鉱山騒動(3)
三日後、オレとアルはカンタス領主のお屋敷に向かって馬車を走らせていた。御者はロッド。
今日は二手に分かれている。オレ達はお屋敷に、クリフ、サーラ、ウィルはちょっと遠出をして鉱山事務所まで出かけている。
この二日間、オレ達は町で聞き込みをした。そして「魔族を見た」といっていた男を突き止めたのだ。
もっともその男はその後「見間違いだった」と言っていたそうだが。
昨夜、クリフとアルはその男がよく行くという酒場に繰り出した。うまくその男、人足のデニーというらしいが、と仲良くなり、しこたま飲ませて話を聞きだした。ホントは誰かに話したくて鬱憤が溜まっていたのだろう。町の人間ではないという気楽さもあったらしく、デニーはある一線を越えると自分からぺらぺら喋ったらしい。
「おれはなぁ……ホントは……怖いんだよ……おれが……おれが黙っていた事で取り返しのつかねえ事になるかもしれねえ……」
「何が怖いんだ?」
アルが誘導していく。
「あのおっかねえヤツが仲間をどんどん連れてきてこの町を乗っ取っちまうんじゃねえかってよ……」
「うんうん、そりゃ怖いな。どんな怖いヤツなんだ? コイツは(とクリフを指し)力自慢なんだ。その辺のヤツは投げ飛ばしちまうぜ」
「どんなつえーヤツもかなわねーよ。相手は……魔族なんだからよ」
「ええっ!そいつは大変じゃねーか!」
「しー!静かにしろって!」
「いつ、どこで見かけたんだ?」
「一ヶ月くらい前だったかな?王都から商人の団体さんが視察に来たんだよ。なんでもダイヤをよく買ってくれるお得意様らしくてよ。一度採掘現場を見てみたいっつー事で6~7人の団体が来たんだよ。
そんで、その日ちょうど手が空いていたおれがそいつらを案内したんだ」
「そこで見たのか?」
「いや。帰り道で一人忘れ物をしたって騒ぎ出したヤツがいて結局皆で戻ることにしたんだよ。鉱山の近くの集落は小さ過ぎて泊まるところもねえ。鉱山事務所と鉱夫の宿場ぐらいしかねえからな。30分ほど下った所にあるミルバノの町に泊まることになってたんだ。そいつは鉱山事務所に忘れ物をしたって言うから鉱山事務所に向かったら……」
デニーはブルッと身震いした。
「ヤツが立ってたんだ。なんてえか青黒い皮膚をしてよ。真っ黒ぇ髪の毛を背中の方まで伸ばしててよ。頭に小せえが角も見えたぜ」
「見間違いじゃねえか?」
「いや、絶対見間違いじゃねえ!薄暗くなってきてはいたけどまだ人の顔ははっきり見える時間帯だった。
……そいつの目がピカッって光ってよ、おれ達は隠れて見てたんだけど見つかっちまったかと肝を冷やしたぜ」
「そいつはそれからどうしたんだ?」
「馬車がやってきて、そいつは着ていたマントのフードを被って馬車に乗り込んだんだ」
「ミルバノの町に行ったのか?」
「いや、北のほう、モンタルド山の方角だ。ミルバノの町に行ったんなら怖くて戻れねーよ」
「しかし、そりゃ大変なんじゃねえか?
お役人なり御領主様なりに訴えた方が良かったんじゃねえか?」
「俺だってそう思ったから次の日、鉱山事務所の所長に訴えたんだ」
「信じてもらえなかったのか?」
「『信じられないが、調査してみる。はっきりするまで誰にも喋るな』って言われた。商会のやつらにも口止めしたみたいだった。
……それで三日ぐらいしたらよ、また呼び出されて『お前の見間違いだった。ご病気が原因で姿が醜くなったお貴族様がお忍びで見えられたんだ。失礼があってはいけないから絶対に誰にも喋るな』って言われた。
……病気で角が生えるか?目が光るか?絶対あれは人間じゃねーよ!」
「それでお前はどうしたんだ?」
「どーもしねーよ。『これ以上お前がホラを吹くようなら解雇しなきゃならないな』って脅された。おれはトマポリで失敗してここまで流れてきたんだ。人足の仕事はきついけど実入りはいいんだ。やっと暮らしも落ち着いて女房子供にも少しは楽させてやれるようになったところなんだ。仕事を失うわけにはいかねえ」
その後散々管を巻き、とうとう机に突っ伏して眠りだしたデニーの面倒をその店の女将に頼み、多めに心付けを渡してアル達は宿に引き上げてきた。
そこからオレ達と緊急会議。今日は二手に分かれてオレとアルはナントカ男爵と対面、クリフ達は鉱山事務所に行ってその所長ってヤツと会ってみる事にしたって訳だ。
馬車が領主のお屋敷に近づくと大勢の人たちが門からバタバタと出入りしているのが見えた。伯爵一家の御遺体がお屋敷に戻ってきて、明日葬儀が行われることが発表されたのである。
同時に伯爵一家がお亡くなりになったことも領民に発表され、トマポリの町は朝から悲しみに包まれている。
伯爵一家が亡くなられた事を嘆く領民が多いということは、慕われていた領主だったのだろう。
アルも夜会等で面識があるが、ご夫婦共に穏やかで真面目なかただったと言っていた。
ご葬儀の準備でバタバタしているところにお邪魔するのはしのびないが、オレ達も日程に余裕があるわけではない。双新月の日まで後20日程だ。
しっかし、こちらから面会を申し込んでいて何だが、明日は実の兄一家の葬儀だって言うのに宝石商と会っている暇なんかあるのかね?
