8話 親愛の証の山荷葉《さんかよう》
ノアには妹が二人いる。
四歳年下の第三王女リリー、さらに三歳年下の第六王女フローレンス。二人とも金髪金目を受け継ぎ、気立ても良い優秀な娘だった。リリーは既に王立学園に通っているが、第二王妃派閥の貴族とうまく距離を取りながら、自身の側近候補を育てているとノアは聞いていた。
そんな妹たちが、その日はやけに色めき立っていた。食卓で明らかに浮足立っている二人にノアは眉を寄せる。母親のメアリーも二人に注目していた。緑の毒見が終わった料理を手早く食べようとする二人に、釘を刺す。
「リリーもフローレンスも、なにをそんなに浮ついているのですか。もう少し落ち着いて食べなさい。みっともないですよ」
母親からの注意に、忙しなかった二人の手が止まった。わかりやすく落ち込む二人に、今度はノアが声を掛ける。
「なにかいい事でもあったのか?」
問いかけると、二人の顔が花が咲いたように明るくなった。
「話題の美容薬が、ようやく手に入ったのです!」
「肌が綺麗に真っ白になるって今評判なの!」
興奮気味に二人が話す。化粧品の話はよく分からないノアは首を傾げた。
「白粉なら、もう持っているだろう」
「違うんですお兄様!」
「白粉がなくても、肌自体が白くなるんです!」
口々に効能を説明しだす娘たちに、第一王妃は不安そうに顔を曇らせた。
「それは安全なのですか? 私の国でも昔、白くなる白粉が流行りましたが毒でした。使う前に、魔女殿に見てもらったらどうです?」
食事が終わった食堂に、リリーが持ってきた小瓶を置く。それは小さな、ガラス細工の美しい青い小瓶だった。
瓶を正面に置かれた緑は緑の指でそれを手に取る。蓋を開けただけですぐに気づいた。匂いを嗅いで、彼女は確信する。そっと、傍らに立っているリリーを見ると、彼女は金色の目で祈るように緑を見ていた。
少し考えて、緑は中身を一滴、指に落とした。
小さな白い花が、咲いた。
緑の口の中で咲いた花をリリーは信じられないという顔で見た。予想していた母親は目を伏せ、兄は表情を険しくする。
「リリー、入手経路を話せ。最初に話を聞いたのはどこだ」
「さ、最初に話を聞いたのは、グレイ様主催のお茶会の時で……」
ゆっくりとリリーは語る。
学院内のお茶会でその美容薬は今一番の話題になっている。外国から来た商隊が売っている化粧品で、なかなか手に入らないため、話題だけが先行して令嬢達は盛り上がっているのだと。
「ディフレイア様が、今日、偶然二つ手に入ったから、お一つどうぞって。いつも優しくしてくれるお礼って」
涙ぐみながら語るリリーに、ノアは考え込んだ。
「ディフレイアか……確か、昨年当主が事業に失敗して、今第二王妃が派閥から追い出そうとしている家だな」
繋がった点と点に、ノアは歯を食いしばる。
――今度はこのルートで来るのか。妖婦め。
「わかった。リリー、お前はなにも知らない振りをして過ごしながら、薬を手に入れているのが誰か、どの派閥の家かをまとめろ。薬を使ったか聞かれた時には大事な時に備えてとっていると答えるんだ」
「わかりました、お兄様」
「俺も別ルートから薬を手に入れる。この一本だけでは、これだけ毒が入れられたのか、出回っているもの全てが毒なのかがわからないからな」
「令嬢達に毒が広まっていたら、それは国としてよろしくないですね」
母のメアリーも深刻な顔で顔を曇らせていた。
「私の方でもお茶会で、御婦人方に最近流行りの薬について聞いてみましょう。合わせて、私の国では怪しい化粧品が毒だった話もしておきます」
「お願いします母上」
ノアの言葉で、一家の長い夕食はようやく幕を閉じた。
「今日も助かった、リュー」
今夜も寝室の水差しを毒見する緑にノアは声を掛ける。
「単に毒だと説明しても、リリーはなかなか飲み込めなかっただろう。貴女の花は、一番わかりやすい説明だった」
「褒めてもらえてうれしいですわ、旦那様」
微笑んで、緑はノアに体を寄せる。いつものおねだりに、ノアは顔を近づける。
一度だけ、口づける。長く、長く。
もう、触れ合うだけの口づけではノアは物足りなくなっていた。甘い唇をもっと食べたいという暴れる衝動を、残っている理性を総動員させて止める。
唇を引きはがし、ノアが一つ息をつくと緑は笑った。
「なんだか変な旦那様。何を我慢していらっしゃいますの?」
甘い香りが脳に絡みついてくる。
「……なんの、話だ」
とぼけると緑が笑った。
「なんの話でしょう? おやすみなさい、旦那様」
離れていく緑を、ノアは寂しげに見送る。揺れる黒髪を、目で追いかける。
――眠れば、またすぐ会える。
ノアは人を使って派閥内で流行の美容薬を調べるが、なかなか情報が集まらなかった。リリーも必死に情報を集めるが、学園では既に美容水の話が定着しており、話の出所がなかなかつかめない。方々を探してなんとかノアの部下が見つけ出したのは、使いかけの一本の美容薬。
緑がそれを飲めば、それは美しい白い花が咲いた。
濃霧の庭園で、緑が鼻歌を歌っていた。首のない庭師がそれに合わせて踊っている。
座り込んで花を世話する緑にノアは近づいた。彼女が触っている花は今日も吐かせた白い花だった。
「珍しいな、花の手入れか」
「ああ旦那様。待っておりましたわ。見てくださいな」
緑は嬉しそうに声を上げ、手元の花に水をやる。
すると、白い花は花弁から色が抜け落ち、透明な花へと変化した。
「……なんだ。これは」
「山荷葉さんかよう、という花ですわ。雨に濡れると、こうして透明になるんです。花の表面の凹凸を、水分が滑らかにするからこうなるんだそうです」
緑の説明に、ノアは内心で、貴女の不思議な力でなっているわけではないのか、と落胆した。
「綺麗でしょう? 旦那様にお見せしたかったのです」
微笑む緑から目を離せずにノアは答える。
「ああ、綺麗だな」
次回はちょっと本気のホラー回。
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