめんなさい、グラン。とにかく、とても美味しいわ。ありがとう!!」
「あまり日持ちがしないから、冷暗室にでも置いて、明日中には食べてくれよな」
「分かったわ!」
すると、カーティスとアリアベルが腕を組んでやってきた。
「お姉様、随分質素なプレゼントを貰っていますわね?」
今日のアリアベルはツインテールで、金髪のドリル巻きがバネのように揺れている。
「ちょっと、アリアベル。失礼よ!」
「アリアベル。まあ、良いではないか。ソフィア嬢がその程度のもので、喜んでいるのならば」
カーティスも、アリアベルに影響されたのだろうか?この2人は何処となく似ている。
実はルアンダがいなくなった日から、アリアベルは父から選択肢を迫られた。
❇❇❇❇
『お前の母親とは離縁した。そして奴は、とある罪を償うために遠い場所にいる。お前はどうする?今すぐ、ダン公爵の親戚にでも預けるの方が良いのだが……』
アリアベルは父の口から『ダン公爵』という名を出しただけで震え上がった。そして、腕をしきりにさすりはじめたのだ。
『あんな毒蝮みたいな奴の親戚の所なんて、わたくし行きたくないわ!!ねぇ、お願い!お父様、ここに居させて?わたくしはカーティス様と将来を誓い合ったの!!』
『君とは血縁関係はないんだよ?お父様と呼ばないでおくれ』
『そんなの酷すぎるわ!!』
『酷いのはお前のその傲慢な性格だ。日頃の行いを改めるなら、ここにいさせてやってもいい。そして、カーティスの所へ嫁に行ったら二度とここへは戻ってくるな』
『分かったわ!』
『それと、もうソフィアに口出しをするな。ソフィアを傷つけたと分かったその時点で、お前の籍を外す』
『分かったわ。誓う、誓うわ!』
『口ではなんとでも言える。だから、この魔法契約書に署名をしなさい』
『そこまでするの?』
『信用に値しないからするのだ』
こうして、アリアベルはこの屋敷に残ることになった。
❇❇❇❇❇
「アリアベル。友達が私のために手間暇かけてくれた贈り物というのは、とてもかけがえのないものなのよ。アリアベルも、その良さが分かる日が来ればいいわね」
諭すように言うと、アリアベルはトマトのように顔が真っ赤になった。
「行きましょう。カーティス様!!」
アリアベルとカーティスは、屋敷の中へと歩いていった。
「なんだか、あの2人お似合いだね」
「婚約破棄して正解ですわ!」
ミルとグランと私はこっそりと笑い合った。
「ところでレオン様は、どんなプレゼントを用意したのですか?」
ミルが興味津々に尋ねる。
「あっ!!ごっ……ごめん。ついハンス君の魔道具が気になって……。ちゃんと僕も用意したよ」
レオンは立ち上がると、私の後ろに回った。
「?」
レオンが私の首元へ手を回してきて、それから首筋でカチャリと音がした。ひんやりとした細い銀のチェーン。胸元を見ると、茶色くて、キラキラとした螺鈿色の粒が入ったものが飾りに埋め込まれている。
「何だか、綺麗なチョコレートみたい……」
「チョコレート?それは何でしょうか?」
(そっ……そうかこの世界にチョコレートはないのか……またやっちゃった)
レオンが軽く咳払いをして、話を進めた。
「これは土属性の加護がついたペンダントです。攻撃を受けた瞬間、土盾が発動します。これはソフィア嬢のお守りです」
「……水魔法はしばらく隠さないといけないみたいですからね」
私の耳元でレオンが囁いた。少し吐息がかかり、首筋がゾクッとした。
「レ……レオン様、擽ったいです……!!」
私は思わず、左耳を手で塞いで仰け反った。
「ふふふっ、ごめんね」
頬を赤らめて笑うレオン。
