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2. 嵐のお茶会(1)

私はクラスメイトの男子グループが苦手だ。


――ある日の休み時間。


クーラーの効いた教室で男子生徒5人が、騒がしく腕相撲をしていた。


小林「なぁ、この腕相撲でビリになった人はどんな罰ゲームがいい?」


瀬戸内「そうだな。メンタルがやられる罰ゲームが面白くね?」


あっ。今、萩尾と目が合ってしまった。


萩尾「う~ん。だったら、山中牧子に告白するとか?」


全員「「うげぇーーーむりむり!!」」


大爆笑する男子グループ。


他の生徒たちはこのやり取りを聞きながらも、普段通りに無視をする。


アイツら、本当にやめてほしい……。


大内「だったら、アホ牧の肩に手をまわすというのは?」


全員「「きしょ!!」」


金井「てめぇ~馬鹿か!?アホ牧に勘違いされたらどうするんだよ」


全員「「ありえねぇーーー!!」」



あの男子グループは、私のことをアホ牧と呼ぶ。

私の学年テストの順位が最下位に近いことをネタに冷やかしてくる。


正直言って、勉強が苦痛だ。


分からなくてついていけない授業を聞くのがとてもしんどい。ただやる気が失せるだけ。


家でお婆ちゃんを見守るために夜中起きることもあるから、授業中眠たくなるのはしようがない。


私は勉強をすることを諦めた。


そもそも、私の存在意義はこの学校にはない。


私は高校へは行かない。私は卒業したら、すぐにでも働いて、いつかはホームヘルパーを目指すつもりだ。


だから、中学を卒業するまでの間は我慢だ。


私は自分を守るかのように、背を丸くして机に伏せ寝した。


「ちょっと。そこの男子たち、声うるさい。それに山中さんが可哀想じゃない!」


高坂凛の高い声が教室に響き、みんなの注目を浴びる。


うつ伏せ寝をしている腕の隙間からチラリと彼女を覗いた。


短めのスカートに細くて華奢な足。緩く結んだ制服のリボンに大きな胸。人形のようなスタイル。


同じ女性なのに、私とは全然違う。


萩尾「え~。だったら、罰ゲームは高坂さんに告白するっていうのは?」


瀬戸内「お前、馬鹿だろ。違う意味でハードルが高いんだよ!!」


金井「だよな。それって罰ゲームになってないから!高坂とアホ牧じゃあ、天使とゴブリンぐらいの差があるだろ?」


小林「いや、美女とゾンビぐらいだな」


大内「バラとラフレシア」


瀬戸内「ラフレシアってなんだよ?


大内「知らないのかよ。世界で一番でかい花で、赤茶色で白い斑点のある気持ち悪い花だよ。腐った肉の匂いで蝿が寄ってくるんだとよ」


男子全員「「あーーっ!それな!」」


男子グループは共感し盛り上がっている。その隣で高坂凛の鈴を転がすような笑い声が聞こえる。


なんで、高坂凛はあんなのと一緒になって、笑ってるの?


それとも馬鹿にしているの?


この男子グループの笑い声が嫌いだ。私がどんなに無視をしても、見えないバリアを張ったとしても、馬鹿にしてくるその言葉が、ナイフのように何度も胸の奥を突き刺してくる。


存在すら笑われるつらさ。


あぁ、神様、仏様。どうか、このクラスの私の存在を消してください。



****



急に目が覚めた私は、今日も汗だくだった。


いつものように視線の先には白い花柄の天蓋がそびえ立つ。ゆっくりと体を起こし、ぼんやりと視線を落とすと、白い枕に差し込む日の光が強くて、すっかり冬の気配は消えていた。


「あぁ……また前世の夢を見てしまった……」


汗で背中に張り付いた長い髪をグシャグシャとかき上げる。


「ソフィアお嬢様、おはようございます!」


あれから、侍女のミリーとは普通に会話ができるようになった。


「ところで、今日は月に一度のお茶会がございますよね?」


「あぁ……そうだ、忘れてた」


ガクンと肩を落とす私。


シルヴァント領では、13歳から15歳までの子供は各屋敷でお茶会を毎月一回、行うことになっている。このお茶会は社交界デビューの予習的な意味合いを持つ。


シルヴァント公爵領地には、伯爵家三家、子爵家十五家、男爵家三十家あるのだが、同年齢でお茶会に来るのは二十人前後だ。毎月、違う屋敷でローテーションを組みながらお茶会をする。


今月はシルヴァント公爵家でお茶会を開く予定になっていた。


「あの私だけでは、……その、力不足なので、マリーにお着替えの手伝いをしてもらいましょう」


マリーはミリーを虐める侍女三人組とは違って、平民の侍女だ。手先がとても器用なので、ミリーは時々彼女に助けられていた。


(彼女を助けてくれる侍女がいて良かった……)


