鉱山騒動(4)
男爵夫妻が揉めているのを尻目にオレはトイレを借りる振りをして席を外した。
アルが男爵夫妻を引き付けている間にこの屋敷の使用人達から話を聞くためだ。
男爵夫妻が使用人達から良く思われていない事はすぐ判った。応接間に案内してくれた者はすぐ去って行ったし、男爵夫妻が現れて嫌々といった感じでお茶を入れてくれたメイドもすぐ退出した。男爵夫妻のことは放置なのである。
オレは一度馬車に戻って用意してあった花束と菓子折りを抱えると屋敷に戻り、皆にあれこれ指示を出している少し年配の侍女風の女性に声を掛けた。
「あの、伯爵様御一家にお花をお供えしたいのですが……」
彼女は少し驚いたようだった。
「まあ、ご丁寧にありがとう御座います」
「それからこちらを」
と菓子折りも差し出す。
「急なことで皆様もさぞお嘆きのことでしょう。お疲れも溜まっていることと思います。何の助けにもなりませんが休憩の折にでも皆様で召し上がって下さいませ」
彼女の表情が少し和らいだ。
「私、実はこちらの奥様に王都のサロンで助けていただいた事がございますの。ある貴族の奥様に無理難題を言われて困っていたところ、奥様にうまくとりなしていただきました」
「ええ、奥様は私共にも優しく接してくださる方でしたから。でも曲がったことは大嫌いで……旦那様もそうでしたから、頑固で融通が利かないなんて言われる事もありましたがとても素晴らしい尊敬できるご主人様でした……」
彼女は目頭をそっと押さえた。
「その時、ご子息様の事も楽しげに話しておられて……今回、お会いできるのを楽しみに思っていたのですが……」
「ええ!ええ!坊ちゃまもとても利発でお優しく……。王都の学園に入学してからはなかなかお会いする機会もありませんでしたが」
「今回こちらに伯爵様と戻ってきたのではないのですか?」
「いえ。旦那様は所用で少し他所へ行っているがきっともうすぐ戻ってくると仰っていました」
その時ちょうど通りかかった執事風の男を彼女は呼び止めた。オレが献花をしたいことを説明し、オレはその男、執事のクロードと棺が安置されている場所に向かう。
道すがらクロードにも話しかける。
「この度は本当に残念なことで……お悔やみ申し上げます。鉱山の視察は前々から決まっていたのですか?」
侍女からオレの話を聞いたクロードは最初から好意的だった。
「いいえ。旦那様と奥様はこちらに戻ってきてからずっとお屋敷にいらっしゃいました。ずっと難しい顔をしていらして……。実は奥様と旦那様が言い合いをしていたこともございます。
それが、あの日の朝は晴れ晴れとした顔をしていらして。奥様に『こちらが毅然とした態度をとっていればあちらも諦めるしかあるまい』と仰っていました。何のことかは判りませんが」
「晴れ晴れとしたお顔を。それで鉱山に視察にいらっしゃることにしたのですか?」
「朝食がお済みになった後に突然鉱山に行くので馬車を用意するようにと。天候が怪しくなってきておりましたので、後日になさっては?と申し上げたのですが……」
「鉱山への道は危険なんでしょうか?」
「いいえ、物資の運搬のために道は整えられております。嵐でも来ない限り危険なことはありません。
………それで強くお止めする事もなかったのですが……」
「当然御者の方も慣れていらっしゃる道なんでしょう?どうして事故など……」
「旦那様が鉱山に行く時はいつも御者のラルフを使います。もう高齢なのですが長年通いなれておりますので。それがあの日はラルフの息子ベンターを頼むとおっしゃられて」
「そのベンターさんは不慣れでいらっしゃったのですか?」
「いえいえ。むしろ遠出、例えば隣のイルラーク伯領に行くときなどはベンターが御者をします。王都への行き帰りもです。不慣れということはありません。
旦那様は『少し遠回りをしたいんだ。息子を拾って行きたいのでな』とおっしゃってました」
「どこでご子息様とお会いになるのかはおっしゃっていられなかったのですか?」
「ええ。……イルラーク伯領のどこかではないかと思ったのですが」
「どうしてそう思われたのでしょう?」
「馬車はイルラーク伯領に向かう道を走っていきましたし、事故にあわれた現場がモンタルド山からコロラド山に向かう山道だったからです」
モンタルド山はイルラーク伯領の鉄鉱石を産出する鉱山だ。コロラド山はここカンタス伯領のダイヤモンド鉱山。その二つの山を繋ぐ細い山道、そのコロラド山の鉱山に程近い場所が事故の現場らしい。
オレは三つの棺の前に設けられた祭壇に花束を供え祈りをささげる。
お会いしたことはないが、使用人たちの言葉からカンタス伯や夫人の人柄は十分感じ取れた。そんないい人が亡くなって(殺されて?)しまうなんてとってもやるせない気がした。令息はまだ15歳だ。未来に夢も希望も持っていただろう。さぞ無念だっただろう。
オレ達には無限に時間がある訳ではない。双新月の夜には海を渡って魔大陸に行かなければならない。魔大陸に行けば魔王との戦いが待っている。無事に帰ってこれる保証は無い。魔大陸に行く前に少しでも魔王の情報が得られればと魔族の目撃情報があったこの町に来たのだ。だけどオレはカンタス伯や夫人、令息の無念を晴らしてあげたい気分になっていた。
祈りを捧げながら、今はまだ無理かもしれない……時間が足りないかも知れないけど、もし魔王に勝てて無事戻ってきたら絶対に真相を究明して悪いヤツらには罪を償わせるからな、と誓った。
そういえば前世のオレも13歳で交通事故で死んだんだ。オレ自身は無念とか感じる暇はなかったけど、前世の父さん母さんに申し訳ない気分になった。
沈んだ気持ちで応接間に戻るとアルがげっそりした顔をしていた。宝飾品のいくつかは男爵夫人の前に移動しており、夫人は嬉々とした顔で自慢話をまくし立てていた。
オレ達二人はぐったりしながらカンタス伯のお屋敷を後にした。
アルは帰り道でオレの話を聞くとポンポンとオレの頭を叩き優しく言った。
「うん、勿論俺達が調べたことは報告するからそっちでも調査してくれるだろうけど、魔王討伐が終わったら俺達もまたこの地に来よう。リアは自分で悪い奴らに一発パンチでもくれてやらなきゃ気が済まないんだろ?
その為にも魔王を絶対倒して戻って来なきゃな」




