7話 弾けて潰れた鬼灯《ほおづき》袋
彼女は王国内の貴族から選ばれた侍女だった。
実家が資金難のため働きに出ていた彼女は長く第一王妃専属侍女だったが、ある日突然、ランドリーメイドに降格される。
その翌日、彼女は死体で発見された。
城内で、それも元直属の侍女が死んだということで、第一王妃の宮殿は一気に慌ただしくなる。
「彼女をランドリーメイドに降格させたのは私だ」
「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか? 特に素行に問題はない人物だったとお聞きしております」
王宮警備隊から来た調査官の対応をノアは一手に引き受けた。
「彼女が第一王妃の情報を外部に流しているという密告があった。そのため、一時的に降格させた。このようなことになって残念に思う」
「どなたからの情報だったのでしょう」
「それは答えられない」
応接室には警備隊の調査官達と対峙するノア、ノアの近衛騎士と緑が並んでいる。
――こちらが動いた次の日にすぐ処分とは、手が早いことだ。
敵の手腕の鮮やかさをノアは忌々しく思う。
皆が重苦しい空気で険しい顔をしている中、緑だけはあくびをしていた。口元を抑える手は指先が緑に染まっているため、それに気づいた調査官の一人は目を見開いた。
「彼女は、どこで亡くなっていたのかお聞きしても?」
「洗濯棟の横です。物干し場から落ちたと思われます」
「遺体は今どこに?」
「現在は医務室の裏に。実家が引き取りを希望しているため、間もなく引き渡す予定です」
調査官の言葉にノアは少し考え込んだ。そして、背後で呆けている緑を見る。
「リュー。死体を調べることはできるか」
ノアの言葉に、彼女は微笑んだ。
「もちろん。旦那様のご命令なら、お話してみますわ」
人気のない医務室の裏、普段は業者の搬入口になっている石壁の脇で、その死体は白い布を掛けられて板の上に置かれていた。
「布をどけてくれ」
ノアが指示をすると、案内をした調査官が従う。布の下には頭が半分潰れた少女が居た。
白い前掛けは泥に汚れ、細い手は片方がひしゃげている。薄茶色だった髪には固まった血が黒い塊となってべったりこびりついていた。血は現場で流しきったのか、遺体を乗せられた板は存外綺麗な色をしている。
残った頭の真ん中で、一つになった目が見開いていた。それは数日前、ノアが降格を告げた時と同じ目をしていた。
「……リュー。なにかわかるか」
問いかけると緑は死体の前に座り込んだ。
***
彼女の頭は潰れた鬼灯のように中身が零れていた。遺体には死人の冷気がまだ絡みついている。
毒見で少しだけ口に含めば、絶望と困惑が胸に広がった。一番強く響いたのは、理不尽さ。
――私が告げ口をしたから、貴女は殺されてしまったのかしら。
私は手を伸ばして見開いたままの瞼をそっと閉じる。
そしてふと、彼女の手先に濃い内出血が残っているのを見つけた。
それはまるで、何かに必死にしがみつき、そして無理やり引き剥がされたかのように見える。
悪い事をするから、と思う一方、最後まで抵抗を試みた事には少しだけ好感が持てる。
――一路走好。安らかにお眠りなさいな。
***
「なんで、どうして、って言ってますわ」
緑の奇妙な言葉に調査官たちは一斉に怪訝な顔をする。ノアだけは、その言葉を真剣な顔で聞いていた。
――また、魔女の能力か。ただの言葉遊びか。
「他に、なにがわかる」
「そうですわね……見るだけだとその程度ですわ。毒の匂いもしませんし……食べたら、もっとわかるのですけど」
予想もしていなかった言葉に今度はノアも顔を歪ませた。なにを食べるのか、聞きたくはなかった。嫌悪感でノアの顔が勝手に歪む。
――その口に、口づけるのは誰だと思っているんだ。
「それはするな。調査官殿、感謝する。私の調査はこれで終了だ」
戸惑う調査官たちを置いて、ノアと緑は医務室を後にした。足早に回廊を移動しながら、緑に訪ねる。
「……殺された、ということで間違いないか」
「自殺や事故と考えるには、驚きや悲しみが足りませんでした」
「密偵も、実際にしていたとみてよさそうだな」
不可解な回答をする緑に、ノアはもう指摘をすることもなく会話を続けるようになっていた。
「もう少し泳がせてから拷問にかけたかったが、残念だ。これで情報が途絶えた」
「そうですわね、可愛そうに」
「まあいい。次の密偵が来ても、また貴女が気づく。そうだな?」
立ち止まってノアは後ろを歩いていた緑を見た。金色の目が、まっすぐに深緑の魔女を見つめる。視線を独り占めすることの快感を感じながら緑は笑った。
「もちろん。あの方の香りは、もう覚えましたもの。間違えたりいたしませんわ」
緑の頼もしい答えにノアも口の端を上げる。
――この魔女が居れば、俺はもう遅れをとることはない。
玉座にまた一歩近づいた気がした。そこに座るためには、国内貴族、ひいては第二王妃を手中に収めなければいけない。それはこれまで途方もないことに思えたし、実際兄も生前達成できなかった部分だった。
ノアは笑い声を上げたくなるのを拳を握って耐える。
――できる。今の俺なら。第二王妃の弱みを捕らえて、俺の戴冠を認めさせる。
「ああ、旦那様、少しお待ちになって」
再び歩きだそうとしたノアを緑は止めた。不意に彼の手を取る。
「これ、念のためつけておいてくださいな」
それはいつか執務室で編んでいた赤紐だった。少し太めのそれを、緑はノアの手首に何重にも巻き付ける。紐の先に、飾りが編まれていた。
「なんだこれは」
「私の故郷の厄除けですわ。死体を見たんですもの。悪いものを持ち帰っては困りますから。私が良いと言うまで、外さないでくださいませ」
シャツの袖から覗くその紅紐はひどく不自然に見えた。が、ノアは嫌な顔一つせずに受け取る。
「悪いな」
ノアの一言に緑が嬉しそうに笑った。
濃霧が立ち込める庭園に、今夜は虫の羽音のような不愉快な音が鳴っていた。寝る直前まで持て余していた唇の疼きも一気に吹き飛ぶ。
目に映る景色はいつもと変わらないのに、聞こえる音が違うだけで、ずいぶんと庭園の印象がおどろおどろしいものに感じられた。
髑髏の鉢植えが、時折カタ、と揺れる。その白と、各所で咲く赤い花が、ノアの目に今日はやけにちらついて見えた。ぞくりと背筋が震える。
「なんなんだ、それは」
音の出所は、緑の口元だった。彼女の赤い唇は小さな橙の実を咥えていた。
ノアの不機嫌そうな声に緑は首を傾げる。
「笛ですわ」
「そんな見にくい音のなる笛など捨てろ」
「あら、子供の頃遊びませんでした?」
緑が綺麗に整った鬼灯の実を見せるとノアは首を振った。
「しない。知っているものと少し色が違うが、これは中の実を食べる果物だろう」
不機嫌さを露わにして膝に頭を乗せてくるノアに、緑は首を傾げて小さく呟いた。
「こちらとあちらでは、やはり違うのですね」
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