9.魔王討伐!! ……しちゃったの?
(こんな所で負けるなど……、これでは団長様の救助など……、くそっ)
王国副騎士団長ラーズリー・ランドールは倒れたまま、ギガゴブリンに対峙する黒髪の男を見て思った。
行方不明となった王国騎士団長の救助。勇者が現れないこの世界で魔族と戦う為に必要な人。自分達副長はそれまでの留守を預かるただの代理。なのにこの体たらく。一般人すら守れぬ失態。ラーズリーは絶望の底に叩き落されていた。
「ウゴオオオオ!!! ぶっコロス!!!!!」
ギガゴブリンが棍棒を振り上げ、俺に突撃して来た。
基本、魔神は下界の事象に干渉してはいけない。それは幼い頃からの学び舎や、大人たちからの躾けであり、決まりだ。だが『護り』の任を受けた者はその限りではない。
まあ、でもそんなことどうでも良かった。
「お前ら、なんか気に入らねえ」
笑ってしまう。自分でも初めて感じる説明できない感情。体が勝手に動いた、と言うべきだろうか。
ドン、ドンドンドドドオオオオオン!!!!!
ギガゴブリンが力任せに、出鱈目に、棍棒を振り下ろす。薄暗い洞窟内。凄まじい風圧で砂埃がどんどん舞い上がる。
「エ、エリート様……」
サヤカが魔銃を構えたまま止まる。今撃ったら巻き添えなってしまう。だが何かしなければ。何かをしなければ最悪の事態への転落が止まらない。
ガシッ……
だが、俺がその巨大な棍棒を片手で受け止めるのを見て、恐怖に震えていた人たちの表情が変わった。
「ウ、ウゴカナイ……!?」
ギガゴブリンは両手で棍棒を握り、必死に力を入れるがビクともしない。そしてようやく気付いた。目の前にいる相手が異次元の存在だと言うことを。
「棍棒ってのはな、こうやって使うんだよ」
俺はギガゴブリンから強引に棍棒を奪うと、そのまま思い切りその腹筋の割れた赤い腹に叩きこむ。
ドオオオオオオオン!!!!
「ギャグギョガァアアアア!!!!」
ギガゴブリンは絶叫しながら壁まで吹き飛ばされ、ぐったりして動かなくなった。手加減してやった。殺しはしない。ただの仕置き。
「な、何が起こっている……?」
意識朦朧としていたラーズリーは、突然起こった信じられない光景に呆然とした。驚くほど態度の悪かった村人。ただその言動のすべてはこの圧倒的な強さに裏付けられたものであった。
(もしや……、もしや、彼は、彼はまさか……)
ラーズリーはその可能性を思い、身を震わせた。
「さーて、野良魔王。あとはお前だな」
俺は洞窟の奥で小刻みに震えるゴブリン魔王に向かって言った。長く尖った耳。褐色の肌。肥大化した頭。初めて見る魔王だが、その異形に俺は吐き気を覚える。ゴブリン魔王が言う。
「あ、あなたはまさか……、どうして……」
俺の正体に気付いたゴブリン魔王。俺が答える。
「どうしてって、俺達がここに来る理由なんて幾つもないだろう?」
ゴブリン魔王は俺の後方で気を失っているココロに目をやり、そして言う。
「そうですか、そうですか。くくくっ、あの小娘が……」
魔族にとって大きな障害である勇者。その候補の抹殺は最も重要な仕事のひとつである。多くの魔王が勇者を討ち、その功名で魔王を束ねる【大魔王】への就任を目論む。俺がくぎを刺す。
「馬鹿な気は起こすなよ? お前程度の魔王、一瞬で消すぞ」
「そんな気は起こしませんよ。それより無害の魔王を殺したら、あなた達の立場こそ悪くなるんじゃないですか……?」
下界の事象には無干渉。それが鉄則。だが『護り』に関しては話は別だ。
「とっとと消えな。そして俺たちに二度と干渉するな。いいな?」
これ以上の関りは不要。まあ、正直面倒臭い。
「わ、分かりました。私も部下をほぼすべて失いましてね……、また一からやり直しですよ……」
知ったことではない。自業自得だ。俺は十分に魔神としての威厳を与えたのを確認して、倒れたココロたちに目をやる。急ぎ回復させないとさすがにまずい。回復魔法の詠唱を始める。
「エリート様ーーーーーっ!!!!!」
そんな俺の耳にサヤカの甲高い声が響く。
「ぎゃははははっ!! 死ね!! 私が大魔王になるゥウウウ!!!!!!」
ゴブリン魔王が腰につけた剣を抜き、俺の背中目がけて突進。その青き剣を振り上げた。
(人族にとって神殺しは大罪。だが魔族にとって勇者を護る魔神を討つことは功名……)
俺は昔どこかで聞いたそんな言葉を思い出しながら、背後に迫る剣をひょいと避けた。
「え?」
仕留めたと思ったゴブリン魔王が唖然とする。次の瞬間、その顔に強烈な衝撃が襲い掛かる。
ドオオン!!!!
