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毒ヲ喰らわバ、みどりマデ〜花吐く魔女ハ旦那様ヲ逃さナい〜  作者: はるてん(次作執筆中)
第4章 毒《あい》はほころぶ

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28話 不滅の沈丁花《じんちょうげ》

 日差しが穏やかで風が心地よい日。ノアは家族と共に狩猟用の館に来ていた。兄が死んで以来の久しぶりの休みを芝生に寝転がって漫喫する。傍らの花畑では、緑と妹たちが楽しそうに花を摘んでいた。

 二人の妹はあの幽霊騒動以降、緑にべったりになった。もらった赤紐を毎日腕につけ、困った事があるとすぐに相談に行っているらしい。ノアを除いた茶会もよく開かれるようになった。


 緑は薬草畑を手に入れてから一人で行動することも多くなった。薬づくりは楽しいらしい。実際、定期的に薬を差し入れているクレスも、火傷がかなり早く治っていると報告が上がっている。国王も、体調は随分良くなったと言っていた。


 ――王の場合は、毒薬を呑むのを止めたのが大きいと思うが。


 未だ緑に会いたがる父親には嫌気がさしている。が、毒を毒とわかって飲み続けたその胆力を、今は認めるようになっていた。


 ――結局、あの妖婦を切って国を回すことは無理ということなんだろう。


 打倒第二王妃を掲げてここまで来たノアは、悩んでいた。

 傀儡状態である現国王から王座を継いでも、手にできる権力は少ない。傀儡状態から権力を取り戻すのは途方もないことに思えた。


 ――父親ができなかったことを、俺にできるのか。実際、妖婦を排除して、この国を回せるのか。


 毎晩悩んでいるが、たどり着く答えは否だった。この国の政治から完全に第二王妃派を排することは不可能に近い。

 丁寧に調べを進めた結果、第二王宮に出入りする行商人のうちの一人の名義人が、実際には既に死亡していたことをノアは掴んでいた。時系列的に、彼女は名義人が死亡していることを知りながら、不正に手続きを進めていたことになる。

 王に毒薬を渡していた事実もある。

 望んでいた武器が手に入った。なのに、ノアは第二王妃を攻撃する気を起こせなかった。手元のカードを転がしながら、何が最前なのかを考え、迷っている。


 ――今の俺では、この国から第二王妃を排することはできない。かといって、このまま攻撃されるのを待っていることもできない。俺は、次の手をどうすればいいのか。なにを、目指せばいいのか。