「でっ……でも、これは本当に助かります。レオン様、ありがとうございます!」
胸元の魔石がキラリと光った。
少し離れた場所から、音楽隊が音合わせをし始めた。バイオリン、フルート、ハーディ・ガーディ、小太鼓、肘袋パイプ、それぞれ準備が終わると、古くからこの地に伝わる民俗曲を演奏し始めた。
6/8拍子の軽やかなリズム。素朴でどこか懐かしい音色。
大人達は立ち上がって、輪になって陽気に踊りだした。軽やかなステップに笑い声が響く。
それを見た子息や令嬢たちも真似をして踊り始めた。
「ソフィア嬢。僕たちも踊りませんか?」
レオンが手を差し伸べた。
私は驚いて、ミル、グラン、ハンスと目を合わせると、彼らは勢いよく立ち上がった。
「僕らもやろうよ!」
「さあ、ソフィア嬢も立ち上がって!」
「手を繋いで、輪になって!」
「あっ……待って!!」
手を引かれるままに園庭の広いスペースへ行くと、互いに手を繋いで輪になった。スキップしながら回り出す。軽快なステップに足がもつれそうになりながらも、私は必死についていく。
2人で腕を組んでスキップしながら回ったり、腕の下をくるりと回ったりと、どんどん踊っていくうちに汗を掻き、頬が赤らみ、次第に面白くなっていく。
「あはははっ!」
「いいぞ、いいぞ!」
「もっと回れぇ〜!」
――薄曇りの涼しい風の中、園庭での華やかな誕生会は、ソフィアにとって忘れられない楽しい思い出の一部になった。
❇❇❇❇
――深い群青色の空に美しい満月が映える頃。
私は自室のテーブルにピンクのテーブルクロスにキャンドルスタンドを置いて、マーガレットの卓上花とレアチーズケーキと胡桃パンと冷えたレモネードを用意した。
「これで準備はいいかな?」
ここから私とミリーだけの誕生会が始まる。
脱衣室からミリーがやってきた。
「……本当に、ソフィアお嬢様の夜着を借りてもいいのですか?」
「だって、今日はお泊り会も兼ねているのよ?」
「まさか、私。このお部屋に泊まるなんて思っても見なかったから……」
恐る恐るソファーに座るミリーは恐縮しているようだった。
「やっぱり誕生日は特別感がないとね!」
「じゃあ……お言葉に甘えます……」
私はソファーに腰掛けて歌を歌った。
「♪ハッピーバースデー トゥーユー
ハッピーバースデー トゥーユー
ハッピーバースデー ディア ミリーとソフィア〜♪
ハッピーバースデー トゥーユ〜♪」
「おめでとう14歳のミリー!」
「ありがとう15歳のソフィアお嬢様!」
「ソフィアお嬢様、おめでとうございます!これは私からのプレゼントです!」
ミリーは、私にウサギの刺繍がついたハンカチをくれた。よく見ると、服を着た茶色いウサギが目を細めてニンジンを食べている刺繍だった。
「ミリー、ありがとう。なんだかこれ、前世のあれに似ているわね」
「あれって?」
「絵本のね、ウサギの物語の主人公に似ているのよ。懐かしい〜!」
「ソフィアお嬢様が喜んでくれるなら、嬉しいです!」
今度は私の番だと、ミリーに少し大きな袋を手渡した。
「これは私からのプレゼント」
ミリーは目を見開いて胸に手を当てた。
「わぁ〜!中身、見てもいいですか?」
「もちろん」
ミリーはワクワクしながら袋から取り出したのは、額に入ったミリーの水彩画と小さなネックレスだった。
「これが……私ですか?ちょっと凄い……可愛く描きすぎているのでは?」
「そうかな?結構、写実的に描いたつもりだけど……。実はね、前世のときから絵を描くのが好きでね、それで、ミリーがいない合間に描いたんだよ!」
「道理でお嬢様の爪の間が色づいていると思ったら、そういうことでしたか!」
(あら、つめが甘かったかしら!)
