13話 お姫様になりたい狼茄子《おおかみなすび》(後編)
――花を自由に吐けるなら、毒を呑んだふりをして花を吐くこともできるんじゃないか。
確かに、緑から能力の全てを聞き出したわけではない。聞かなかった自分が悪い、とノアは考える。それでも、騙されたという感覚は消えなかった。
信頼を重ねて来たからこそ、失望が大きい。
緑が吐いた鞘の中には、暗褐色の種が入っていた。クレスから紙を受け取り、緑はその上で種をナイフで削る。出来た粉末を丁寧に令嬢に飲ませていった。
しばらく経つと、令嬢の痙攣は止まった。
「一先ず、できることはいたしました。どこまで回復するかは、この方次第ですわね」
呟く緑の話を、ノアは茫然と聞く。その後すぐにやってきた氷の処置も、駆け込んできた令嬢の父親の対応も、全てクレスと緑に任せた。
――俺は、騙されていたのか。
部屋の片隅で、ノアは茫然と騒動を見ていた。
――リューの能力を、正しく把握できていなかった。いや、そもそも、能力の全てを俺に開示したことがない。俺は、踊らされていたのか。信頼関係があると思っていたのは、俺だけか。
「旦那様? どうかいたしました?」
心配そうに顔色を伺ってくる緑に、返す言葉はない。
「……疲れた。今日はもう部屋に戻る。後は頼んだ」
なんとかそれだけ言葉にして、ノアはクレスと共に部屋に戻った。
ぽつんと、緑だけがその場に残された。
***
――旦那様が、私を置いて行ってしまう。
その背中は、なんだか怒っているようにも思えた。
――私、何をしてしまったかしら。
考えてもわからない。旦那様の希望通りに令嬢を助けたはずだった。
喉の違和感に咳き込む。喉に痛みが走った。
無理に力を使ったから、体が少し痛む。記憶もきっと、いくつか消えた。それを確認する術はない。
頑張ったのに褒めてもらえないのは、少し悲しい。
――今日はまだキスもいただいてませんのに。
寂しい気持ちで、旦那様の去った方向を見つめた。
***
目を開けると、異様に濃霧が立ち込めていた。
毎夜見る光景を、今は見たくなくて、ノアは顔をしかめる。
――今夜ぐらい、一人にしてくれ。
そんなことを思いながら、彼は苛立ち任せに目の前の濃霧を払った。
この庭にいると、否応なしに数日前に交わした体温の熱さを思い出す。
――魔女に心を許した俺が馬鹿だった。
ノアは苦い想いを噛みしめながらあたりを見回す。緑を避けるにしても、歩く方向が見えないと話にならない。今日の霧は、足元すら見えないほど濃かった。いつもの、心に沁みこむような鈴の音も聞こえない。
少し進むと、いつもの庭園が見えた。げんなりしていた彼は、庭園の異変に気づいて目を見開く。
庭園はあたり一面に緑の蔓が蔓延っていた。
花壇も植木も、ティーテーブルもいたるところに蔓が絡みついている。
普段さえずっている案山子は蔦に絡まれて身動きが取れなくなっていた。首のない庭師が必死にその蔦をはがしている。髑髏の鉢植えたちは無造作に転がっていた。
通うようになってから数日、初めてみる光景だった。
「あら? 旦那様、いらしてたのですか」
濃霧の中から緑が現れた。手に蔦の山を抱えている。
「申し訳ありません。このような状態で。今夜はこれをなんとかしなければいけないので、旦那様は一人でお茶を飲んでいていただけるかしら?」
蔦の山を置き、緑はティーテーブルに這う蔦を引きはがし始めた。その背後に立って、ノアは問う。
「なぜ、こんなことになっている」
「薬を飲ませるため、花を吐いたでしょう? 体の外に出すのに無理に成長させるとこうなってしまうのです」
こほこほと、緑は小さく咳き込みながら蔦をはがしていた。
「……咳も、夜会まではしていなかっただろう」
「少し痛めてしまいました。無理に花を咲かせるのは久しぶりでしたから」
緑の言葉は一つ一つがノアの心に沁みこんでいく。
ノアは緑を後ろから抱きしめた。蔦を握る手を、上から握る。
「? 旦那様?」
「……手伝う」
――騙されていたわけでは、なかった。
安堵と共に、疑った自分に罪悪感が募った。
次回は少し解説回。明日更新です。
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