あきれながら馬車の窓から外を眺めていたが
「ん?」
門を出入りする人々に紛れるように出てきた一人の男に目が留まった。
なんか見覚えがある……中肉中背でどこといって特徴が無いんだが確かにどっかで見たことがある。
「アル!………いや、なんでもない」
アルも見覚えあるか聞いてみようと思ったが、アルが見る前に男は角を曲がって見えなくなってしまった。
葬儀の準備に忙しくしている人たちの邪魔にならないように馬車を止め、出てきた使用人に用向きを告げる。
応接間に通され待っているとメンハース男爵夫妻が現れた。
オレとアルは深々と礼をする。
「そんなにかしこまらなくでも良いぞ。私は気さくな男だからな。まあ、座ってくれ。
それで今日は何用だ?」
オレとアルは「ご厚情に感謝いたします」と恐縮した体を装って腰掛けた。
「シャール宝飾店のアルフォードと申します。こちらは妻のリアーナ。
まずは新伯爵様ご夫妻に、お近づきの印に」
アルが鞄からダイヤをあしらったネックレスを取り出すと、途端に夫人の目が輝きだした。
「あら、意外と気が利くのね。でも、アッシュマイヤー公爵家が御贔屓にしてるって言うのはホントかしら?シャール宝飾店なんて聞いたことも無いわ」
「はい、私どもは店売りというよりは高貴な方々のお屋敷へお邪魔して直接お買い上げいただくくことが多う御座いますので。アッシュマイヤー公爵夫人には大変可愛がっていただいておりますわ。それで公爵夫人の信用できる方々を御紹介いただいて取引させて頂いております」
オレはにっこり笑って言った。
ウソじゃないよ。義母にはとても可愛がってもらっている。
ちなみにピアスを使って連絡済なのでアッシュマイヤー家に問い合わせても口裏を合わせてもらえる。男爵風情が公爵家に問い合わせなんて出来ないけど。
「まずはこちらをご覧いただけますか?」
アルが鞄から次々にネックレスや指輪など宝飾品を取り出すと、男爵夫妻の喉がごくんっと鳴った。
「これらは私共商会で扱っている商品の一部で御座います。こちらの御領地の鉱山では良質のダイヤが採れると伺っております。是非私共とお取引いただきたく……」
「うーむ……いきなり取引をと言われてもな……」
男爵は渋るが、目は宝飾品から離れない。
「実は、お兄様の前伯爵様にはある筋から御紹介いただいて近々会うことになっていたのですが、お兄様からお聞きになっていらっしゃいませんか?」
男爵は「いや……」とか「兄とはあまりそういった話は……」とか歯切れの悪い口調でモゴモゴ言っている。
「しかし、今回の事故は突然でさぞ驚かれたでしょう。こんなに早く駆けつけて来られるほど親交を結んでいたお兄様御一家のご不幸にはさぞや胸を痛めていらっしゃるだろうと私共も案じておりましたが、前伯爵様と面会するためこの町に滞在していたこともあり、是非、新伯爵様にもお引き立ていただきたいとご挨拶に参った次第で御座います」
更に
「私共商会と取引していただければこれらの品から数点お礼に……」
と言い出したところで夫人の目が更に爛々と輝き、身を乗り出しかけたが、男爵はそれを抑えた。
「いや、あの鉱山はダイヤの原石があまり採れなくなっている。近々縮小するつもりだ」
初耳だ。ダイヤの採掘は順調なはずだ。(横流し?)と思ったがリスクが高い。正規ルートで順調にいっているのだ。発覚すれば罰せられる。横流しするなら余程知られたくない相手に流すのか、大きな見返り付きで。
なんとなく繋がってきたような気がする。横流しの相手はデニーが見たという魔族の一味ではないか?前伯爵は取引を持ちかけられたが断ったのではないか?もし、息子を人質に取られていれば迂闊に公にはできない。魔族の一味は伯爵の弟に狙いを変え、ダイヤの横流しを条件に伯爵一家を殺害することを引き受けたのではないか?伯爵一家が亡くなれば伯爵の地位が転がり込んでくる。貧乏男爵家とはおさらばだ。
アルも似たようなことを考えていたようだ。オレ達は小声で話し合った。
「ダイヤの横流しを条件に伯爵一家は殺されたか?」
「馬車の事故についてベルタンが何か掴んでくれたらいいんだが……」
「息子は誘拐されていたんじゃないか?それなら前伯爵の王都での態度も頷ける」
「多分そうだろうな。そうするとイルラーク伯爵の方も危ない」
「!」
そうだった!魔族を見かけたと噂が上がったのはカンタス伯領とイルラーク伯領の二箇所。子供が王立学園を無断欠席したのも、急遽領地に帰ったのもこの二家だ。イルラーク伯の令嬢も誘拐されている可能性が高い。
オレ達が小声で話している間、男爵夫妻もこそこそ話し合っていた。夫人の扇で一応隠してはいるが、地声が大きいので丸聞こえだ。夫人が取引する素振りを見せて宝飾品を貰えばいいと言い張るのを男爵が窘めている。業突くババアだ。男爵は後で騒がれると厄介だといっているが、私達はもっと偉くなるんだから大丈夫よ、なんて言っている。見返りは伯爵一家を亡き者にするだけではないのかも知れない。
男爵夫妻がこそこそ揉めている間、オレ達は正面を向き、さも何も聞いてませんというようにニコニコと微笑みながら、口だけ最低限動かし小声で相談していたのだ。




