王国の異変
エリオルの屋敷に移動しようと席を立ったとき魔王に話しかけた。
「亮介、お前大分変わったな」
「拓海、いや、マリアベルナ嬢、変わるのが当たり前だ。私はもう70年竜魔族として生きている。南部亮介だったのははるか昔であり、南部亮介として生きた年月よりもクトラディス・ドルゴーンとして生きている年月の方がはるかに長いのだ。姿かたちだけではない。今の私は南部亮介の記憶を持っているというだけのクトラディス・ドルゴーンだ。お前もそうではないのか?」
「オレも?」
「リア、急げよ!話なんかしてる暇は無いぞ!」
突然アルに腕を引っ張られた。
「アル?何だよ急に」
なぜかエリオルの屋敷に着くまでアルに腕をつかまれたままだった。
エリオルの屋敷で夫人とあの子供と再会した。夫人はオレ達の姿を見るのは初めてだろう。彼女から見れば異形のオレ達だ。一瞬だけ怯えた表情を見せたがにこやかに迎えてくれた。
朝食をいただき、部屋に戻ろうと廊下を歩いているときだった。オレはいきなり部屋に引っ張り込まれた。
「わわわ……誰?ってアルか。吃驚した!」
問答無用で壁に押し付けられる。逃げようとしたら両手を壁について逃げ道を塞がれた。近い!近いから!
「ななな何か用?」
「お前、魔王とどういう関係?」
「えーと、昔の知り合い?」
「魔王と会った事があるのか?」
「はるか昔の知り合いだよ。上手く言えないけど、その時は魔王なんかじゃなくて姿かたちも全然違ってたんだけど……」
「あいつの事が好きなのか?」
「はあああああ!?どこからそんな発想出て来るんだ?あいつはライバル?友達?」
「ふぅぅん?それにしては親密じゃないか?」
アルがじっと見つめてくる。だから、近いから!
だんだん顔に血が上ってくる……
「リア、顔真っ赤」
「るせ」
「こうしたらもっと赤くなるかな」
アルの顔がどんどん近づいてきて……額に柔らかいものが触れた。
「****」
もう言葉にならずあたふたしていると突然扉が開かれた。
「アル!っと悪い。邪魔したかな?」
「クリフ!全然邪魔じゃないよ!何?」
オレが焦って言うとアルもクリフに向き直った。
「ピアスが全然反応しないんだ。アルのほうから連絡入れてくれないか?」
オレ達は魔大陸に渡ってから毎日連絡を入れていた。『異常なし』とか『〇〇に着いた』とか簡単なものだったけど。
昨日『今夜魔王城に潜入。魔王を倒す』と送ったので、王国の方でも心配している筈だ。
魔王を倒すはずが全然展開が違ってきてしまい、どう報告しようかと悩んでいたのだが、エリオルからヴェルナーヴ様に情報が漏れているかもしれないからもう少し秘密にしていて欲しいと頼まれた。
ヴェルナーヴにしてみれば魔王を倒したかどうかが一番の関心事だ。魔族同士は通信手段を持っていないようだったので、こちらの様子を知るためにオレ達の報告内容を手に入れられるよう手段を講じているだろう。
話し合った結果ひとまず『襲撃失敗。再度機会をうかがう』と報告を入れようと決めたんだ。
「おかしいな?俺のも反応しない。リアは?」
ピアスに魔力を流してもピクリとも反応しない。
「サーラにも確かめよう」
三人でサーラの部屋へ行き確かめたがやはり反応はなかった。
「宰相に何かあったのかもしれない。アル、陛下に確かめてくれないか?」
クリフの言葉にアルが首を振る。
「さっきからやっているんだが、こっちも無反応だ」
何が起こっているんだ?オレは慌ててオヤジに通信をした。『王城の様子を教えてくれ』と書き魔力を流すが、反応はない。
クリフとサーラは宰相としかピアスの交換をしていない。
祈るような気持ちで唯一残った、魔導師団総団長アルベルト・ローマンに通信した。
やった!ピアスに魔力を流すと今度は手ごたえがあって掌の文字が消えた。
すぐに返信が来る。『王城封鎖。詳細は調査中』
なんだって!? 皆愕然とする。王城で何が起こっているんだ……
その後ローマン総団長と何度かやり取りをして少し事情がわかってきた。
今朝、突然王城の全ての門が閉じられた。王城には外から通っているものも、様々な用事で訪れる者も多い。人々は騒然として門に押しかける者もいたが、門の前には第一騎士団の騎士が立ち、何人たりとも通ることは許されなかった。
すぐに魔導師団、ロゼッタール公爵共に抗議をしたが、午後の発表を待てと追い返された。
オレ達もじりじりした気持ちで待っていたが、その後もたらされた情報は更に驚愕するものだった。
「『王太子、アッシュマイヤー一級魔導師と共に謀反』ってどういうことだ!?」
「リア、落ち着け」
「アル、これが落ち着いていられるか!」
「俺達がここで騒ぎ立ててもどうしようも出来ない」
そりゃそうだけど……なんでそんなに冷静でいられるんだ……
アルの手を見てハッとした。アルの手は固く握られている。固く固く……爪が掌に食い込み血を流すほどに……
オレ達は対外的には来年の〝救国500年大祭〟の準備をしている事になっているが、一部の者は魔大陸に渡った事を知っている。勿論、国王、王妃両陛下も百も承知だ。それなのにこんな発表が出されるということはそれを止められない状況にあるという事だ。国の心配だけじゃなくアルは自分の両親の安否もわからないということなんだ……
サーラがそっとアルの手をとり治癒魔法をかけた。
「とにかく情報を集めるのが先だ。リアは引き続きローマン総団長と連絡をとってくれ」
クリフの声に我に返る。
「あの、誰がこんな事をしたんでしょうか?」
「ヴェルナーヴが噛んでいることは間違いないだろう」
サーラの問いかけにアルが答える。クリフも続けた。
「第一騎士団もだろう。でなければ王城を制圧できる訳がない。もしかしたら教会も。
まず、敵が誰で味方が誰かがわからないと対策が立てられない」
「ああ、俺達がここで出来るのは状況を掴み対策を立て、味方に託す事だけだ」
もどかしい……今すぐ飛んで行きたい……
「リア、魔導師団が頼みの綱だ。頼むな」
アルに深く頷く。
「それとアッシュマイヤー公爵がどうしているかも聞いてくれ」
そうだ!王城が封鎖されて黙ってみているオヤジじゃない。それも娘が謀反をしたと発表されたんだ。ピアスの反応が無いのもおかしい……なんか凄く嫌な予感がする……
その後もたらされた報告は嫌な予感を的中させるものだった。
アッシュマイヤー公爵はマリアベルナ令嬢により大怪我を負い治療中。公爵家は門を閉じ接触不可能。
オレは立ち上がった。今すぐ駆け出したい。
「リア、落ち着いて!」
「オレは王国に戻る!今すぐ戻る!泳いででも……」
無理な事はわかっている。でも、居ても立ってもいられない……
「俺達は次の双新月の日を待たなければ帰れないんだ」
アルも肩を落としている。クリフもサーラも……
「その願い私なら叶えることが出来るのだが」
皆が一斉に扉の方を振り返る
―――魔王が立っていた―――




