オヤジ救出(1)
オレは今アッシュマイヤー家の庭に潜んでいる。アルと一緒に。
カストゥールでの秘密会議の後オレ達は数人ずつ分かれ密かに王都に潜入し、魔導師団の寮に潜伏している。で、今はオヤジ奪還のため自分の家の庭に潜入中だ。勝手知ったる自分の家だ。庭に潜入できるような塀の壊れたところも、どこに隠れれば見つかりにくいかも熟知している。
忍び込むのは問題ないが……アルと二人っていうのが落ち着かない。なのにコイツはまったく普通なんだ。悔しい事に……
何でオレが落ち着かないのかって?原因は昨夜のアルの言葉だ――
「アル、ついて来てくれなくてもいいよ」
「いや、リアと一緒に行くよ」
「ローマン総団長が一緒に行ってくれるって言ってたし、アルは王城の方を探った方がいいよ。陛下と王妃陛下の事が心配だろ?」
「勿論、父上と母上の事は心配だが、1、2日で命が危うくなる事もないだろう。俺はリアの傍に居たいんだ。公爵に言いたい事もあるし」
「なんでオレと一緒に居たいんだよ。オレが無鉄砲な事すると思ってんのか?」
「違う。いや、無鉄砲な事するかもとはちょっとは思ってるけど、リアの事が好きだからに決まっているだろ」
「そりゃオレもアルの事好きだけど、もうちょっと信用―――」
「違うよ。俺が言ってるのは惚れてるって意味だ」
「惚れ―――え?」
「俺はリアの事が好きだ。惚れてる」
「え?――え?勇者って聖女と結ばれるんじゃないの?」
「何馬鹿な事言ってるんだよ。俺がリアの事好きなのはサーラもクリフも知ってるぞ。知らなかったのはお前だけだ」
「だ、だって、オレは全然公爵令嬢らしくないし、言葉遣いもこんなんだし、態度だって男みたいだし……」
「リアを男みたいだと思った事はないよ」
「え、そんなこと――」
「本当だよ。リアは無茶はするし、ちっとも俺に守られてくれないけど、俺にとっては世界で一番大事にしたい女の子だ」
―――言うだけ言って固まっているオレの額にキスを落とし「明日のために早く寝ろよ」とアルは自分の部屋に戻って行った。
寝られるわけないじゃん!
明日にはオヤジを助けに行く。義母やフィリスと対決する事になる。そんな大事な時になんてこと言ってくれちゃってんだアルは……お、オレの事をす、す、好きだなんて……
急に亮介、いや魔王の言っていた事を思い出した。
〝私はもう70年竜魔族として生きている。南部亮介だったのははるか昔であり、南部亮介として生きた年月よりもクトラディス・ドルゴーンとして生きている年月の方がはるかに長いのだ。姿かたちだけではない。今の私は南部亮介の記憶を持っているというだけのクトラディス・ドルゴーンだ。お前もそうではないのか?〟
オレも……片瀬拓海として生きた年月よりマリアベルナ・アッシュマイヤーとして生きた年月の方が長いんだ。男の子としての記憶を持っていて、だからオレは男になりそこなった女の子だと思ってた。男の心を持っていると思ってた。でもオレは自分で思っているよりずっと『女の子』なのかもしれない。
だってオレはアルの事を……
「リア、集中してるか?」
アルの声に現実に引き戻される。いけない。今はオヤジを助け出す事を考えよう。
暫く潜んでいると近づいてくる足音――
「トム……トム……」小声で呼びかける。コイツはオレの子分だ。洗脳されているかどうかは表情でわかる(ハズだ)。
「おわっ!お嬢!」
「しっ!」手招きする。
「お嬢!どこに居たんです!?旦那様を傷つけたなんて嘘ですよね!このお屋敷は今変になっちゃってるんすよ。奥様もフィリスお嬢様も人が変わったみたいで……」
コイツはフィリスの事はお嬢様というくせに俺の事はお嬢と呼ぶ失礼なやつだ。
「トム、落ち着け。オレがオヤジを傷つける訳無いだろ。それよりオヤジはどうしてる?」
「おれら庭師はお屋敷の中には入れませんよ。でもマーサさんも旦那様の部屋に近づけないって言ってました」
「人が変わったように見えるのは義母とフィリスだけか?」
「そうですね。でも、奥様がこの家の中のことを外に漏らしてはいけない。外出も極力控えろ。これは旦那様からの命令だって言うんです。おれら使用人はみんなビクビクしてますよ。だからみんなもいつもと違って暗い顔してます」
「そうか……トム、オレ達は庭師の道具小屋に隠れるからそこに内緒でマーサを呼んでこれるか?」
トムは初めてオレの隣のアルに気がついたみたいだった。
「お嬢、えらい男前を連れてますね。お嬢のコレですか?」小指を立てる。
「ば、馬鹿!いいから早く行け!他のヤツに気付かれるなよ!」
トムを送り出して道具小屋に隠れる。板の隙間から見ていると暫くしてマーサが辺りを窺いながらやってくるのが見えた。
戸を少し開けマーサを呼び入れる。
「お嬢様……お嬢様……」
マーサは涙ぐんでいる。
「マーサ、心配かけてごめん」
「いえ、私はお嬢様が旦那様を傷つけたなんて事これっぽっちも疑ってはおりませんでしたから。ただ、旦那様は心配です。奥様とフィリスお嬢様以外は誰一人、執事のファボック様さえ部屋の中に入れてもらえないのです。旦那様のご意向だとおっしゃって」
「義母上とフィリスはどこかへ出かけたりする?」
「フィリスお嬢様は最近学園に通い始めました。暫く休んでいらっしゃったのですが。あと、そうですね、お城へは2~3日おきにお出かけなさいます。でも、お城に出かける際もどちらかが残っていらっしゃるので旦那様のお部屋には近づけません」
「うーん」オレはアルと顔を見合わせた。
「あの、お嬢様、こちらの方は?」
「アルフレッド・シャンタルだ。マーサ、私は公爵を助け出したいと思っている。協力を頼む」
マーサはいきなり平伏した。
「お、王太子殿下、わ、私如きにもったいないお言葉、ありがとうございます。一命に代えましても――」
「マーサ、重いから……それよりオヤジの部屋にどうやって入るかなんだけど……」
「やっぱり旦那様は監禁されていらっしゃるんですね。奥様とフィリスお嬢様はどうしてしまったんでしょう」
「たぶん、何者かに(わかってるけど)洗脳されていると思うんだ。マーサ、少しの間オヤジの部屋から義母上とフィリスを離しておける?」
「はい、お任せ下さい。ファボック様にも協力を頼んでよろしいですか?」
「うん、彼なら信用できる。頼んだよ」
「はい。では、お嬢様は裏口の……お嬢様がよく木登りされた木の辺りに潜んでいてください。今はフィリスお嬢様は学園に行っておられるので奥様だけです。表玄関の辺りで騒ぎを起こします。うまく奥様をおびき出せたら二階の窓からハンカチを振りますから」
木登りのくだりでアルがくすくす笑っていたけど気にしない!マーサが出て行ってから少し時間を置いてアルと移動した。




