14話 断罪の加剌抜児豆《からばるまめ》
蔦を取り払った庭園で、ノアは緑を抱きかかえていた。緑の肩に頭を乗せながら、彼女の黒い髪を弄ぶ。
「……旦、那様?」
突然の過度な接触に緑は少し戸惑っていた。彼女の動揺も気にすることなく、ノアは緑を愛でている。
裏切られていなかった安堵で彼の胸はいっぱいだった。疑ったことに対する罪悪感も相まって、彼の中で愛情が膨れ上がって止まらない。
「結局、あれはなんの毒だったんだ」
「小瓶に入っていた毒のことですか? あれは、ベラドンナから作られたものですわ。飲むと興奮し、瞳孔を開く効果があります」
「興奮剤か……? なぜそんなものを夜会に」
「そうですね……やっぱり可愛くなりたかったのではないでしょうか?」
「? どういうことだ?」
理解ができず、ノアが体を離して緑の顔を見ると、緑は微笑んで瞳を指さした。
「瞳孔が開けば目が大きく見えるのです。興奮作用も、体温を上げて頬を赤らめることができます」
そんな馬鹿な、とノアは反射的に思ったが、毒のことで緑を疑うのは止めたことを思い出した。意識を失う前の令嬢の姿を思い出し、納得する。
「美のために、毒を摂ったのか」
「毒と知っていたかはわかりません。目を舐めた時、毒がたっぷりついていました。知らずに相当な量を体に入れたのではないかしら」
「馬鹿なことを……」
「旦那様に可愛いと思われたかったのですよ」
「それで倒れられても、迷惑なだけだ」
ため息と共にノアがそう言うと、緑はくすくすと笑った。
「年頃の女の子なんてそんなものですわ」
「毒の出所を、本格的に調べなければいけないな。国内で蔓延しているとなったら厄介だ」
いざとなったら、薬を売り出すことも必要か? と呟くノアに緑は眉を寄せた。
「薬、と言っても要は毒ですから、流通させるのは少し危険かと」
「……毒だと?」
「ええ。後から飲ませた薬、あれは加剌抜児豆という、ベラドンナとは逆の効果を持つ毒です。昔は南の国で犯罪者の裁判に使われた歴史ある毒ですわ」
「薬が、毒……」
思いもしなかった事実にノアは絶句するが、緑はそんな彼を前に楽しそうに笑う。
「以毒攻毒。解毒のために別の毒物を用いるのは、私の故郷では常識です」
後日、ベラは無事目を覚ましたが、目が見えなくなっていた。記憶障害も激しく、会話がろくにかみ合わない。
彼女はノアに求婚されたと語った。パーティで跪いて愛を語られたと。
アトロパ男爵は娘の証言を信じ、ノアに言行一致を求めて王宮を訪ねたが、第三王子オリバーやその他の侍従の証言によって、毒による妄想だと結論づけられる。
「国内の令嬢を中心に、化粧品を装った毒物の流通が確認された。貴族は皆、自分の家の捜索結果を報告せよ」
ノアはベラの後遺症と合わせて公表。同時にこれを禁止薬物とし、一斉徴収に取り掛かる。
国内貴族の男性たちは妻や娘のドレッサーを漁り、こぞってノアに毒物を献上した。家族の健康を守ることを名目に、第一王子ノアへの忠誠心が試された。
一方、婦人や令嬢たちの一部は毒物を隠蔽した。入手経路についても頑として口を割らなかった。
結果、ノアの元には大量の毒が集まったが、入手経路の情報は一つも手に入らなかった。
テーブルにさまざまな小瓶がずらりと並んでいる。一番数が多いのは例の青いガラス細工の小瓶だったが、他の容器も沢山あった。女性用の小瓶がずらりと並んだ光景は圧巻で、一つ一つに家名のタグがつけられていた。
「頼む、リュー」
ガラス小瓶を前に、ノアは苦い顔で緑に頭を下げる。
「なんでもいい。なにか、気づくことはないか」
「そう、ですわね……中身は二種類ありますでしょう?」
大量の毒を前に、緑も困った顔で首を傾げた。
緑の指でいくつか手に取り、匂いを嗅ぐ。三個目を手に取ったところで気づいた。
「少し、濃度が違いますわね」
ノアも周りの政務官も息を呑む。自分たちだけでは気づかなかった特徴だった。
「濃度順に並べられるか」
「やってみましょうか」
テーブルがもう一つ用意された。緑はひとつひとつ、中身を確認して濃度分布図を作っていく。
気の遠くなるようなその作業は、全て終えるまで丸一日かかった。
「この七つが、最も濃い毒ですわ」
そう言って緑が出したのは、全て青いガラス小瓶。その小瓶のタグを確認して、政務官が呟く。
「全て、第二王妃派閥の末端貴族です」
「やはり、発端はそこか」
「……ですが、これだけではまだ証拠として弱いですね」
政務官の悔しそうな言葉にノアも顔を歪めた。
「あきらかに第二王妃が絡んでいる証拠か……難しいな……」
「ですがなんの抵抗もできなかった以前と比べると劇的な進歩かと。この七名の動きをしばらく注視しましょう。魔女殿のおかげです」
「そうだな。実用していたのなら、再度入手しようとする可能性がある。見逃すな」
政務官に指示を出して、ノアが緑を見つめて笑う。
「リュー。貴女のおかげで、俺はあの妖婦に対抗できる」
***
旦那様が私をみて優しく微笑んでいる。
嬉しいのになんだかむず痒くなって、視線をそらした。
――また、旦那様のお役に立てましたわ。
嬉しさと安堵感で、涙が出そうになる。
――この前は、がんばっても冷たくされてしまったからどうしようかと思ってしまいました。あのままだったら、私。
はたと気づく。
――私、あのままだったらどうしていたのかしら。
私がこの城にいるのは旦那様が必要としてくださるからだ。その旦那様に見限られてしまったら、私はどうしたらいいのだろう。
――戻る? また、あの森に? 嗚呼、私、どんな家に住んでいたのかしら。
ぐらりと、世界が傾いだ。内臓が締め付けられて、気持ち悪くなる。
「リュー?」
手を、握られた。旦那様だった。
「どうした? 疲れたか?」
優しく旦那様が聞いてくれる。握られた手が暖かい。
「ありがとうございます。大丈夫ですわ」
いつものように微笑んでみせる。
こんなに優しい旦那様なのだから。私を捨てるなんてしないきっと。
もし、もしそんなことになったら。
――その時は、どうシマしょウか?
次の更新は7月8日(水)21時頃となります。
新章開始です。
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