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1. 侍女のミリー

前世の私はクラスの中で独りぼっちだった。


休み時間の鐘が鳴ると、私は自分の席でうつ伏せ寝を始めようとしていた。


それが毎日のルーティンだからだ。


そんなある日。突然、クラスで一番人気の女子である高坂凛に声をかけられた。


「山中さん。ちょっと、お願いがあるの!」


ツインテールの愛らしい女子が、私の目の前に立っている。


高坂凛は私の手を取るなり、自分の方へぐいっと引き寄せた。高坂さんの髪からスタイリング剤の甘い香りがする。


(今日の高坂さん。すごく、近い!!)


私の手の平がどんどん湿ってきて、胸はバクバク、沸騰したヤカンのように顔が火照ってきた。


「山中さん、聞いてる?」


高坂さんは学校でも人気の高い女子生徒だ。読者モデルをしているらしく、愛嬌のある顔立ちを間近で見れば、どんな男子生徒でも恋に落ちるとか。


「……ぁ。……ぃゃ…」


彼女の桜色の艷やかなリップの色に目が留まる。


私とは次元が違いすぎて、上手く喋ることすらできない。


「あのね。私と、実也ちゃんね、今日急に用事ができちゃって……。あなた一人になるけど、花壇の草むしりお願いできるかな?」


可愛らしい声で私に頼んできた。


彼女の大きな瞳は、ピンクブラウン色のカラーコンタクトだろうか?ガラス玉みたいに綺麗で、私は吸い込まれるように、彼女に見入っていた。


(……昨日丸井スーパーで見かけた人は、きっと他人の空似よね。あの人が高坂さんなわけないもの)


私は、黙って首を小さく縦に振った。



❇❇❇❇ 


――放課後。


校舎の裏手にある3年2組の花壇。


人通りが少ないせいか、とても静かだ。


校舎の影で薄暗い花壇は青々と雑草が生い茂り、風が吹くたび、さらさらと波打った。


(はぁ……。これを1人でですか……)


本当は、花壇の草むしりは3人でやる作業だったが、あの2人に用事があるなら仕方がない。


私は軍手を両手にはめ、鎌を手にしゃがみ込んだ。


イネ科の雑草だろうか。ざらついた葉の縁が軍手に引っかかる。片手で雑草をひとまとめに掴むと、茎に鎌の刃を当て、ガサッと刈り落とす。


――ガサッ。ガサッ。ガサッ。


土の匂い、草の匂い、そして自分の汗の匂い。


(高坂さんには似合わない匂いだよね)


私の名前は山中牧子。名前も私服もおばさんみたいだとよく言われる。私みたいな地味で野暮ったい顔立ちの奴は、こうして黙って草むしりをするのが性に合ってる。


(ひとりのほうが気が楽だしね)


――ザバァァーーン!!


突然、上から押されるような大量の水が私に降ってきた。


(なっ!?)


――ドゴッ!!!


「がぁっ!!」


後頭部から首筋にかけて強烈な痛みが走り、衝撃を受けたまま意識を失った。



❇❇❇❇



「ソフィアお嬢様……あぁっ、朝ですよ。……おっ、起きてくださぃぃ……」


柔らかな白いベッドに花模様の天蓋。


窓辺には綺麗なカスミソウが飾られ、金の刺繍が施されたレースのカーテンが揺れている。


眩しさに目を擦りながら、ため息を漏らす。


「あぁ……そうやって死んだのね。わたくし」


汗をびっしょり掻いた私は、背中まで波を打つモカ色の髪をかき上げる。


ベッドから降りると、部屋の隣にある浴室へと向かった。


ぐっしょりと汗ばんだ夜着を脱ぎ捨て、姿見の自分を見つめる。


アクアマリンのような瞳に長いまつげ。

日焼けしてない陶器のような肌。

まるで人形のように小さく整った顔立ちの美少女。


ここに立っている私は、ソフィア・ルド・シルヴァント公爵令嬢14歳。


最近になって、この世界ではない不思議な夢をいくつか見てきた。


授業中、寝そうになる私。

お婆ちゃんと手を繋いで買い物をしている私。

料理をしている私。

洗濯物を畳んでいる私。


その夢全てが前世の私『山中牧子』の記憶なのだと、最近理解した。


今の私は、ソフィア・ルド・シルヴァントとしてこの異世界に生まれてきたのだ。


その事実を知ってから、14年こちらの世界で育んできたソフィアの性格よりも、前世の山中牧子の性格の方が前面に出始めている。


(どちらも同じ私には違いないが……、前世と今世。容姿が違いすぎる……)


