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毒ヲ喰らわバ、みどりマデ〜花吐く魔女ハ旦那様ヲ逃さナい〜  作者: はるてん(次作執筆中)
第4章 毒《あい》はほころぶ

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23話 一緒にトびたい風船葛《ふうせんかずら》


 ひたひたと、音がする。

 何かが、寝台の周りを歩いている。他の皆は、眠っているようだった。

 静かな寝息の合間に、また聞こえる。誰かが歩く音。


 ――いる。なにかが。この部屋の中に。


 彼女は震える。

 噂は、本当だった。最近、城の中に幽霊が出るという噂。メイド服を着て彷徨う、頭が半分潰れた女。


「どぉしてぇ」


 聞こえる声に、悲鳴をあげそうになった。

 皆、起きない。皆、寝たまま。


「おぅひさまぁ」


 ――探してる。王妃様を……どの、王妃様を?


 ひたひた。

 ひたひた。

 それはずっと、部屋の中を彷徨っている。出て行く気配は、全くない。

 最近、様子がおかしかった宮殿内のことを思い出す。

 いつの間にか開いている扉、何度掃除してもついている手の痕、毎晩勝手に動く椅子。

 何より、彼女は見てしまった。


 ――第四王子様の手首についていた痣。あれは、きっとこの幽霊に掴まれたんだ。


 彼は毎日包帯をして隠しているが、あれは、間違いなく女の手の痕だった。


 ――悪い事をしていると、やっぱり悪いモノに憑かれるんだ。


「ゎたしぉしごとしてぇたのにぃ」


 間近から聞こえた声に、彼女は震える。

 布団を被ったまま、出られない。

 なにも、できない。


 朝を待つしか、ない。




 ***




 それは、夕飯後のことだった。

 蝋燭だけで照らされる暗い廊下を、身を寄せ合うように二人の妹が連れ立って歩いていた。やけに縮こまったその姿が、ノアは気になった。


「リリー、フローレンス」

「「ひっ!!」」


 悲鳴が上がった。震えあがる妹たちにノアは戸惑う。


「なんだ、どうした。なにかあったのか」

「お、お兄様」

「す、すみません、ちょっと、驚いてしまって」


 妹たちは平静を取り繕うが、その怯え方は異常だった。見逃すことはできなくて、ノアは逃げようとした二人を止める。


「話せ。なにをそんなに怯えている。ここは第一王宮だぞ」


 他の建物ならまだしも、自分の家の中で怯える理由がノアにはわからなかった。

 妹二人は顔を見合わせた。小声で何か相談してから、姉のリリーが語りだす。


「最近、噂があるんです。城のあちこちで、幽霊が、彷徨っている、って」


 第二王妃絡みのなにかを警戒していたノアは一気に気勢をそがれた。大きなため息が出る。


「お前、そんなものを信じているのか」

「だ、だって。侍女達がその噂で持ち切りで」


 リリーが反論しようとした時。


「旦那様?」


 背後の暗闇から現れた黒髪の女。


「「きゃあああああああ」」


 建物中に響く悲鳴を上げて、二人は床に座り込んだ。

 声をかけた緑とノアは、その怯え様に顔を見合わせた。


「申し訳ありません。私たちが悪いのです。姫様方に噂話を聞かせてしまったから」


 悲鳴を聞いて、駆けつけた侍女達は一様に頭を下げる。

 二人の妹は未だ震えていた。下の妹、フローレンスは先ほどから嗚咽が止まらない。


「そんなにその噂は広がっているのか」


 ノアが痛む頭を押さえながら聞くと、侍女達は全員が頷いた。


「……目撃者が多いのです。ただ姿を見ただけではなく、歩いている音や、彷徨う声を聞いた者がいて」

「自分たちの方にも、噂はまわっています。男で姿を見た者は、まだ聞いたことはありませんが」

「手を掴まれた、という者もいるようで……」


 侍女を援護するように、侍従たちも話し始める。話に参加する者の多さに、ノアは深くため息をついた。そんなノアに、侍女の一人が恐る恐る声を掛ける。


「ノア様、姫様方が怯えるのにも、理由があるんです」

「理由?」

「その、実は……」


 そこで、侍女は口を噤んだ。他の侍女や侍従たちと、報告するか否か、視線だけで最終確認が行われる。


「その霊が、どうもラムではないかという話なのです」


 それは、洗濯棟から落ちて死んだ元第一王宮のメイドの名前だった。

 一気に空気が重苦しくなる。


「それは、確かに恨まれていてもおかしくないな」


 ノアの言葉に、一度は泣き止んでいたフローレンスが再び泣き出した。

 そこで、それまで傍観していた緑が口を開いた。


「そんなに怖いのなら、お守りをお渡ししましょうか?」


 その言葉に、皆が緑に注目した。ノアを除いて。


「お守り、ですか?」

「ええ、旦那様が着けていらっしゃるものを、お二人にも贈らせていただきますわ」


