魔大陸ツアー(2)
乗船してしばらくデッキで潮風にあたっていると魔王が近づいてきた。
「久しぶりだなアッシュマイヤー嬢、いやお忍び中だったか」
「リアでいいよ。ラ・デ・ィ・ス・様」 ニヤニヤしながら言うと
「お前もラディスでいいぞ、リア」
ちぇ、少しも照れない。女慣れし過ぎだろ亮介。
「リア、お前の頼みだが、最終日の前日でいいか?」
「もちろんいいよ。楽しみ――」
背中に冷気を感じて振り返るとアルが氷点下の笑みを浮かべて立っていた。
船旅は快適だった。〝死の海域〟で、魔王改めラディスが船の舳先に立って魔族の言葉を唱えると海がゴゴゴゴ……とうねり真ん中に大型客船も通れるほどの凪いだ道が現れたのは感動した。(海竜さんは姿を見せてくれなかった)
もう一度言う。船旅は快適だった。ミラルーシェ嬢とラディスがいたるところでいちゃついているのを目撃しなければ。そしてそれに対抗するようにアルが私といちゃつこうとしなければ。
五日後、船は魔大陸の港に入港した。
港の様子は様変わりしていた。というのも港の広場に、前回魔大陸を発った時には無かった粗末なテントのようなものが沢山立っていたからだ。
テントをよく見ると下手な字で『土産物』『魔大陸名物』などと書かれている。
いいね、いいね!テントの方に走っていくと、あ!見た事ある顔を見つけた!
魔大陸に来たばかりの頃女の子を助けたお礼にと、もてなしてくれたおじいさんだ。
アルの袖を引っ張りそのテントの前に行く。
「イラッサイマセー。オイシデスヨ」そのおじいさんは覚えたての言葉で一生懸命もてなしてくれる。
嬉しくなってあの時貰ったリボンを見せると
「&%#$&%$」何を言っているかわからないけど私達のことを思い出してくれたようだった。
あの時お土産に貰ったお饅頭のようなものを買ってアルと食べた。
クリフが近づいてきて「リア、勝手に走っていくなよ」と言うのでクリフの口にもお饅頭を突っ込んだ。
ツアーの皆が思い思いに買い物を楽しんでいると
「そろそろ出発しまーーす」と声がした。
声のほうを見るとリンデロットが手を振っていた。ラディスの息子だ。
嬉しくなって駆けていく。
「リンデロット!久しぶり~」
「リアちゃん!また会えて嬉しいなあ。あ、魔王様は執務があるからここからは俺が案内するけど七日後またここで会おうって言ってたよ~。デートのお誘い?」
「リア~?」怖くて後ろを向けない……
「お前何をこそこそと――」
突然地面がグラッと揺れた。
「わっ!地震?」吃驚してとっさにアルにしがみついた。
「大丈夫~?最近多いんだよね。地竜様の機嫌が悪いのかなぁ」
リンデロットが呟いていた。
数台の馬車に分乗して出発する。
サーラと一緒に乗りたかったけど、サーラはサンテと一緒に官吏の人達と乗っている。
私とアルはもう一組の商人の夫婦と一緒だった。
ちなみにミラルーシェと侍女はラディスと消えていた。いいのか?
よくイルラーク伯がツアーに出してくれたなぁ……
馬車に乗ってお互いに自己紹介する。
初老の偉そげな男はライザード商会の会頭のライゼルと名乗った。ライザード商会と言えば王国有数の商会だ。偉そげなのも頷ける。妻のアマトリーナという人はライゼルより二周りくらい若い色っぽい美人だ。
それでこの色気美人がやたらとアルに話しかける。私がムッとしているのをライゼルのおっさんがニヤニヤ見ているのも気に入らない。
馬車が目的地についたときには私の機嫌は最底辺だった。
馬車から降りると……可愛い街並みが広がっていた。
この地域特有の土で造られたのか同じような白っぽい土壁の小さな家が立ち並んでいる。屋根は赤や緑のとんがり屋根だ。街のメイン通りらしいこの道沿いの家々は軒先が小さな商店になっている。
そして家々の周りには黄色い小さな花が沢山植えられていた。
「わぁ!」私の機嫌ゲージは三割ほど上昇した。
アルと店を見て回る。黒っぽい石を使った可愛いアクセサリーを売っている店がある。覗き込んでいると
「どれが気に入ったんだ?」
アルも覗き込んできた。
「べ、べつに。見てただけだし……」
「ああ、この髪飾りがリアには良く似合うな」
あ、それ、私も一番気に入ったヤツ。
アルが身振り手振りでこれを買いたいことを伝えお金を払う。
「%$#&&%」
店番らしい魔族の女の子がニコニコして髪飾りを渡してくれた。
私の機嫌ゲージがもう三割アップした。
店を出るとまた色気美人と遭遇した。機嫌ゲージが二割ダウンした。
色気美人がアルに話しかけようとしたとき、グラッ……また地面が揺れた。
「キャッ」色気美人がアルにしなだれかかりアルはそれを支えてやっている。
機嫌ゲージは残り一割だ。
「わあっ」
「&$%#!」
突然前方で騒ぎが起こり、見ると従者を従えた貴族の男が「鞄を盗られた!」と叫んでいる。
こちらに向かって走ってくる魔族の男。
クリフ達が駆けつけるより早かった。機嫌ゲージ一割のオレはとび蹴り一発。男はその場で伸びてしまった。
お礼の言葉もそこそこに、取り返した鞄をやけに大事そうに抱えて男達が離れていく。
なんだろ?違和感を感じて見ていると後ろにも違和感を感じた。
振り向くと責任者のマードラン卿が悲惨な顔をして立っていた。
マードラン卿は小さい声でぼそぼそ言った。
「アッシュマイヤー嬢、お願いです。おとなしくしていて下さいませんか?」
え?引ったくりを捕らえたのに文句言われるの?
「お忍びとはいえ、あなた様は公爵令嬢で殿下の婚約者です。万が一あなた様に何かがあれば私の首など簡単に飛んでしまいます」今にも泣きそうだ。
「お願いです。私はあと少しで定年なんです。息子と嫁に退職金を渡してあげたいのです」
クリフがひったくりに縄をかけ魔族の護衛の人に引き渡し、笑いながら言った。
「とび蹴りする商家の奥さんはいないよなぁ」
なんだよ……カチンときてアルの方を見るとまだ色気美人に「怖いわぁ」なんて抱きつかれていた。
オレの機嫌ゲージはもうマイナスだ。
プンと顔を背けズンズン歩いていると
「リア、待てよ」
色気美人をようやく引き剥がしたアルが追いかけてきた。
「うるさい!オレに触るな!」
「リア、戻ってる……」
「あ!」せっかく頑張って『私』に直してたのに……慣れる前に戻ってしまった……
それからはアルと一言も口を利かなかった。




