サンテという魔族
サンテは竜魔族ヴェルナーヴ・ドルゴーンの子供として産まれた。
竜魔族の子供でも獣魔族で産まれた者は王族ではない。産まれてすぐに臣下に落とされる。と言っても竜魔族の子供は獣魔族であっても一族の長が引き取り実子同然に育てられる。
しかし、サンテは狼の獣魔族の一族に引取りを拒否された。サンテの母は一族から除名されている。サンテも狼の一族ではないという。
仕方なくサンテは王都の市街に一軒の家を与えられ使用人を数名つけられ育てられた。母はヴェルナーヴの妃でいることを望み王城から出なかった。その母も数年後に亡くなったが。
サンテを育ててくれた使用人の夫婦は普通の魔族であったがとても温かい人柄で、愛情をもって育てられたのは幸いだった。肉親の愛情ではないが。
竜魔族ではないが竜魔族の子供である。金銭は毎年十分に支給され教育も存分に与えられた。
元々優秀だったのか努力の賜物か、サンテは成人と共に王城の官吏の試験に優秀な成績で合格した。
王城に勤めて三年、20歳で上級官吏になった時初めて父であるヴェルナーヴと対面した。
素っ気無く「これからも励むが良い」と言われただけだが嬉しかった。
この魔族の国は竜魔族の魔王が治めている。魔王の力は絶対であり魔王の方針で全てが決まる。当代の魔王が即位して50年近いが、魔族の生活は驚くほど向上したらしい。以前は都市も街道も無く政治体制もしっかり整っていなかったらしい。サンテは今の生活しか知らないが。
それから二年後、再びヴェルナーヴに声を掛けられる。「お前の事は以前から気にしていた」「お前は優秀だと聞いている。さすが私の息子だ」と言われいつの間にか魔王の暗殺に手を貸す事になっていた。
暗殺が失敗し捕らえられたヴェルナーヴを協力者と共に脱獄させ、蛇の獣魔族コヴェルト、カラスの獣魔族マストゥと共にわずか四人で〝死の海域〟を渡り人間たちの住む大陸にやってきた。
ヴェルナーヴは司教に上手く取り入りサンテは〝救国の四星〟とか言う若者達と再び魔大陸に戻る事となった。
一緒に旅をした若者達にサンテは戸惑った。
人間と魔族は絶対に相容れぬもの。人間は魔族を恐れ憎むものだと思っていた。
魔族同志でさえ、同じ狼の一族同士でさえ自分は受け入れてもらえなかったのだ。
リアと言う魔導師の少女は魔族の子供を助けた。魔大陸に来てすぐの事である。
そして御礼に来た魔族たちに村に招待され、四人とも歓待を受け楽しそうに笑っていた。
魔族に対してである。忌避感のようなものは感じられない。
サンテに対しても友達のような態度をとることもある。リアなど危機感の無さに注意をすると「サンテもだんだん説教くさくなってきたよね。アルみたい」と言われた。サーラという聖女だと言う少女も何くれとなく話しかけてくる。生まれが特殊で友達のいなかったサンテはそれが嬉しいとわからず戸惑っていた。
魔王との対決の日、実はサンテはリアたちが通った秘密の抜け道にいた。サンテの最重要任務は魔王の、または〝救国の四星〟の止めを刺すことである。魔王と彼らが戦えばどちらも無傷では済まない。どちらが勝つにせよ勝ったほうも満身創痍である。身体能力の高い狼の獣魔族であるお前ならやれるとヴェルナーヴに送り出された。私が魔王になればお前は王太子だと言われて。獣魔族が王太子などなれるわけがないのに。王太子などなりたいわけでもないのに。
リアたちの後をつけリアたちが魔王の私室に突入した後は部屋の壁のすぐ裏で待った。痛む心を無視しながら。
リアたちは突入後すぐ結界を張るだろう。結界が解けたとき、それは結界を張ったものが死んだか目的を達成したことを意味する。その時が勝負だ。浮かぬ心を無理矢理奮い立たせた。
結界はなかなか解除されなかった。それだけ死闘を繰り広げているのか。長い時間が過ぎ結界が解ける気配がした。念のため少し待って室内に足を踏み入れる。
―――誰もいなかった。
サンテは動揺した。争った後はある。室内は惨憺たる有様だ。その中で何脚かの椅子だけが部屋の中央に円形に置かれていた。そして誰もいない……
ひとまず抜け道に引き返した。それから魔王城を逃れ出て、城下に身を隠した。スーネイル卿のところに戻る事も自身が昔住んでいた屋敷にも戻る気になれなかった。
