その人が生きていた証
――――私は許されないことをしてしまいました。
大切な人を殺してしまいました。大切な人の存在をこの世界から消してしまいました。
そして大切な人の記憶も壊してしまいました。
大好きで大切な、たった二人だけの友達でした。
世界に馴染めない私の手を優しく引っ張って、光をくれた人たちでした。
私は死ぬのが怖いです。あんなにカッコつけて強いフリしたのに、本当は怖いです。
誰にも必要とされていないけど、必要としてくれた人にも迷惑をかけてしまったけど、それでも生きていたいんです。誰からも許してもらえなかったとしても、それでも生きていたいんです。
だって、今までどんなに辛かったとしても
生きていたら楽しいことがきっと待ってるって、私に教えてくれた人がいたからです。
本当は友達の笑顔を守りたかったです。
私なんかには出来ないかも知れないけれど、それでも初めて自分で見つけた、たった一つの願いでした。
でも、やっぱり出来ませんでした。分かっていました。
今までなんにも人のために動けなかった弱い自分なんかが、急に思ったところで出来ることはなにもありませんでした。
ごめんね。ごめん。……出会ってしまってごめんなさい。
こんな私と仲良くしてくれてありがとう。
こんなことになるって分かってたら、私ちゃんと一人でいたのに。
だから、もう何もかも遅いかもしれないけど、最期に自分をこの世界から消しました。
本当は最初のお願いも自分にかけたんだよ。流れ星が間違えて叶えちゃったんだけど。
そんなこと言っても誰も信じてくれないから、あの人にも言いませんでした。
私だって本当は人殺しなんかしたくなかったよ……。
本当はみんなみたいに、くだらないテレビの話で盛り上がったり、突然の夕立の中を走ってみたり、学校サボって街で買い物してみたり
笑いながらどうでもいい話を、ずっとしてみたり……したかったよ。
ずっと、ずっと大人になっても、友達だからってさ。
困ってたらすぐに助けにいってさ。遠く離れたところで生活してても会いに行ってさ。でも大したことなくて、よかったって言って笑ったりさ。
そういうのに、ずっと憧れてた。
私の人生って必要だった? 答えてくれる人ももう誰もいないや。
私って生きててもよかったのかな。
楓ちゃん……。フミくん……。
本当は私、ごめんね。
こんな結末になっちゃったけど、それでも
二人に出会えてよかったんだって思いたいんだ。
二人と過ごせた人生が、ほんの少しの時間だったけど
私の大切な宝物だったんだ。
だから、ごめんね。怒られるかもしれないけど、出会えてよかったよ。
出会えて嬉しかったよ。
私なんかのそばで笑ってくれて、ありがとう。
……ごめんね。
……さよなら。
*
*
*
*
「フミ……くん……?」
「雨木……!? よかった……。よかった……。気がついた……。よかった」
「あたたかい……」
どうすればいいか分からなかった僕は、廃墟の中で廃人となって立ち尽くしていた雨木を抱きしめていた。到着してからずっと。気付けば外は夜になっていた。
「どうしてここに……?わたし……ちゃんと自分のこと……消したはずなんですが……」
「僕も分からない……、でも体が覚えてたんだ。記憶はなくても、僕の体が雨木のことを覚えていたんだ。夢に見たんだ。忘れないよ。もう二度と」
「そう……なんですか……。不思議なことも……あるもんです……ね」
「あ……、あぁ……。奇跡だ。たぶん、ちゃんと雨木のことを思い出せたからじゃないか?」
理屈はよく分からないけど。それでもよかった。どうでもよかった。
生きてさえいてくれれば、それだけでよかった。
「……泣いているのですか」
「あ……え……、ははっ、ホントだ」
安心したら涙が出てきた。
「なにをそんなに泣くことがあるのですか……。馬鹿ですね……」
「雨木が……生きていてくれて……僕は嬉しいよ」
雨木の腕が僕の背中に回ってくるのが分かった。頼りない力で抱きしめてくれた。
