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婚約破棄されて魔境に追放されましたが、前世の知識でソロキャンプを満喫します!  作者: 希羽


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第1話:婚約破棄、本当にありがとうございます

「アイラ・セルヴァン! 貴様のような陰気で魔力もろくにない女、次期王妃にはふさわしくない! 婚約を破棄し、魔境への追放を命じる!」


 王宮のきらびやかな大広間。

 王太子レイン殿下が、フェリシア男爵令嬢の細い腰を抱き寄せながら高らかに宣言した。

 周囲の貴族たちがヒソヒソと嘲笑交じりのざわめきを漏らす中、私は静かに、深く頭を下げた。


(……よしっ。これでようやく、自由の身だ)


 悲壮感? 絶望? 全く無い。


 むしろ、込み上げてくる歓喜の笑みを必死に噛み殺し、肩を震わせて「泣いているふり」をするのに全神経を集中させていた。


 私の前世は、山を愛する『山岳キャンパー』だった。

 今世で侯爵令嬢として生まれてからも、窮屈なドレスや面倒なお茶会、そして何より「どう調理する?」という好奇心を一切満たせない王都の生活は、退屈で息が詰まるばかりだったのだ。


 私が唯一極めた魔法は、攻撃や回復といった派手なものではない。『生活魔法』である。

 それも、王宮では「最下級の役立たず」と嘲笑われたが、サバイバルにおいては最強のスキルだった。


 追放先として言い渡された『魔境』。

 それは王国の北端に広がる、瘴気が漂い凶悪な魔物が跋扈する地獄の森……と、世間では恐れられている場所。


 だが、私にとっては手つかずの自然と未知の食材が眠る、最高のリゾート地である。


「手配していただいた馬車、感謝いたします。それでは、ごきげんよう」


 私は足早に王宮を後にし、用意していた特大のバックパック(自作)を背負って、意気揚々と魔境へ向かった。


 ◇◇◇


「さて、まずは拠点作りですね」


 魔境の深部。瘴気が最も濃いとされるエリアに到着した私は、手際よく愛用のテントを設営した。

 防護結界を展開し、周囲の瘴気を『水の浄化』の応用でクリーンな空気に変換していく。


「よし、次は火起こしです」


 指先から『火力・煙の精密制御』を施した魔法の火種を生み出し、集めておいた薪に燃え移らせる。パチパチと薪が爆ぜる心地よい音。

 薄暗い森の中で、焚き火の温かい光が私を照らす。


「はぁ……落ち着く。ドレスの締め付けもないし、最高」


 私はリュックから、こっそり仕込んでおいた自家製の『特製燻製肉(魔猪のハーブ漬け)』を取り出し、焚き火の傍で炙り始めた。

 香ばしい匂いが、静かな森に広がっていく。


 ガサリッ。


 その時、背後の巨大な茂みが大きく揺れた。

 振り返ると、見上げるほど巨大な銀色の狼が、こちらを見下ろしていた。額には禍々しい角、鋭い牙。一目でわかる、伝説の聖獣――いや、魔境の主と呼ばれる大魔獣だ。

 普通なら、絶望して腰を抜かし、泣き叫ぶ場面だろう。


 だが、私の思考は極めて合理的だった。


(……魔物……でかい。これ、解体して燻製にしたら何人前になるでしょう。毛皮もテントのラグに良さそうですし……)


 じゅるり。

 巨大狼の口から、大量の涎が滴り落ちた。

 その獰猛な視線は、私の首筋……ではなく、私が手に持っている『炙りたての燻製肉』に釘付けになっている。


「……食べますか?」


 試しに、串から外した肉の塊を放り投げてみる。

 巨大狼は空中で見事に肉をキャッチし、咀嚼もそこそこに飲み込んだ。そして、ふんすっと鼻息を荒くすると、私の隣にちょこんとお座りをした。

 完全に『次をよこせ』と待っている犬の姿勢である。


「……おかわり、いります?」

『ワフッ』


 伝説の威厳はどこへ行ったのか。

 こうして、私の優雅なソロキャンプは、開始早々に『一匹とひとりキャンプ』へと変更された。


 ◇◇◇


 それから数日後。


「陣形を崩すな! 瘴気溜まりのコアを叩くぞ!」


 怒声と共に、重装備の騎士の一団が森の奥から現れた。

 先頭に立つのは、王国最強と名高い『霧切り隊』の隊長、ガルド・アッシュフォード様だ。濃い茶髪に、傷のある顎。無表情で恐ろしいと噂の彼が、血濡れの剣を構えたまま、ピタリと硬直した。


 彼の視線の先には、テントの前でダッチオーブンを使ってシチューを煮込む私と、完全に腹を出して爆睡している伝説の大森林狼(ムラと名付けた)。


 ガルド様と、バッチリ目が合った。


「あ、お疲れ様です。ちょうどシチューが煮えたところなのですが、一杯いかがですか?」

「…………」


 ガルド様は無言のまま、ゆっくりと剣を鞘に収めた。

 後ろで、副隊長らしき人が頭を抱えてしゃがみ込むのが見えた。


『令嬢が聖獣の腹を背もたれにして焚き火を見ている。何が起きている……』

『……幻覚か? いや、めちゃくちゃ良い匂いがするな』

『……これは任務の一環として記録するべきか否か。いや、まずは食おう』

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