27話 幸せに嫁いだ石楠花《しゃくなんげ》
旦那様は今日も忙しそうにお仕事をされている。
第二王妃を追いつめる作戦は、普段の仕事の合間に少しずつ進めているそうだ。本当に信頼できる部下だけとしか話ができないから、進みが遅いとこの間ぼやいていた。
「旦那様。私、畑を見てきてもいいでしょうか?」
旦那様が一人になったタイミングで、私は尋ねた。書類がたくさん積まれた執務机の横に立つ。一瞬だけ、金色の目がこちらを見た。
「もう、そんな時間か」
何気なく、旦那様の片手がこちらに投げ出される。
「今日は良く晴れているので、少し早めに様子を見に行きたいのです」
投げ出された旦那様の手に指先を乗せると、軽く握りしめられた。
「足りないものがあれば言えよ」
旦那様の指が、私の手を撫でていく。手の平から、指先まで、ゆっくりと。
「ありがとうございます。今のところは足りておりますわ」
私も、旦那様の手の平を指でなぞる。丸く、指先で円を描く。
これは最近旦那様と始めた遊び。仕事をしているふりをしながら、愛を交わす。
――隠れてキスをするより、ぞくぞくしてしまう。
最近、夜はずっと愛を交わしてしまう。一人きりで寂しく時が経つのを待っていた頃とは大違い。
「日が暮れる前には戻れよ」
その言葉と同時に旦那様の手が離れた。秘密の遊びはこれで終わりのようだった。
「はい。では、行ってまいります」
そう言って私は旦那様から離れた。
旦那様の執務室を出て、外に出る。向かうのは、建物の裏にある耕された一角。
国王に薬を煎じた結果、私は城の中で薬草を育てる許可をもらった。火傷を負った騎士様に差し入れている塗り薬も好評で、私の部屋には調合のための道具が揃いつつある。
植えたのはこの国に来てから見つけた、私が知っている薬草たち。畑の中で薬草たちは植え替えにも耐え、元気に水を吸っていた。鉢植えのままもらってきた芍薬も美しく咲いている。
自室の方では積んだ薬草をいくつか陰干しをしているし、バルコニーでの天日干しも順調に進んでいて、全ては順調だった。
――また、私が役に立てることが増えた。
嬉しい気持ちで育ち始めた薬草を愛でる。
肌に冷気を感じたのはそんな時。
見ると、木陰から姿を現したのは、豪華なドレスを来た女。
「……あら、こんなところに来てくださるなんて、驚きですわ。第二王妃様」
作り物の笑顔を浮かべた女が、そこに立っていた。身に着けた数々の宝石が太陽の光を受けてきらきらと光っている。
「偶然ここに来られた、なんてことはないですわよね。なんの御用でしょう?」
「……貴女とお話をしに来ました。貴女、ここ以外は第二王子にべったりなんですもの」
「それはそうですわ。私、あの方のためにここにいるんですから」
答えると女は笑みを強めた。紫の瞳は苛立ちを抑えているのがわかる。
彼女は優雅に手を伸ばした。私に、手の平を向ける。
「私の元にいらっしゃい」
突然の勧誘に、私もつい、笑顔が消えた。
「貴女の能力と価値を、私は評価いたします。こちらへいらっしゃい。欲しいものはなんでも与えましょう。報酬だって、今の三倍は出します」
王妃様の言葉は、随分重みを感じさせてきた。
「望みを叶えるのに、第二王子の元にいなければいけない理由はないでしょう?」
その言葉に、私は笑う。
「……私、欲しいものがありますの」
「言ってごらんなさい?」
「こちらではなんという名前で呼ばれているかがわからないので、伝わるか不安なのですが」
頬に手を当てて、少しもったいぶってみせる。
「体が弓のように反り返る。そんな風にして死ぬ毒薬を、探しておりますの」
紫の瞳が少し大きくなった。でも、顔は優雅に微笑んでいる。
――さすが、旦那様が妖婦と呼ぶ女、ですわね。
「最近流行っているものですわ。王妃様なら、ご存じではありませんか? 便利な薬屋さんが、いらっしゃるのでしょう?」
緑の挑発に第二王妃は答えなかった。
――そう、答えられるわけがない。
「見つかったら、またお声掛けくださいな」
優雅に礼をし、彼女を残して私は薬草園を去る。
心地よい風に、髪がなびいた。
***
残された彼女は、拳を握りしめていた。隠れていた近衛騎士が恐る恐る近づく。
――こんな屈辱を味わうのは、いつ振りかしら。
望むものは、全て手にしてきた。地位も、権力も。私は出自も美貌も能力も完璧に生まれ、そして育った。
――唯一足りなかったのは男児を産む早さだけ。そこだけ、私は出遅れた。
先に嫁いできた人質女より早く孕むことはできたのに、産まれたのは女児だった。次に産まれたのも。この国では、女は王座に付けない。
やっと男児を産んだころには、国に王子が三人も産まれてしまっていた。
屈辱に耐えた二十三年だった。
――やっと、全て正しい姿にできるところだったのに。
突然現れた女に随分彼女は翻弄された。
毒見役に防がれて、毒殺は効果がなくなった。少し怖がらせればいなくなるだろうと思って脅したら、全て見抜かれてこちらが痛手を負った。その後の作戦も、あの女を狙ったものはどれもうまく行かない。息子のアーサーも最初はやる気を見せていたのに、最近は言い訳ばかりで役に立たなくなった。
「殺せ」
ただ、それだけを命じた。
次回更新は7月31日金曜日21時頃。あと2話です。
最後までどうぞよろしくお願いいたします。




