3. 嵐のお茶会(2)
「なんだよ。もう始まっているのかよ!」
問題児のマルクスとその取り巻きたちが遅れてやってきた。マルクスたちの席は私と離れた場所に設けていた。
だが、彼らはまっすぐこちらへ向かってきた。
令嬢、子息のどよめきが大きくなる。
私はミリーに目配せをした。彼女は静かに頷く。主催者として私は、凛と胸を張り立ち上がる。
「マルクス様、ごきげんよう。招待状には2時半と明記しておりましたが、ずいぶんと遅れましたね」
「ほほう!僕がいなくて寂しかったのですか?」
マルクスの横柄な態度に私はカチンときた。
「いいえ。うぬぼれはよしてください。それよりも、マルクス様の席はあちらでございますよ?」
「はぁ!?ソフィア嬢。どうしたんだ?頭でも打ったのか?今日はまるで別人のようだ」
舐めるように見てくるマルクスに身の毛がよだつ。
「いいえ、どこも打っていません。お気になさらず、あちらの席へどうぞ」
私は空いているテーブルを手で示した。
「僕はサーモルド伯爵家の長男ですよ?なぜ、公爵令嬢である、あなたの隣ではないのですか?」
この人、本気で言っているの?
「席順を決めたのもわたくしです。主催者のわたくしに従っていただけないのなら、どうぞお帰りください」
手の震えを押し殺して、私は毅然と言い放った。
彼らはフンと鼻を鳴らして、私のいるテーブルに座っている三人に睨みを利かせた。
「おい、お前らの居場所。分かってるよな?」
取り巻きA「おい!!そこは、お前たちが座っていい席じゃないぞ」
取り巻きB「ブサイクは隅っこで大人しくしてろ!!」
ハンス、グラン、ミルは青くなって震えている。
「あの……、ソフィア嬢。僕たちがここを離れますから………」
三人はそそくさと席を立った。
「待って!!それなら、わたくしも席を移動するわ」
移動しようとすると、マルクスが私の手首を強く掴んだ。
「これは、なんの真似ですか?」
鋭い視線を彼にぶつけた。
「それは、こちらのセリフです。あんなブサイク共に囲まれて、紅茶が美味しく頂けるのですか?あぁ!分かりました。ソフィア様は、ご自分の美しさを引き立てるために、あの三人の側にいたのですね?」
会場が不穏な空気に包まれた。扇を広げ、こそこそと令嬢たちが話しはじめる。
そんなつもりで席を決めたわけじゃないのに……
悔しさのあまり、涙が滲んだ。
「ははっ!目が潤んでいますよ?泣いているのですか?」
マルクスがいきなり掴んだ腕を引き寄せた。
彼の口角が上がり、弱った獲物を捕まえたような底意地の悪い闇が目に宿っていた。
このマルクスは前世の男子グループと同じだ。自分より劣る者を見下し、心を踏みつけにして、矮小なプライドを保とうとする。その根性が腹立たしいほどそっくりだ。
「本当に……嫌いです」
思わず零れ落ちた感情。
私は忍ばせていた小さな拡声器を握りしめた。
「あなたのような人間が、わたくしは一番大嫌いなのです!!」
園庭中に響く声。
ミル、グラン、ハンスたちはもちろん、ここにいる全ての者が私に視線を向けた。
あまりに意外だったのか、マルクスたちは口を半開きにしたまま固まっている。
「あなたは、今、ご自分のお父上の真似をしているのですか!?」
マルクスは自分の父親を引き合いに出されて、一瞬ひるんだ。
「答えてください。いきなりわたくしの腕を掴んで、あなたは一体誰の真似をしているのですか?」
私は掴まれた手を振り払った。
「あなたは、サーモルド伯爵の代表として来ているのですよ?サーモルド家では、身分の低い男爵家を蔑ろにし、公爵家に恥をかかせるように教えられているのですか?」
私の言葉に、マルクスの取り巻き達は黙り込んだ。だが、彼だけは顔を真っ赤にしてこめかみに血管を浮かせている。
「父上がいるから、この領地は平和に暮らせているんだ。父上がいなかったらお前たちは今頃、魔物たちに食われていただろうさ。だから、お前たちは僕に頭が上がらないはずなのに……それなのに生意気な!!」
――パシッ!!
