第2話:補給のついでだ。他意はない
「……本当に、これを俺たちがいただいてもいいのか?」
私の目の前で、王国最強の魔境討伐専門騎士『霧切り隊』の面々が、焚き火を囲むようにして正座していた。
重厚な鎧は魔物との激戦を物語るように傷つき、汚れ、彼らの顔には深い疲労が刻まれている。
しかし、その鋭い眼光は今、ダッチオーブンの中でグツグツと音を立てる『魔猪と薬草のトマト煮込みシチュー』に完全に釘付けになっていた。
「ええ、もちろん。作りすぎちゃいましたし、冷める前にどうぞ」
私が木製の器にたっぷりとシチューをよそって差し出すと、隊長であるガルド様が、恐る恐るそれを受け取った。
傷のある厳つい顔立ちは、相変わらず能面のように無表情だ。
「……毒味は、俺がする」
そんな物騒なことを呟きながら、ガルド様が木のスプーンでシチューを掬い、口に運ぶ。
ゴクリ、と。背後に控える騎士たちが一斉に生唾を飲み込む音が聞こえた。
「…………」
ガルド様の動きが、ピタリと止まった。
「あ、すみません。少し香草を効かせすぎましたか? 魔境の奥で採れた『月光草』という葉が、臭み消しにちょうど良くて――」
「…………おかわり」
「えっ」
「おかわりを、頼む」
ガルド様は、無表情のまま、しかし目にも留まらぬ速さで器を空にしていた。
その様子を見ていた副隊長のセイン様(幼馴染でツッコミ担当らしい)が、天を仰いで深いため息をつく。
「……お前ら、食え。隊長の顔の筋肉が、生まれて初めて緩んでる。これは歴史的瞬間だ」
「「「いただきます!!!」」」
セイン様の号令と共に、騎士たちは一斉にシチューに群がった。
「うめぇ! なんだこれ、疲れが吹き飛ぶぞ!?」
「肉が……肉が口の中で溶ける……!」
「母さん……俺、生きててよかった……」
屈強な騎士たちが、涙目でシチューを掻き込んでいる。
どうやら『月光草』の魔力回復効果と、『水の浄化』で徹底的にアクを抜いた魔猪肉の柔らかさが、彼らの疲労困憊の身体にクリティカルヒットしたらしい。
『グルルル……』
その時、私の背もたれになっていた伝説の聖獣・ムラが、喉の奥で低い唸り声を上げた。
『俺の飯が減るだろうが』と言わんばかりに、騎士たちに威嚇の視線を送っている。
「こら、ムラ。独り占めは駄目ですよ。あなたには後で、骨付き肉のローストを焼いてあげますから」
『ワフッ』
私が頭を撫でると、伝説の聖獣はあっさりと尻尾を振り、大人しく腹を見せて寝転がった。
「…………」
ガルド様が、空になった二杯目の器を持ったまま、私とムラを交互に見て固まっている。
「あの、ガルド様? 器、空になってますけど」
「……」
ガルド様はコホン、と一つ咳払いをして、居住まいを正した。
「アイラ嬢。我々はこれより、定期的にこの魔境のパトロールを行うことになっている」
「はあ。大変ですね」
「その際……この場所を、一時的な『補給拠点』として利用させてもらえないだろうか。もちろん、食材の提供に対する正当な対価は払う」
「補給拠点、ですか」
私は顎に手を当てて考えた。
魔境でのソロキャンプは快適だが、時々狩りすぎる食材の消費に困っていたのは事実だ。それに、彼らが持ってくる王国の調味料(塩や胡椒など)と物々交換できれば、キャンプ飯のレパートリーはさらに広がる。
「ええ、構いませんよ。私でよければ、いつでもご飯を作ってお待ちしていますね」
私がにっこりと微笑むと、ガルド様は一瞬だけ目を伏せ、わずかに耳の先を赤くした。
「……悪くない」
それだけを短く呟き、ガルド様は三杯目のシチューを要求した。
その横で、セイン副隊長が呆れたようにメモ帳を取り出しているのが見えた。
「『隊長、また補給ですか(三回目)』っと。はぁ……魔境討伐の報告書に、なんて書けばいいんだこれ」
こうして、私と一匹の静かなソロキャンプは、腹ペコ騎士団たちの賑やかな「オアシス」へと変わっていったのである。