私はそっと姿見に触れた。


前世の私が、何が原因で死んだのか分からない。何かが落ちてきて、それに当たって死んだということだけは分かる。


「背中が汗でびっしょり。わたくし、お風呂に入るわ」


「でっ、では……私が……」


後ろの方で、侍女のミリーが腕まくりをする。


「ううん、大丈夫。一人で入りたいの。ミリーは、着替えを手伝ってほしいな」


(前世の習慣を思い出したせいで、人に洗ってもらうのが恥ずかしくなったとは言えない……)


「……はっ、はい。かっ…畏まりました」


侍女のミリーは、前世の私に雰囲気や顔立ちがどことなく似ている。


お下げの三つ編み。

素朴な眉に茶色の瞳。

ふっくらした頬に鼻にはそばかす。

カサカサになった小さな手。


(ミリーは私に本当によく似ている……)


私は風呂場で全身を洗い流した後、ミリーが溜めてくれたお湯に浸かる。


朝日が湯船に差し込み、湯気がキラキラと霧のように揺らめいている。


――ポチャン。


肩までお湯に浸かりながら天井を見上げた。


「そう言えば、ミリーは1ヶ月前にひとりでこの街に来たのよね……」


ミリーは新しく入ってきた侍女で、田舎臭さと容姿のせいか、継母のお付き侍女三人組からよく揶揄われていた。


意地悪な彼女たちから陰口を叩かれ、ミリーが萎縮してしまう気持ちも分かる。


私はこのままだと可哀想だと思って、父に頼み込み、ミリーを自分の専属侍女にしてもらった。


それが余程癪に障ったのか、この侍女三人組はますます意地悪になった。


『なるほど。さすが地味な主には地味な侍女がお似合いですわね』


私は継母のルアンダに嫌われている。ルアンダが父と再婚したのは、私が8歳の時。その頃から、『あの女に似た醜い子』と蔑まれてきた。


お付きの侍女たちは連れ子の妹アリアベルと比べては、私のことを『華も品もない』『地味で出来損ない』と嘲笑う。


人の悪口を笑いながら言う人間が嫌いだ。


私の傍に就いていた侍女のアンリーは、ミリーと入れ替わると、同時に仕事を辞めてしまった。アンリーは息子夫婦と余生を暮らすと、笑顔で話していた。


ここにきて間もないのに、私の専属に抜擢された新人侍女のミリーは、私の部屋でよく失敗をした。


紅茶が苦かったり、花瓶を割ったり、ドレスの着付けを間違えたり。その他いろいろだ。


その度に面倒見の良い侍女たちがミリーにあれこれ教えてくれた。


「あれは大変だったなぁ……。ふふっ」


湯船の中でふくらはぎを揉みながら体をほぐす。


――バシャ、バシャ、バシャン!


お湯に浸かりながら両足を動かした後、私はダランと寝そべった。


「そう言えば先週、ミリーがひとりで洗濯をしていたな……」


私は廊下を歩いていたときに、裏庭でミリーが洗濯をしているのを見かけた。


だが、その近くには暇を持て余した侍女三人組がたむろしていた。ミリーに嫌味を言うために来たのだろう。


ミリーは桶でゴシゴシとシーツを泡立てながら、彼女らを無視して洗濯に集中していた。


3階の窓からその様子を見ていた私は、ミリーの三つ編みのほつれ毛に目が留まると、前世の記憶がちくりと痛んだ。


(あの時……独りぼっちで草を刈っていたあの頃の私にそっくりだったなぁ……)


お湯の中に潜って目を閉じた。


(あの後、ミリーにお付になったことを後悔していないか聞いたんだっけ……)


『もしかして、わたくしのお付きになったことを後悔していない?困っているのなら、わたくしが何とかしてお父様に――』


『いいえ、いいえ!!後悔など、滅相もない!!ソッ……ソフィアお嬢様。……ソフィアお嬢様の……おっ……お付きになれて……光栄です!!』


視線を逸らし、頬を赤らめるミリー。


まるで前世の私を見ているようだった。前世では、『明るく楽しそうな生徒たち』の前では、なぜか緊張し上手く喋れなかった。人の目をきちんと見ることができなかった。


(人が目を合わせてくれないって、寂しいんだよね……)


――ザバァーーン!!