「ギャガァアアアア!!!!」
俺の渾身の回し蹴り。ゴブリン魔王は奇声を上げながら壁に激突。さらに俺は右手を構え無表情で言う。
「仕置きだ、クズめ」
ボオオオオオオン!!!!
「ギャアアアアア!!!!」
俺は剣を握っていた右腕を吹き飛ばした。これが神に対する攻撃の代償。もう二度と剣は握れないだろう。
「命だけは助けてやる。ふん……」
殺そうかと思った。だが激痛に絶叫し、失禁、糞尿を漏らす魔王を見て正直興味がなくなった。もうどうでも良くなった。
「さて……」
俺は黙って回復魔法の詠唱を始める。治療してやる。ゴブリン魔王以外の者、すべてを。
「ヒール……」
空間に現れる光り輝く粒子。それがまるで霧雨のように皆へと優しく降り注ぐ。
(ココロが目覚めれば、俺は無力な人族に戻るんだよな。まあ、仕方ないか……)
目覚めた瞬間、彼女の持つ【魔神無効】が効力を発揮する。同時に俺は力を封じられ村人になる。それでもあいつを死なせる訳にはいかない。他の奴らの回復は、まあオマケだ。
「ああ、傷が治っていきます。さすがエリート様……」
サヤカが自身の体を見つめ、何度も頷く。
「こんな大規模な回復魔法を……、くっ、彼は、彼はやはり……」
同じく回復されたラーズリーがその力に驚き、そして確信と共に黒髪の男を見つめる。
「……あれ? 私!?」
ココロも回復し、目覚めた。同時に俺の体に気だるいような重圧が戻る。【魔神無効】のスキルが発動したようだ。
「あーーーっ!! あいつ、魔王っ!!!!」
目覚めたココロは、真っ先に壁際で瀕死状態の魔王に気付き声を上げる。そして高速で移動し、ゴブリン魔王の傍に落ちていた青き剣を拾い上げ、叫ぶ。
「くたばれ、魔王っ!!!!!」
「あ、馬鹿! やめろ!!!」
俺は必死にココロを止めようとした。だが今はただの村人。スキル【高速移動】を持つ彼女に敵うはずはなかった。
ザン!!!!
「ギャアアアアア!!!!!」
ココロは拾い上げた剣でゴブリン魔王を一刀両断に斬り捨てた。見事な剣筋。これが勇者候補。ゴブリン魔王は呻き声をあげながら、呆気なく煙と共に消えていった。ココロが剣を突き上げて叫ぶ。
「魔王、討ち取ったり!!!!」
皆がその姿に自然と見惚れた。ただ対照的に俺は悲痛な表情を浮かべ、頭を抱える。
(勇者候補が、魔王を討ち取ってしまった……)
それは正式な勇者への道筋。魔王討伐と言う偉業は莫大な経験値として彼女に入る。勇者候補は平穏な生活の下、普通の人族として生涯を終えさせる。それが理想。だからこの展開は最も避けるべきものであった。さらに不運は続く。
「あっ! この剣って、うそぉ!? 勇者の剣じゃん!!!」
(はあ?)
ココロが拾い上げた剣。青き刀身に、柄に埋め込まれた三つの星の宝石。まさにそれは勇者が愛する剣。この世を導く者が使う勇者の剣。
(なんで魔王が勇者の剣なんて持ってんだよ!!!!)
どこまでも余計なことをしてくれるゴブリン魔王を思い、俺は地団駄踏む。魔王討伐に勇者の剣。知らぬところで俺の望まない方へとどんどん話が進んでいく。
「おい、ココロ! その剣をよこせ!!」
俺はすぐに勇者の剣の回収に向かった。あんなものを持たせていたら、あっという間に勇者が発現してしまう。ココロは青き剣を構え、俺に言う。
「あっ、お前、魔族の!! まだ生きていたのね。私が退治してやるわ!!!」
「ば、馬鹿言うな!! 俺は魔族じゃない!!」
「嘘つき!! 問答無用っ!!!」
まずい。今力を封じられた俺は、ただの村人。あんなものを食らったらそれこそ死ぬ。
ガッ!!
「え!? ぎゃっ!!」
だがココロは走り出したと同時に、石に躓き転倒。そのまま動かなくなった。サヤカが心配して駆けつける。
「ココロ、ココロ! 大丈夫!?」
「すー、すー……」
「気を失って、いえ、寝てる……?」
石に躓き転んだココロ。魔法で傷や体力は回復できても、疲れまでは癒せない。倒れたと同時に気を失った彼女は、そのまま眠ってしまったようだ。
「ふーっ、やれやれ……」
危うく殺されるところだった。安堵した俺に、その青のボブカットの騎士が近付き声を掛ける。
「エリート、お話があります。わらわに、どうかわらわに力を貸してくださらぬでしょうか」
王国副騎士団長ラーズリーの言葉。俺はまた面倒事に巻き込まれる気がした。