 視線が今度はノアに集まる。もう着けているのが当たり前になった手首のそれを、ノアはそっと隠した。


「お願いします!」

「欲しいです!」


 ノアの妹たちは緑に縋った。涙目で見つめられた緑は優しく微笑む。


「後でお部屋にお届けしますわ。早い方がよろしいでしょう?」

「「はい!」」


 二人の少女の声に力が宿った。


 これで、事態は解決したと思っていた。




 今、緑はノアの執務室でせっせと紅い紐を編んでいる。

 あの後、二人の妹にはノアと同じ紅紐が贈られた。彼女たちはそれを毎日着けている。

 侍女たちも、その赤紐を欲しがった。侍従たちも。気づけば屋敷の全員が欲して、緑の手仕事は何倍にも膨れ上がった。


 ――幽霊騒ぎにいい大人が振り回されるなんて。


 ノアは痛むこめかみを押さえながら書類に目を通す。

 だが、緑の赤紐の効果で第一王宮は平時を取り戻していた。大騒ぎになる前に事態を沈下できたことにノアは胸をなで下ろす。同時に緑への信頼度がさらに増した。

 

 洗濯棟から落ちて死んだ彼女に対しては、後味の悪さを感じてはいた。


 ――だが、もう死んだ人間には、なにもできない。幽霊になって来られても困るだけだ。


 彼女にランドリーメイド降格を告げたのはノアだ。


 ――化けて出るべきは、俺のところだろうに。


「殿下、オリバー様がいらっしゃっています。お通ししてよろしいでしょうか」

「ああ、通してくれ」


 クレスの替わりに近衛騎士になった男が取次ぎをしてきた。新しく来てくれた彼に不満があるわけではないが、クレスに比べれば未だ距離がある。


 ――リューの薬もあって治療は順調だというが、骨折もあるからな。いつ復帰できるか。


 今は治療中の男に思いを馳せながら、ノアは入室してきた異母弟オリバーを出迎える。


「仕事中に申し訳ありません兄上。こちらの書類にサインをいただきたくて」

「構わない。見せろ」


 ノアはオリバーから書類を受け取って目を通した。読み終わるのを、オリバーは大人しく待つ。部屋の端で紐を編む緑を、一瞬横目で見た。


「できたぞ」


 そう言ってノアが書類を返すのと、オリバーが欠伸を噛み殺したのは同時だった。


「……申し訳ありません」

「なんだ、寝不足か?」


 弟の失態に笑みを零して訊ねると、彼は恐縮した。


「最近、妹が夜に突撃してくるのです。朝になるとけろっとしているのですが、毎晩半泣きで来るので追い返すこともできず……」

「なんだ、お前のところもか」

「? と、言いますと?」


 何も知らない雰囲気のオリバーにノアは今侍女達の間で噂されている幽霊のこと、それに影響された妹二人が怯え切っていたことを語った。話を聞いたオリバーは乾いた笑いを漏らす。


「なるほど、そういうことでしたか……まったく、正直に言えばいいのに、あの意地っ張り」


 楽しそうに笑っていた彼は、ふと何かを思いついた。少し考えてから、兄に向き直る。


「……第二王宮でも、同じことが起こっているかもしれません」

「どういうことだ?」

「最近、アーサーが随分大人しくなったんです。僕にも、他の生徒にも絡んでこなくなりました」

「……あれが、幽霊を怖がるか?」

「それは。まあそうなんですが」


 顔を見合わせて、二人で笑った。


「今はそう思っておくか。良い情報だ。感謝する」

「こちらこそ、情報ありがとうございます、兄上」


 緑はひたすら横で赤紐を編んでいた。




 ***




 長年仕えた城の中を、私は歩く。


 ――どうしてだろう。前が、よく見えない。


 王妃様のところに行きたいのに、道がわからない。


 ――どうしてだろう。足が、よく動かない。


「あら、ついにここまで来てしまったのね」


 ふと、声をかけられた。

 廊下の先にいるのは、黒い髪の女。


「ごめんなさいね。貴女に恨みはなにもないのですが、皆様が困っていますの」


 笑う、紅い唇。

 伸びて来る、緑の指。


 そこで私は、終ワッタ。




 ***



 魂が、体の中で融けていく。

 胸に広がる絶望と困惑。理不尽さと、ほんの少しの『やっぱり』。

 脳裏に映る、建物の縁にぶら下がる腕。こちらを見下ろしている誰か。蹴り落とされる自分の指。


 そこで私は気づいた。


 ――貴女だったのですか。ごめんなさいね。あの時は味見だけだったのに、結局食べてしまいました。


 第二王宮の廊下をランプで照らすと、ちゃんときれいになっていた。


 ――よかった。これでもう大丈夫ですね。

思い出したように差しこまれるホラー回でした。

次回は事件が起こります。


ブクマや↓の★を一つでもいいのでいただけるとがんばれます。よろしくお願いします。

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