12話 お姫様になりたい狼茄子《おおかみなすび》(中編)
「令嬢が倒れたぞ!」
「ノア様と話していたようですけれど……」
ざわつくパーティー会場でノアは立ち尽くす。
――どう動けばいい。どうするのが正解だ。
床に倒れた令嬢は未だびくびくと痙攣している。
――これは明らかに異常だ。こんな異常に強いのは。
「リュー!」
ノアが叫んだ頃には、緑は既に人を掻き分けてノアの元に来ていた。
「もう大丈夫ですわ、旦那様」
ふわりと緑が微笑む。
――無性に泣きたくなるのは、どうしてだ。
緑は手早く令嬢を見ると、自分を追いかけてきた騎士のクレスを振り返った。
「早く別室へ。それと大量の水と氷をお願いします」
クレスが令嬢を抱え、ノアと共に緑が会場を出ていく。
その黒髪を、紫の瞳が見つめていた。
「……美しい」
その言葉は、喧騒にかき消された。
緑の指示で倒れた令嬢は近くの空いている控室に運ばれた。
部屋に、ノアとこのクレス、令嬢と緑だけになると、緑は突然、ソファーに横たわる令嬢のドレスを引き裂き始めた。いつの間にか、手に小刀らしい物が握られている。
「お前、なにを」
「早くしないと、この娘は死にます。水と氷はまだですか?」
ノアとクレスが戸惑っている間に、緑はコルセットまで全て切り裂いて、令嬢を肌着姿にしてしまった。
肌着姿の少女を視界に入れるのは忍びなくて、二人はそっと目を逸らす。緑はしきりに令嬢の口の中を調べていた。指を入れて無理矢理口をこじ開けるものだから、ノアは顔をしかめる。
「……口が、どうかしたのか」
「毒の匂いがするのに、口から匂いがしないのです」
毒、という言葉にノアとクレスは背筋を伸ばした。
「どこから何を摂ったのかしらこの子」
もう見ないようになどとは言っていられなくて、ノアもクレスも令嬢を見た。令嬢は未だ小刻みに痙攣している。そこで、ノアは切り裂かれた衣類と共に床に転がる青い小瓶を見つけた。
「リュー」
素早く駆け寄って、手に取ると、それは見覚えのある精巧なガラス細工の青い小瓶だった。リリーが持っていたのよりずっと小さいが、同じ系統のデザインにノアもクレスも嫌な予感を覚える。
緑はそれを奪うように受け取ると、蓋を開けて匂いを嗅いだ。躊躇うことなく飲む。わずかに残っていた中身が緑の口に流れ込んだ。
紅い唇の間で、紫褐色の花が咲いた。
「これですわ。でも、なぜ口から匂いがしないのかしら」
「……この瓶の小ささは、目薬ではないでしょうか」
ふと、クレスがそう零した。緑が目を見開く。
あ、とノアが思った時には遅かった。緑は令嬢の瞼を開き、目玉を舐めた。嫌悪感にノアが天を仰ぐ。
再び、紫褐色の花が咲いた。
「間違いありません! 目を洗わなければ!」
そこに、侍女が水を入れたタライを運んでくる。入室した彼女は、引き裂かれて床に散らばる衣類に目を見開いて足を止めた。
「早く水を! 手伝ってくださいませ!」
緑が叫ぶ。メイドが躊躇いながらタライを緑の足元に置くと、緑はあろうことか、令嬢の頭を掴んで顔をタライに沈めた。じゃぶじゃぶと洗うように上下に動かす。そして、中の水を令嬢の体に振りかけた。少なくない量の水が令嬢越しに絨毯に降り注ぎ、水たまりを作っていく。あまりの乱暴な処置に緑以外の全員が茫然とした。
「り、リュー、少し落ち着け」
「そんな悠長なこと、この娘の体に触れてから言ってくださいませ!」
緑が叫ぶものだから、ノアは渋々、びしょぬれの令嬢の手に触れる。
その手は、驚く程熱かった。風邪レベルでは済まないほど。
「な、んだこの熱さは」
「だから焦っているのです! 貴女、もっと水を持ってきてくださいませ! 今度こそ氷を!」
「急げ! 俺の名前を使っていい! 複数人で必ず持ってこい!」
ノアに叫ばれて、侍女が慌てて退出していく。令嬢の体は熱く、ずっと痙攣が続いているのも恐ろしかった。
「どうなっているんだ」
「毒のせいで、体温調節機能が麻痺し、発熱しているのです。強制的な興奮状態です。もう対症療法では無理でしょう。薬を飲まさなければ」
「薬なんて、あるのか」
ノアは不安げに顔を歪める。解毒は一番難しいと知っていた。
このままこの令嬢が死ねば、ノアの汚点になることは間違いなかった。さまざまな難癖をつけてノアを引きずり落とす者がでてくるだろう。この娘に対しては全く情もなにもなかったが、恐怖に背筋が震える。
そんな彼に緑は艶やかに笑った。
「今、作りますわ」
そうして、緑は上を向く。赤い唇の間に暗赤色の花が咲いた。
ノアとクレスが目を向いている間に、それはしおれて、緑色の莢が現れる。みるみるうちに枯れて、ぽたりと緑の手に落ちた。同時に、伸びていた蔓が霧散して消える。
ふう、と緑が息を吐いた。
「何か器はございませんか? 呑ませるために削りたいのですが……」
周りを見回した緑は、自分に向けられた畏怖の視線に気づいた。
「どう、いたしました?」
「なぜ、突然花が咲いた?」
今は、毒も飲んでないはずだった。信じられない思いで緑を見つめるノアに、緑は不思議な顔で首を傾げる。
「だって、必要でしたでしょう?」
――毒を呑んだ証だと思っていたのに。自由に花を吐けるのか。
前提条件が大幅に狂った瞬間だった。裏切られたような気分でいっぱいになる。
同時に怒りがこみ上げた。
それが、騙した緑に対するものなのか、騙された自分に対するものなのか。感情はぐちゃぐちゃに混ざりあっていて、判別がつかなかった。
一難去ってまた一難。
続きは明日。
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