乾いた音が辺りに鳴り響いた。激昂したマルクスが、思い切り私の頬を叩いたのだ。
令嬢達の悲鳴。
護衛騎士たちの怒号。
私は叩かれた拍子に芝生へ倒れ込む。従者たちが私に駆け寄り、護衛騎士がマルクスたちを羽交い絞めにした。
「放せ、バカヤロォォーー!!!僕はサーモルド伯爵家の跡取りだぞぉぉーー!!!」
大暴れするマルクス。
従者たちに抱えられた私は怒りに震える手で、拡声器を再び握りしめる。
「守ってやっているから、手を上げて構わないとでも?それともここにいる者全員、サーモルド家に感謝しろということですか?どこまで傲慢なんですか?」
「なに!?」
「守ってやっているから弱い立場の者にはどんな扱いをしてもかまわない。それがサーモルド伯爵家の騎士道なら、わたくしはサーモルド伯爵家を軽蔑する!!」
こうして波乱を残したまま、お茶会が中断してしまった。
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その夜。私は父がいる応接室へと呼ばれた。
そこには、ソファーに腰掛けた父とデカルト総騎士団長が立っていた。
「お父様、何の御用でしょうか?」
「……頬はもう痛くないか?」
頬には大きな湿布入りのガーゼを貼っている。
「痛くないように見えますか?」
「……すまない」
苦しそうに呟くデカルト総騎士団長。
「まず、話をするよりも映像を見たほうが早そうですね」
「「えっ!?」」
私は廊下で待機していたミリーを呼んだ。ミリーは、テーブルの上に水晶映写機を置いた。
「まさか?」
顔色が悪くなったデカルトは、手で口を覆った。
「はい。こんなことがあろうかと思って、こっそり水晶映写機で撮影をしていました。それを行ったのには理由があります」
「……その理由というのは?」
デカルトは、低く震えた声で尋ねた。
「毎月のお茶会なのですが、マルクス様のせいで何度も場を荒らされてきました。順番が回ってくる主催者側は本当に大変でした。前回、わたくしは仕方なくマルクス様のお守りをしていましたが、彼の自慢話に付き合わされるのは、大変苦痛でした」
ミリーは水晶映写機のスイッチを入れ、部屋を暗くした。
壁一面に映し出されるお茶会の様子。
映像が進むにつれ、デカルトが落ち着かなくなり、しまいには映像の前で立ち上がり、悔しさなのか、震える拳を自分の太ももに叩きつけた。
最後まで映像を見終わった父は眉間に皺を寄せていた。手の甲に爪を立てている。
意気消沈し肩を落としたデカルトは、ポツリと語り始めた。
「あの子は妻が40に産んだ子で、奇跡の子でした。初めての長男で乳母も侍女もあの子を過保護に育ててしまいました。その代償がこれです」
「……彼は父親の真似をしたのでしょうか?」
「ソフィア!!」
父が咄嗟に私を窘めた。
「……いいえ。私は身分で差別することはありません。きっと彼に剣を教えている教育係のせいでしょう。私よりも多くの時間を過ごしているものですから……」
「これからどうするつもりで?」
「まずは、こうしてソフィア嬢のお赦しを頂きたく……」
「騒動を起こしたご本人が謝罪して来なかったのは残念ですね」
「っ!!……申し訳ない」
ひとり息子の為に、デカルトは深々と私に陳謝をする。
デカルト総騎士団長は、マルクスに甘すぎる!!
「ではひとつだけ、わたくしの願いを聞いてください。それを謝罪とします」
「はい、宝石でも、ドレスでも、何なりと……」
「マルクスにはこのままだと廃嫡になり、ビアンカ様が次期当主になるかもしれないとお伝えください」
「「はぁ!?」」
マルクスよりも13歳年上のビアンカ嬢は、離婚して、サーモルド伯爵家に出戻ってきていると聞く。
離婚した理由も、傲慢な旦那様が脱税を繰り返しているのを見過ごすことができずに、領主である私の父に直訴したからだという。
それだけではない。独り身の今では自費で教会や孤児院へ慰問をし、自立支援の援助をしているという。
慈愛と正義感があり、不正を嫌うこの人なら、サーモルド伯爵の跡取りとして十分すぎるだろう。
「ソフィア嬢、それはどういった意図が?」
「わたくしの願いはマルクス様が更生することです。今のマルクス様は自分より低い身分の者を蔑視し、父親の功績を笠に威張り散らす傾向があります」
耳が痛い話なのか、デカルトは視線を逸らした。
「マルクス様が更生するには、ビアンカ様と共に教会や孤児院へ赴き、慈善活動をする機会を与えたら良いのです。将来、大人になって自分が一体何を守るべきなのか考えさせるのです」
デカルトはソフィアのとんでもない提案に唖然とした。
「マルクス様を甘やかす護衛も取り巻きもいりません。もちろんサポートは必要ですが。もしも一年経ってもマルクス様に変化が見られず、まだ横柄な態度を示すようでしたら、本当に次期当主をビアンカ様に変えたほうがよいかと思います」
デカルトは眉間にしわを寄せて、顎髭を撫でながら考え込んだ。
「マルクスへの罰ではなく、更生ですか?」
「そうです。貴方のご子息を根本的なことから変えていかないと」
デカルトは、父と目配せをしたあと頷いた。
「承知いたしました」
「それと、マルクス様とその取り巻き二人は、金輪際お茶会へは出禁でお願いします!」
「マルクスにそう伝えよう」
こうして、嵐のようなお茶会は幕を閉じた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
次回は火曜日の18時です。2話分投稿します。
よろしくお願いします!(θ‿θ)