「旦那様!」


 緑が近づいてくる。黒い髪が風になびいている。


 ――リューがいれば、なんでもできる。権力を手に入れることだって、いつかきっと。


 そう考えるノアの目の前で。

 緑の体は、クロスボウの矢に射抜かれた。


 ノアも緑も目を見開く。体が傾いだところで、二発目が刺さった。


「リュー!!」



 震える体で、ノアは倒れた緑に駆け寄る。

 緑の体はピクリとも動かなかった。二本の太い鉄の矢が深々と緑の胴体に刺さっている。細い体の下に、赤色が見える。黒い髪に覆われて、顔は見えない。


「ぁ、ぁああ」


 絶望に顔を歪ませてノアは崩れ落ちる。目の前の光景が信じられなかった。


 ――リューが、死ぬ? 俺の、リューが。死ぬのか、ここで。こんなところで。


 震える手で、緑の顔に手を伸ばす。


 ――せめて、最後に、顔を見たい。


 はぁ、と紅い唇から吐息が零れた。


「嗚呼、びっくりした」


 ころんと緑の頭が転がって、髪が顔から動く。普段と全く変わらない、のんびりした緑がそこにいた。

 突き刺さっていた矢が音を立てて地面に落ちる。穴の開いた服の下からは赤い薔薇の花弁が零れていた。


「……お前」

「撃たれるなんて、初めてです。こんなに痛いのですね。あまりの痛さに息もできませんでした」


 流暢にしゃべる緑にノアは困惑するばかりで、言葉を紡げない。そんなノアに、緑は微笑んだ。


「嫌ですわ旦那様。私が、こんなもので死ぬとでも思いました?」

「……普通は死ぬんだ。馬鹿者」


 地面に転がったままの緑の胸にノアは顔を埋める。そこには確かに脈打つ鼓動があった。




 ***




 胸元に乗ったまま動かない旦那様の頭に、私は頬ずりする。抱きしめようとしたところで、また左手が動かないことに気づいた。

 力の代償なのはわかっているので、特に深刻に考えずに片手で旦那様を抱きしめる。旦那様はピクリとも動かない。


 ――随分驚かせてしまったようだし、しばらくはそっとしておいてあげるのが、良い妻というものでしょう。


 胸の上にある金髪を撫でながら、私は微笑む。


 ――それにしても。ナイフで指を切らないことは気づいていましたけれど。私、矢で撃たれても大丈夫なのですね。


 体の横を手で探って、落ちたクロスボウの矢を拾い上げる。見るとそれは矢じりの部分がまるで融けたようになくなっていた。


 ――不思議。本当に不思議。私の体、どうなっているのかしら。面白い。


 たっぷりそれを観察してから、私は矢が飛んできた方を見る。人の気配が、まだあった。

 私は笑う。


 ――魔女を狙うなんて。なんて怖い物知らずな方。どうなっても知りませんよ?


 そこで、私はなぜか感じた違和感に首を傾げる。


 ――魔女、って。私のこと?


 なぜか、違和感があった。

 城の中でも、侍従や騎士の皆様や妹様たちに魔女殿と呼ばれているし、旦那様にも魔女殿と呼ばれていた頃があったのに。

 一番最初に呼びだしたのは、子供だった気がする。村で薬と食糧を交換した時に。


 ――食糧を交換? 村? どうして私、そんなことをしていたのかしら。私の食事は、旦那様と同じものと決まっているのに。


 そこで私は気づく。この城に来る前の記憶がない。

 旦那様が迎えに来てくれた日の記憶はあるのに、その前の生活が、思い出せない。

 もっと前。別の場所に住んでいたような気もする。たくさん、怖い思いをした記憶もある。

 でも、誰と、どうやって暮らしていたのか、わからない。


 ――まあ、いいでしょう。困ることはないですし。


 私は胸の上にある旦那様の頭を抱きしめ直した。


 ――旦那様との記憶があるなら、他の記憶はどうでもよいです。




 ***




 一人の男がノアの前にひれ伏したのは、七日後のことだった。その男にノアは見覚えがあった。第二王妃の護衛騎士だった。


「お許しくださいっ」


 その男は、ノアに、ではなく、その後ろの緑に懇願する。


「貴女を撃ってから、変な影をあちこちで見ます。眠れば、濃霧の中、化け物に食い殺される夢ばかり見ます。すいませんでした。どうか、助けてください。どうか」

「あら、大変ですわね?」


 震えながら上ずった声で必死に語る男に緑はのんびりと答えた。そんな様子の緑にノアはため息をつく。


「そんなことまでできたのか」

「いいえ? 私が意図的にやっているわけではありません。でも……まあ、魔女を殺そうとした罰、ですわね」


 くすくすと笑う緑の声に、騎士の男は涙目で震え続ける。歯の根が合わない男に、ノアが静かに語りかけた。

 第二王妃の臣下が自分に傅くのは、最高に気分が良かった。


「許してほしいなら、身を粉にして俺に尽くすことだな。手初めに、答えろ。誰の指示で、リューを狙った?」

「第二王妃殿下です!」


 間髪入れずに男は答えた。予想通りの答えにノアは笑う。


「だろうな……いいだろう。お前を内通者として雇ってやる。俺は、忠義を尽くす人間を見捨てたりしない」

「……かしこまりました」

「リュー、赤紐をくれてやれ。多少は効果があるだろう」

「ああ……そうですわね。旦那様の指示なら、仕方ありませんけれど」


 緑は自分の机から作り置きしてあった赤紐を一本取りだした。

 目を輝かせて待つ男の目の前で摘まんで振る。赤い唇が妖艶に笑っていた。


「悪い事をしたらすぐ切れるかもしれませんよ? 肝に銘じなさい?」

「……御意」


 赤紐を受け取り、男は去っていった。

 その後ろ姿を見つめて、ノアは呟く。


「リュー、俺は決めたぞ」

「? なにをでしょう?」


 にやりと、ノアが笑う。その目は、味わったばかりの快楽に魅了されていた。


「俺は、やはりこの国の玉座を獲る」

「あら、それは素敵」


 緑のくすくすという笑いが、部屋に響いた。

次話で完結です。


ブクマや↓の★を一つでもいいのでいただけるとがんばれます。よろしくお願いします。

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