マリーとミリーは私にドレスを着せてくれた。


首元には生成りの大きなリボンと、一輪の白薔薇を添えたコサージュ。


繊細な花模様のレース手袋に手をとおし、裾に可憐な草花が刺繍された菫色のシルクスカートを揺らす。

足元は白いタイツと、同色のストラップパンプス。


鏡の向こうに、私好みの落ち着いた装いが完成していた。


「ソフィアお嬢様、とてもよくお似合いです」


ミリーは目を潤ませ、私の周りをウロウロした。


「ふふっ!ありがとう。じゃあ、今度は髪のセットをお願いするわ!」


私が化粧台の椅子に座ると、マリーは器用に私の髪を梳いてくれた。ミリーはマリーの手さばきを修得しようと側で見入っている。



――私はお茶会が苦手だ。褒められたら、褒め返す。そんな上辺だけのやり取りにうんざりしていた。


特に、サーモルド伯爵家のマルクスは苦手な相手である。以前のお茶会の時は、取り巻きを引き連れて私にゴブリンを多く退治したことをずっと自慢してきた。耳を傾ける私は苦痛でしかない。


それだけならいいが、マルクスは男爵クラスの貴族の子への態度がとても横柄だ。それでお茶会がしらけた雰囲気になることもしばしば。それをうまく立て直すのが、主催者の務めなのだが……。


「マルクスが風邪でお茶会を休めばいいのに……」


マルクスの父親、デカルトはこの領地を守る『北印星騎士団』の総騎士団長だ。


(デカルト様は謙虚な方なのに、息子のマルクスが、なぜこんなに威張っているのか意味が分からない)


私がため息をついて物思いにふけている間に、マリーが私の髪を編み込みのハーフアップにしてくれた。


後ろには小さな白バラの髪飾り。モカ色の髪にとても似合っている。


「ありがとう、マリー。とても上手だわ!」


「いいえ。ソフィア様の髪はとても柔らかくてやりやすかったですわ!さあ、最後は少し化粧を施しましょう!」


私は目を閉じて、マリーに化粧を任せた。



****


公爵家の侍女たちは朝から、お茶会の準備で大わらわだ。今日は心地よい薄曇りの天気なので、ガーデンパーティーをすることになった。


テーブルセッティング、飾りつけの花、ケーキ、紅茶、席順を決めるのも、主催者である私の仕事だ。


今日の出席者は20人。円形テーブルは4人用。テーブルを5つ並べ、仲の良い者同士を同じテーブルになるよう番号札を置く。あのマルクスは、面倒くさい男なので私のテーブルと離すことにする。


正直言って、私は貴族で親友と呼べる者がいない。


どの子も、任務を遂行するかのようにやたらと褒めちぎるので、私ではなく『公爵』という地位とお喋りしているのではないかと時々思ってしまう。


今のところ、素で話せる相手はミリーひとりだけだ。


お茶会は2時半から始まる。その10分前から徐々に人が集まってきた。私は笑顔を作り、一人一人に挨拶をする。


(前世の山中牧子なら、自分の家で人を呼ぶなんてありえないだろうな)


小さな頃から叩き込まれた貴族の礼儀作法の成果が、ここで発揮される。


みんな穏やかな表情で挨拶をして、それぞれ決められた席に着く。さっそく令嬢たちは気の合う者同士でお喋りに花を咲かせていた。


全体の様子をひと通り見て、私は心の中で安堵した。


侍女と従者は各テーブルにケーキやサンドイッチを積んだアフタヌーンティースタンドを置き、ティートロリーを動かす侍女たちは、来賓にウィーロン産の高級な紅茶を振る舞う。


紅茶もケーキも、テーブルに飾られた花も私が選んだものだ。思いのほか、喜んでくれたので達成感が得られた。


(開始時間が過ぎても、問題児のマルクスが来ていない。さっそく始まりの挨拶でもしよう)


「皆様、ようこそシルヴァンド家へ。今日は薄曇りでとても過ごしやすい天気なので、お庭でお茶会をすることにしました。園庭のバラも見頃を迎え、春の陽気に蝶も優雅に舞い踊っております。皆様にも蝶に負けないぐらい、素敵なひとときをお過ごしいただければ幸いです」


私がペンダント型の小さな拡声器で挨拶をすると、温かい拍手を送ってくれた。


一息ついた私は自分の席に着く。今ここに座っているのはこの3人。


背が高くやせ細ったハンス男爵。


小太りでそばかすが多いグラン男爵。


そしてオドオドした様子のミル男爵令嬢。


私の席は、余った者同士の席にした。仲の良いグループだけで固めると、どうしても弾かれる人たちが出てくる。男性でも女性でもそれは同じ。共通するのは自己アピールを積極的にしない者、そして爵位が低い者たちだ。


3人は息を潜めて、じっとこちらを見つめている。


「皆様、ごきげんよう。お久しぶりですね」


「「「お久しぶりです……」」」


(3人とも萎縮しているなぁ……)