「ありがとうございます、ソフィアお嬢様!大切に部屋に飾らせていただきます!」
「そして、次にこのネックレス。これはね、悪意を寄せ付けないネックレスだよ。予約してから取り寄せるのに少し時間がかかったけどね。これは、光属性の魔力を溜め込んだ魔石を使っているの」
それを聞いたミリーは、飛び上がるように立ち上がった。
「なっ!!なんで、私にこんな高価な物を下さるのですか!?光属性ですよ?これってかなり希少な物じゃないですか!!」
「でもね……」
「『でもね』じゃありません!!こんな高価な物お返しします」
ミリーはネックレスを私に突き返してきた。
「受け取らないの?せっかく裏に『友達のミリーへ』って彫らせたのに……」
『お返しします』という言葉に失敗したと察した私は、深いため息をついた。
「ミリー……ごめんなさい。私……その、前世から慣れてないの。友だちにプレゼントをきちんとあげたことが今まで一度もなかったから、よく分かってなくて……」
「あっ……」
「ミリーのプレゼントだって、どれにしようかさんざん悩んだけど、それでも、何をあげようか考えることが楽しくて……。だけど、人を喜ばせるプレゼントなんて難しいね」
「あっ……いや……そうじゃなくてですね」
ミリーが私の傍に座り、手を握ってくれた。
「聞いてもいいですか?なぜ、このペンダントを選んだか」
ほんのり涙目の私は、顔を上げてミリーの顔を見た。彼女の目は真剣そのものだった。
「……ミリーが、ルアンダ様のお付きの侍女達から嫌がらせを受けていたから」
ミリーの肩がピクリと動いた。
「なぜ、それを知っているのですか?」
「廊下ですれ違いざま、足をかけて転ばせたり、自分たちの仕事をミリーに押しつけたり、わざと花瓶を割って掃除させたり……。私が注意したところで、余計にミリーに報復が来ると思うと……。だから、今まで溜め込んだ全財産を使って、これを手に入れたのよ」
「でも、あの3人はもうクビになりましたよ?あの嫌みを言ってくる継母もいなくなったし……」
「意地悪な侍女たちがいなくなったとしても、それでもミリーには持っていてほしいの。これはあなたへのお守りだから」
私はネックレスを取り出すと、ミリーの首にかけてあげた。
「とても似合っているわ。もう、ミリーが悪意に晒されませんように……」
私はネックレスに口づけをした。
ミリーは鼻を啜り、目を両手で擦った。
「どうして……どうして私なんですか?何でこんなにも良くしてくれるのですか?」
「この世界で一番最初にミリーと友だちになりたかったから……かな」
ミリーの目からボロボロと涙がこぼれ落ちた。
「もうぉーー!そんなことを言われたら、止まらないじゃないですか!!」
****
――ふたりだけの誕生会は涙から始まった。
私たちは甘くしっとりしたレアチーズを堪能し、冷えたレモネードを飲み、グランの作った胡桃パンを頬ばりながら、おしゃべりに花を咲かせた。
ケーキを食べ終えた後、私たちは歯を磨いて顔を洗ってから、ベッドへと寝っ転がった。
「あの……ソフィアお嬢様の前世の話、そろそろ聞かせてもらえませんか?」
ミリーは枕を抱いて目を輝かせた。
「そうだね……。私の前世の名前は、山中牧子っていうの」
「ヤマ……ナカ?」
「ヤマナカ マキコ。マキコが名前、ヤマナカが家名よ。藤丘町という、海と山に囲まれた普通の町に生まれたの。15歳で死んでしまったけどね。苦しいことも多かったけど、小さな楽しみもあったのよ」
――満月が傾くまで2人は語り合った。
前世を知ることができて、ソフィア・ルド・シルヴァントは変わることができた。
私の大切な家族、大切な友だち、宝物のように大切にして生きるんだ。
―終わり―
最後まで読んで頂きありがとうございました!!