市井に身を隠して次の日『魔王様が襲われ怪我を負って療養中。犯人は逃走』と発表が出された。
あの絶大なる力を持つ魔王様が……と魔族は皆動揺した。
スーネイル卿のところに戻らなくて正解だった。
なおも潜伏しながら情報を集めていたが、十日後スーネイル卿が、いや蛇の一族が捕縛された。それとカラスの一族から数名。更に魔王の妃が一名とその従者達。実はヴェルナーヴの脱獄の際協力してくれた妃だ。魔王の唯一になれないことを恨みヴェルナーヴの甘言に乗った妃である。
ヴェルナーヴの協力者たちが全て捕縛されサンテはもう終わりであると悟った。
自身の身の振り方を決められず未練がましく王城の周りをうろついている時出て来た馬車の窓にサーラの顔を見たように思った。急いで馬を借り単身乗って後をつけた。
そして魔王とクリフ、サーラが一緒に行動している事を知る。
何故かはわからないが魔王と〝救国の四星〟は手を組んだ。
もうヴェルナーヴ様に勝ち目はない。いや、最初からなかったんだ。
港町、船に乗るため姿を現した魔王に切りかかる。逆襲されて殺されるつもりだった。
が、あっさりと捕らえられる。
「サンテよ。そんなに死にたいか」
「魔王様、私は魔王様の命を狙いました。殺されて当然のことをしたのです」
サーラは目に涙を溜めているように見えた。
「何故?あなたを捨て駒にするような父親のために命を捨てるの?」
「サーラ様……違います。ヴェルナーヴ様は私の尊敬する主君で……」
「本当に?あなたの本当の気持ちはどこにあるの?」
「私の本当の気持ち?」
「私は旅をしている間にあなたが優しい人であると知ったわ。田舎の村に住み精一杯生きる魔族たちを愛し私たちのことも本気で心配してくれる人だわ。あなたは」
「違う!私は貴方達を騙して―――」
「いいえ、違わない。でも、私達や、魔族の人達に対する感情よりも父を慕う気持ちが強いならそれもあなたの真実だと思うの」
「サンテよ。我らと一緒に来ぬか?」魔王が言った。
「我と一緒に人間たちの大陸に渡り、再びヴェルナーヴと会ってみよ。それまでとくと考えるが良い。
己にとって何が一番大切なのか」
そうしてあの夜会の夜まで、ヴェルナーヴに再び会うまで考え続けた。
会ってしまったら簡単だった。何故自分はこんなに器の小さい自分本位な男に踊らされてきたのだろうと思えた。もはや父とも思えなかった。
瀕死の重傷を負いベッドに横たわりながら考える。
魔王様は魔大陸に帰ってしまった。私は一人人間たちの中に残された。
あのまま、死んでしまっても良かった。死んでしまえば良かった。
私には何も残っていない。これからどう生きていけばよいかもわからない……
カチャッとドアの開く音がした。そうっと入って来たのはサーラだった。
「サンテさん、起きていたんですね」
「サーラ様、私に治癒魔法などいりません」
瀕死の重傷だったサンテは一度の治癒魔法では治らない。一命は取り留めたが間隔を空けて数度治癒魔法をかける必要があった。
「サンテさん、私に〝様〟などいりません。それに治癒は必要です」
「私は……治っても行くところなどないのです」
「では、私の住む教会に来ませんか?」
サンテは驚いた。
「私は魔族ですよ!受け入れてもらえる訳がない!」
サーラはにこっと笑った。
「受け入れますよ。だって私が信頼しているんですから」
「私のどこを信頼できると言うのです!」
サーラはうーんと考え言った。
「魔大陸に渡ったばかりの時、私を背負って崖を登ってくれたでしょう。
私が怖くないように、なるべく揺れないように気を使って登ってくれているのがわかったんです。
その時、ああ、この背中は信じられる。と思ったんです。
そしてこの背中をずっと見ていたいと思ったんです。……ダメですか?」
その後、聖女と聖女に常に付き従う魔族の従者は王都の人々の間で評判になった。
最初、人々は魔族の姿に恐れおののき遠目に取り囲むばかりだったが、聖女が屈託なく話しかける様子や魔族の聖女を見る優しい眼をみてだんだんと打ち解けていった。
今は魔族の青年サンテがいつ聖女に思いを打ち明けるかが、王都の人々の密かな賭けの対象になっている。