「こちらのクランベリーパイはこの園庭で育てたものなんですよ。すっぱすぎず、丁度いい甘さになっていると思います。ぜひ食べてみてください」


パイを先に食べたのは、太っちょのグランだった。


「成程、確かに美味しい!これなら、いくらでも食べられそうです」


グランがホクホク顔でクランベリーパイを食べる。それを見て、後の二人もパイをひと齧りした。私は少しでも食べてくれたことにホッとした。


私は、なるべくこの3人と積極的に会話を続けた。


「それにしても、ソフィア嬢。なぜこのような席順にしたのでしょうか?」


グランがクランベリーパイを食べながら、質問してきた。


「もしかして……ソフィア嬢は、僕たちに同情しているのでしょうか?」


ハンスが少し不機嫌そうに言ってきた。


「……私たちが、お茶会でのけ者にされているのを見ていたから……ですか?」


ミルが声を震わせながら話す。


この3人から想定外のことを聞かれ、私の思考はパニックに陥った。


「えっ~と。わたくしは……ただ、おべっかなしで話せる友達が欲しかっただけで……その……」


私の言葉で3人は固まってしまった。


「もしかして、自分たちなら気を使わないでも大丈夫だからと見下されている?」


グランの手が止まった。


「あぶれ者の私たちなら、反抗しないからとか……ですか?」


ミルが悲しそうに眉を歪めた。


「本来ならソフィア嬢のような可憐で美しい人と、我々が同席してはいけなかったのでは?見劣りする我々を惨めな思いにさせたいとか?」


ハンスは低く、唸るような声で言い返してきた。


(なんで……そんな風に思うの?)


「惨めな思いですか……。わたくしは、幼い頃から継母のルアンダ様から『実母に似てとても醜い』と何度も言われたことがありますわ。それに……連れ子の妹アリアベルと比べられ、『品も華もない』『地味で出来損ない』と、ルアンダ様のお付きの侍女たちから散々馬鹿にされていますもの。だから、惨めな思いならわたくしも経験済みですのよ」


「「「!!!」」」


「わたくしは、容姿だけで優劣を勝手に判断する人に嫌悪感すら覚えます」


3人は声を失ったかのように黙り込んでしまった。


シルヴァンド家の事情を詳しく知らない3人は唖然としたに違いない。公爵令嬢の私がぞんざいな扱いをされているなんて夢にも思っていなかっただろう。


――それだけじゃない。


前世では学校の授業でグループを作る時、私はよく弾かれていた。私の他にもそういう人はいたけれど、その人ですら私を毛嫌いしていた。


だから、山中牧子は学校でいつも独りだった。そういうときに限って時間がひたすら長く感じた。


(ただ、私は友達を作りたかっただけなのに……。あぁ、失敗した……もう駄目だわ)


昔の悲しみが重なって、情けなくて、恥ずかしくて、鼻の奥がツンと痛くなってきた。


(駄目!!今泣いちゃ駄目!!)


私は俯いてスカートに爪を立てた。


「あの……ソフィア嬢。先ほどは……大変失礼なことを言って申し訳なかった!!」


沈黙を破ったのは、ハンスだった。


ハンスが深々と頭を下げている。それにつられてミルもグランも頭を下げた。


「あっ……えっ……」


「あの……もしも、私たちで良ければ、お友達になってくれませんか?」


ミルの一言に、私は一瞬息が止まった。


「……なんで!?」


溜め込んでいた涙が零れそうになり、思わず手で目を隠した。


「これ使って?」


ミルから白いハンカチを差し出された。


私はハンカチを受け取ると、そのハンカチで目を押さえた。


「ごめんよソフィア嬢。……その……泣くとは思わなくて……。そんなつもりはなかったのに……。ほら、これ食べて元気出して」


グランがしょんぼりした声で自分の皿にあるクランベリーパイを差し出した。


齧られたクランベリーパイに視線を向けると、なんだか急に可笑しくなってきた。


「ふふっ。それはグラン様が食べてくださいな」


「そうだぞ。そもそもこのパイはお前が口をつけたものだろうが!!」


ハンスがグランにツッコミを入れる。


3人は互いに目配せをして頷いた。


「改めてソフィア嬢。不快な思いをさせてしまったけれど、もしよければ俺たちと友達になってくださいますか?」


「……わたくしで……いいの?」


「「「もちろん!」」」


私はやっと普通に息が吸えるようになった。この3人に拒絶されたらと思うと、この胸が苦しくなる。


「握手をしませんか?」


私はハンカチで涙を拭いながら、テーブルの中央へ手を差し伸べた。


「「「はい!」」」


3方向から手が重なり、4人の熱い握手を交わした。


薄曇りの空の下、従者のバイオリンの上品な音色が辺りに響き、爽やかな風が園庭に咲く薔薇の香りを運んでくれた。


ほのかに甘い紅茶を飲みながら、このまま楽しいお茶会が続けばいいと私は思っていた。


「おっ、もう始まっているのか?」


聞き覚えのあるその声に、私の胃がチクッと痛んだ。


読んでいただきありがとうございます!

3話目は10分後に投稿します

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