「こんな私でも……生きていていいんですか……? なんの役にもたてませんよ」
怯えた様子で雨木は僕に問いかける。
「生きていていいんですかなんて、そんな寂しいこと二度と言うな。生きていていいんだよ。ずっと生きてろ。今度僕のそばから勝手にいなくなったら許さないからな。どれだけ隠れたって絶対探して見つけてやる」
「……さすが私のストーカーさんですね」
雨木の声に涙が混じっていく。震えた声で言う。
「……フミくん。ありがとう……。ずっとそばにいます……」
ボロボロと泣きながら、そう言ってくれた。僕たちはお互いが安心するまで抱き合っていた。お互いの体温を忘れないように、もう忘れてしまわないように。
***
「全員分のお墓をつくろう」
僕の提案に雨木は頷いてくれた。
僕らは夜が明けてもせっせと廃墟の前に穴を掘り続けた。
「この人は通り魔殺人で逃げていた男」
「この人はいじめで自殺するまで追い込んだのに反省していなかった女」
「この人は……」
雨木が一人ずつ説明していった。
「すみません。こんなことを聞いてもらって。でも、みんなもう世界から忘れられている人たちなんです。だからせめて私たちだけでも覚えておきましょう。協力してもらえますか?」
全員分の墓を作るまで、丸二日間。何かに取り憑かれたように僕たちは不眠不休で働いた。全員分の墓が完成したころには、もう夜になっていた。
「そういえば、友達みんな殺した。って言ってたのに、楓ちゃんだけだったんだな」
「フミくんのことも殺したのと同じですよ。思い出ってその人が生きてきた証ですから。たぶん、心臓よりも命に近いものだと思いますよ」
「それでも二人だけじゃん」
「……うるさいですね。ちょっと見栄を張るときぐらいありますよ。それに二人でもみんなはみんなです。間違えではありません」
星を見上げながら、静かに雨木は言う。
「楓ちゃん……。なにも悪くないのに殺してしまいました」
「あのさ、それなんだけど。お前は悪くなくないか?」
「そんなことないですよ」
「っていうか、たぶん。僕が悪い……。ごめん。お前はなにも悪くない」
僕が雨木の気持ちに気付いていたら、こんなことにはならなかったはずだと思う。だから全部、僕が悪い。
「僕たちは……、それでも生きよう。許されることはないけど、それでもちゃんと生きよう」
まだちゃんとした答えは出せないけれど、もう償えないのなら、許してもらえないなら、取り返しがつかないなら、僕たちは生きるべきだと思う。
僕たちの命だけで、許してもらえるなんて思えない。
「だから、これからは出来るだけ多くの人を救っていこう。僕たちに出来るかなんて分からないけれど、それでも救っていこう。出来るだけたくさんの人を幸せにしよう。それが、僕たちに残された唯一の道だと思う」
雨木が僕に寄り添って手を握った。
「そうですね……。誰にも知られなくても私たちはそうするべきです……。楓ちゃんが私を救ってくれたように……。死んで許してもらえるものでもないですから」
遠くの方で鳥が鳴いた。気付けば遠くで日の光が見える。今日もまた朝が来る。光が世界に満ちていく。
僕たちはただただ立ち尽くして美しい朝焼けを眺めた。
僕たちの罪は消えない。それでも生きていく。生きているのだから。
必要とされなくても、誰にも見られなくても、邪魔もの扱いされても。
僕たちは、それでも泣いている人がいたら笑わせて幸せにすることが出来るはずだから。
「そ……、そういえばどこまで思い出してるんですか?」
「え……、なにが?」
「いえ……別に。忘れてるならそれでいいので。思い出しても忘れたフリをしてください。いいですね?」
「え……なにかあったっけ? あー、あれかそういえば返事がま……」
ゴンッ! と僕の頬はグーで殴られた。
雨木は笑っていた。
「うっさい。ばーか」
雨木のため口を初めて聞いた。それはとても些細なことだけど、僕は嬉しかった。