途中で息が苦しくなって、私は勢いよく水面から顔を出した。濡れた顔を手で拭うと、深いため息をついた。


❇❇❇❇


薄曇りの午後、今日は外で紅茶を楽しむ。


整えられた綺麗な園庭を眺めながら、私は一息つく。


視線の先には薔薇の手入れをする庭師のトム爺さんとミリーが楽しそうにおしゃべりをしている。


向こうは春の日差しが差し込み、ミリーの茶色の髪が淡く柔らかく揺れる。彼女の笑顔が春の女神のように思えた。


(庭師のトム爺さんとなら、ミリーは自然なのに……。私の前だと緊張するのよね……)


園庭の東屋で一人取り残された私。

冬のなごり風が惨めな背中を震わせた。


遠くで二人の笑い声が聞こえる。


(彼女の笑顔がこちらに向けばいいのに……)


「もしかして、前世の高坂さんもわたくしが普通に喋ってくれないから寂しいとか、思ったかな……。いやいや、彼女は元々友達が多いもの。そんなことないよね……」


つい、独り言を口にする。


山中牧子は独り言をよく呟いていた。用事がない限り、誰も話しかけてはくれなかったから。


「あぁ、ミリーと早く仲良くなりたい。普通に会話ができたらいいのになぁ」


****


夜寝る前。ミリーが魔法ランプに新しい火の魔石を取り換えにやってきた。


ベッドに座り、その作業を見守る私。


「……ねぇ、ミリー」


「あっ、……はっ、はい。ソフィアお嬢様。……なっ、なんでしょうか?」


「ミリーはトム爺さんとは仲がいいの?」


ミリーはモジモジしながら、こくりと頷いた。


「そう。……トム爺さんとお喋りしていたように、わたくしにも普通にお喋りしてくれないかな?」


すると、彼女は動揺し、肩を震わせながら深く頭を下げた。


「とっ、……とんでもございません。そっ……そんな、恐れ多いこと……無理でございます!!」


無理という言葉を聞いて、前世の自分を思い出す。クラスの一軍たちに対して、恐れ多いと自分から距離を置いていた。


「わたくしと話すのは、怖い?それとも、緊張するの?」


「怖くはありません。ただ……。わっ……私は、貧しい農村から出てきた平民で。ほっ……本当なら、話すことすら許されないぐらい、みっ……身分が違い過ぎて。………ここで、ソフィア様のお付きになることすら、ゆっ……夢のようで……」


とうとう、ミリーは床にしゃがみ込み、両手で顔を覆った。


私は慌てて、彼女の元へ駆け寄った。


「えーっと、別に責めてるわけじゃないの。ただ、寂しかったから……」


「へ!?」


思ってもみなかった言葉に反応したミリーは、そっとこちらを見てくれた。


「わたくしが、あなたをお付きの侍女にしたのは、同年齢のあなたと普通にお喋りしたかったからなの。あなたとなら、身分関係なく素のわたくしでいられそうだから」


ぽかんとした様子のミリーだったが、やがて頬を赤らめ、薄茶色の瞳が潤う。


「そんな風に言ってもらえるなんて、嬉しいです!」


「ねぇ、ミリーはいくつなの?」


「えっと、13歳です。7月で14歳になります」


「歳も1つしか変わらないわ。実はわたくしも7月生まれなのよ。一緒ね!」


「そうなんですか!」


「7月になったら、こっそり二人だけの誕生会をしましょうか」


「えっ!いいんですか?」


小さな共通点でも、仲良くなるきっかけがあればいい。


山中牧子にとってはじめての友だち。胸の内を伝えられたのは、ソフィア・ルド・シルヴァントという高貴な立場のお陰かも知れないが……それでも嬉しい。


――そのあと、二人はソファーに座り、夜遅くまでお喋りをした。


同性同士の楽しい会話は久しぶりだった。


読んでいただきありがとうございます。2話目は10分後に投稿します。

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― 新着の感想 ―
こ、これはヘビーな手出しですね。Σ(-∀-;) これ、あれかな。クラスメイトの二人にロコされたパティーン!? ま、まあ。今回はお嬢様なので、幸せになって欲しいですね。 でも恋愛ジャンルではなく、ファン…
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