第4話:美味しいご飯と、不器用な騎士の極大魔法
ジュウウウウ……。
ダッチオーブンの蓋の上でこんがりと焼けたチーズの香ばしい匂いが、静かな魔境の夜に漂っている。
本日のメニューは、先日解体した暴君猪のバラ肉を使った『厚切りベーコンと魔境トマトのチーズ焼き』。
「アイラ・セルヴァン! 貴様に告ぐ!!」
私が最高の焼き加減を見極めていたその時、無粋な怒声がキャンプ地に響き渡った。
振り返ると、王宮の紋章を掲げた使者が、息を切らして立っていた。その後ろには、数名の近衛兵の姿も見える。
「……あら、王宮の方々。こんな辺境までいかがなさいましたか?」
「とぼけるな! 貴様が結界の要だったなどと、なぜ言わなかった! 現在王都は魔物の脅威に晒され、ポーションも枯渇寸前だ! レイン殿下は大変お怒りだが、今すぐ戻り、以前のように結界と土壌浄化の任に就くなら、寛大な心で許すと仰せだ!」
使者はふんぞり返ってそう言い放った。
なるほど。どうやら王都はついに立ちゆかなくなり、私が垂れ流していた『おこぼれ魔力』の恩恵に気づいたらしい。
「寛大な心で許す、ですか」
「そうだ! さあ、荷物をまとめろ! 魔境での惨めな生活から救ってやる!」
惨めな生活。
使者のその言葉に、焚き火を囲んでいた『霧切り隊』の隊員たちが、一斉にピキッと青筋を立てた。
彼らの目の前には、極上のチーズ焼き。源泉(魔力)掛け流しの露天風呂。フカフカの魔獣の毛皮のベッド。
王宮の窮屈な生活など比べ物にならない、超絶快適なグランピング空間である。
「お断りします」
「なっ……!?」
私はダッチオーブンから熱々のベーコンを取り出しながら、あっさりと首を振った。
「私はすでに婚約破棄され、追放された身。今さら王都に戻る義理も理由もありません。それに――ここの方が、圧倒的にご飯が美味しいですから」
「き、貴様っ、王太子の命令に逆らう気か! ええい、無理矢理にでも連行しろ!」
近衛兵たちが武器を抜こうとした、その瞬間。
『グルァアアアアッ!!!』
凄まじい咆哮と共に、伝説の大森林狼が使者たちの前に立ち塞がり、その巨体と殺気を放った。
さらに。
「……俺の補給拠点で、何をしている」
氷点下の声と共に、ガルド様が使者の首筋にピタリと剣を突きつけていた。
一切の感情を排した、王国最強の騎士のガチの殺気。
「ひぃっ!? が、ガルド隊長!? なぜ貴方がここに……っ!」
「彼女は我が『霧切り隊』の最重要保護対象だ。……これ以上彼女の調理の邪魔をするなら、王宮の命令だろうと斬る」
「ひ、ひぃぃぃっ!」
ガルド様と伝説の聖獣に睨まれた使者たちは、泡を食って逃げ帰っていった。
後日、結界を失った王国はその後、莫大な予算をかけて魔導士ギルドを雇う羽目になり、原因を作ったレイン王太子は廃嫡、実質的な没落を迎えたらしい。
(まあ、私には関係のないことだ)
◇◇◇
騒ぎが去り、隊員たちも満腹になってテントで眠りについた深夜。
パチパチと爆ぜる焚き火の前に、私とガルド様だけが残っていた。
「……アイラ嬢」
ガルド様が、いつになく真剣な表情で口を開いた。
先ほどの氷のような顔とは打って変わって、なぜか少し、耳の先が赤い。
「先日の言葉だが……『一生、補給を頼みたい』と言ったことだ」
「ああ、はい。もちろん構いませんよ。私にとっても、美味しいと言って食べてくれる人がいるのは嬉しいですから」
「違う。いや、違わないが、言葉足らずだった」
ガルド様はコホンと咳払いをして、居住まいを正した。
「俺は不器用で、気の利いた言葉は言えん。だが……君の作る飯に救われ、君の飾らない笑顔に、いつしか惹かれていた。……王都にはもう戻らないと言うなら。俺の人生の隣で、ずっと一緒に笑ってくれないだろうか」
それは、紛れもないプロポーズだった。
私はパチクリと瞬きをした。
「……でも私、追放された令嬢ですよ?」
「……分かっている。俺の護衛など不要なほど、君は強い」
ガルド様は少し自嘲気味に笑った後、真っ直ぐに私の目を見た。
「だから、俺に皿洗いをさせてくれ。薪割りもする。美味い食材の調達なら、誰にも負けない。……君の隣で、君を支える理由を、俺に与えてほしい」
王国最強の騎士が、私の専属の調理助手(兼、旦那様)に志願してきた。
その不器用で必死な言葉選びに、私は思わず吹き出してしまった。
「……ふふっ。皿洗い、ちゃんと綺麗にできますか?」
「俺の『水魔法』は、油汚れを落とすためにある」
大真面目に答えるガルド様がおかしくて、私は焚き火の温かさに身を委ねながら、小さく頷いた。
「分かりました。……それでは明日から、二人分の朝ごはんを作りますね」
ガルド様は一瞬ポカンとした後、その傷のある顔を、今日一番のだらしない笑顔へと崩した。
「……ああ。悪くない。……いや、最高だ」
少し離れた茂みの影で、セイン副隊長がメモ帳にペンを走らせる音が聞こえた気がした。
『隊長の顔面崩壊ログ:ついにプロポーズ成功。ただし役割は皿洗い。……まあ、お幸せに』
魔境の夜は更けていく。
私たちのご飯の匂いと、少し騒がしくて温かいスローライフは、これからもずっと続いていく。
(完)




