魔大陸ツアー(1)
「リア!どういうことだ!?」
部屋の扉をバンと開けアルが入ってきた。
丁度本日の王太子妃教育を終えた私はテキストを仕舞いながら立ち上がった。
「アル、丁度終わったところだよ。いいタイミングだね!」
「よかった。じゃあこの後お茶でも……ってそうじゃない!いや、お茶しよう。ゆっくり話をしよう」
という訳で、私はアルの部屋に拉致られる事になった。
アルと婚約を結んだ事により私は王太子妃教育なるものを受ける事になった。しかし、そのスケジュールは相当緩いものである。
最初はびっちり詰まった予定表を渡された。が、異議を唱えたのは魔術師団だった。このスケジュールでは魔術師団の業務に差し支えるという訳だ。王家側としては当然仕事を辞めるものだと思っていたらしいが、私は王国でも片手の指ほどしかいない一級魔術師だ。王家としても一級魔術師を辞めさせる訳にはいかない。嘱託として魔術師団に残る事になった。スケジュールにも手心が加えられた。
次にアッシュマイヤー公爵家から異議が唱えられた。そもそも私は公爵令嬢として必要な教育は済ませている。魔術師団に10歳から預けられる時に学園に通わせる代わりに必要な教育は全て魔術師団で済ませる契約もした。それほど学ばなければいけないことはないはずだ。家族団らんの時間を削られては困る、というものだった。オヤジめ、フィリスに泣きつかれたな。更に手心が加えられた。
最後に異議を唱えたのはアルだ。魔術師の仕事に加え王太子妃教育。「私はいつ婚約者と親交を深めればよいのだ?」と訴えたらしい。
そして皆の意見が「リアがこんなスケジュール耐えられる訳が無い」と言うものだった。「フラストレーションが溜まって爆発したらどうするんだ」アルなんか「もしリアがこんなに大変なら結婚やめるって言い出したら私も王太子をやめる」と脅したらしい。
かくして王太子妃教育は非常にゆるいものとなったのである。
アルの部屋に行きソファーに腰掛ける。
アルは私にぴったり寄り添って座った。侍従がお茶を入れてくれて部屋の隅に控える。
「お前、魔大陸に行くんだって?俺聞いてないんだけど?」
座るやいなやアルが問いただす。
「あー、うん」私は返事を濁す。
ドルゴーン王国と国交を樹立して数度、王城で政務を執る高官や大貴族が魔大陸に招待された。まずは魔族の事をよく知って欲しいとの意図だ。魔大陸からも獣魔族の高官が何人か招待され概ね好意的に受け入れられている。
魔王は定期船のようなものを開設して一般の人々も気軽に行き来できるようにしたいらしいが、〝死の海域〟がある。海竜は魔王の船は通してくれるが魔王がいないと〝死の海域〟を渡る事ができない。定期船問題は棚上げ状態だ。
とりあえず今回は一般の(といっても貴族や豪商だが)人々から募集を募って『魔大陸ツアー』なるものを行なう事となった。
私はこの機会にあるお願いを魔王にしていたので、このツアーに参加することにした。
〝あるお願い〟はできればアルには知られたくなかった。だって怒られそうだから……
「俺も行くからな」とアル。
「ついてきてくれなくても大丈夫だよ。護衛でクリフも行くし、通訳でサンテも行くからサーラも行くんだって」
そうそう、クリフは第一騎士団長になった。騎士団の再編成で各団のメンバーは大分入れ替えられた。今まで第一騎士団は爵位や見た目で選ばれていたが実力を均等にするために再編しなおした。第三騎士団の団長には今まで副団長だったイオニス・メルロークが就任した。クリフは報奨として伯爵位と領地も賜った。
報奨といえば今回の事件で魔大陸に渡った〝救国の四星〟や功績があった人達にはそれぞれ報奨が与えられた。クリフはさっき述べたように爵位と領地。サーラは教会で暮らしているので爵位という訳ではないが聖女の身分は侯爵家相当とされた。他に何か望みはあるかと聞かれたサーラはサンテの王国民としての身分を願い出た。私は報奨金は貰ったが身分はいらない。王太子の婚約者だし。アルはもっと何もいらない。でもこっそり『なんでもわがままいえる券』を三枚貰ったらしい。
「なんだよ!みんな行くのか?俺に内緒で」
「別に内緒って訳じゃあ……」
「怪しいな。リア、もっとじっくり話し合おう。あっちの部屋で」
「ちょっ、あっちは寝室じゃん!何考えてるんだよ!
あーもう!わかったよ。一緒に行こう!でも執務とか大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。『わがままいえる券』を一枚使う」
さいですか。
と言うわけで〝救国の四星〟魔大陸再びとなった。
『魔大陸ツアー』当日―――
私達はカストゥールの港にいた。
目の前には立派な大型客船。シャンタル王国との国交のため魔大陸で急ピッチで造られたらしい。
魔王が下船してきた。今回のツアーの責任者になる官吏のマードラン卿、護衛責任者のクリフと握手している。
「久しいな。今回のツアーでは我が国の良いところを沢山知ってもらいたい。楽しんでくれ。マードラン卿よろしく頼む」
今回、私とアルはお忍びだ。宝石商の若夫婦アルフォードとリアーナ復活なのだ。
他には同じく大きな商会の会頭らしいおっさんとその妻、商人らしいおっさんと部下のペアが二組。従者を連れた貴族が三組、通訳のサンテとサーラ、護衛はクリフを筆頭に五名。責任者のマードラン卿とその部下。
アルと話をしているといきなり場違いな若い女性の声が響いた。
「ラディスさま~~」
らでぃすさま?ピンクの声の主を見てみれば……侍女を連れた若いご令嬢が手を振りながら駆け寄ってくる。
え?あれ、ミラルーシェ嬢じゃないか?
イルラーク伯爵令嬢、カラスの魔族に誘拐されていた御令嬢だ。
ミラルーシェ嬢は小走りに魔王に近づくとその腕につかまり甘い声で話し出した。
「私ぃどうしてもラディス様にお会いしたくってぇお父様に無理言って今回のツアーに申し込んでもらったんですぅ。ラディス様ぁお忙しくてもミラルーシェとも遊んでくださいね」
え?ラディス様って誰だよ。目がハートになってるぞ。
魔王も「ああ、わかった。向こうで待っていてくれ」とか言って頭を撫でている。
あー、そういえばミラルーシェ嬢は魔族に抵抗なさそうだったなぁと思い出した。後で聞いた話によるとドルゴーン王国との国交樹立記念の夜会の日、ミラルーシェ嬢は魔王に一目ぼれしたらしい。
周囲が止めるのも聞かず魔王に突進しダンスを踊ってくださいと申し込んだらしい。
ミラルーシェ嬢って15歳でデビューしたてじゃなかったっけ?歳の差55歳。やばいよ亮介……それにお前妃が五人とか言ってなかったっけ?




